1-1-4 不可思議である魔物
【忌子視点】
犬は、興味津々な様子で僕のやることを見ている。
シャッ! とばかりに、氷の刃で木の枝を切った。その数五本。
これらを研いだ岸辺の石で均一に加工し、二本の棒をXの形に組む。出来たXを二つ、向かい合うように地面に突き立て、残った一本をそれらに架けた。
後は、フニャフニャにした木の皮を三つ編みに組み合わせた簡単な紐で、架けた棒に首を切った兎の死体を逆さ吊りに固定。
血がポタポタ、滴り落ちる。
「結構疲れるなぁ」
「きゃん」
十五分はかかっただろうか。犬はしっぽを振っている。
・・・さっきから躊躇うような視線を感じる。雰囲気は随分軽くなったみたいだけど、心の整理、とやらはついたのだろうか。
女の人は、大人が隠れられるほど大きな岩の陰からこちらを伺っていて。
「た・・・匠がいる・・・」との呟きも聞こえてくる。
「粗野だった五本の自然の枝が・・・、何ということでしょう!」
何じゃそら。
さて血抜きの準備作業の合間に、あの魔物とやらの死体が、どうして忽然と姿を消したのかを考えていた。誰かが持っていったなんてありえないし、自然消滅したと考えるのが普通だが、死体が自然消滅するのは普通ではない・・・、と思う。僕の拙い、いや皆無というべき社会経験ゆえかもしれないが。
・・・血抜きは、しばらくかかりそうだ。
側で座る犬を肘掛にしながら「理の本」を取り出し、問う。
魔物とは、何?
〜魔物とは、砕けし「欠片」の終着点。故に、完全な「欠片」を妬み嫉んで、認識した生ある者を襲い、精霊を好んで喰らう。そうして他者の「干渉力」を取り込み、より「存在」の次元を上げる〜
完全な「欠片」とは、また面白いレトリックだ。
魔物から妬まれ、嫉まれるのだから、生ある者はその完全な「欠片」を持っているのだろう。
とはいえ、
魔物とは何者なのか、さっぱり理解出来ないまま。
だが、どういう危険があるのかは理解した。人を襲っているのを、さっき実際に見たから。
魔物については、これ以上考えても意味はないだろう。
木の繊維からより質の良い紐を作り出すため、形態変化と原子変換、他様々な干渉式を思い起こしながら陣形式の構造を模索していたら、いつの間にか血滴の落下が無くなっていた。
慌てて兎を降ろした後、使い熟れた着火の陣形式を思い描き、兎の表面を炙ってから、さっきの研いだ石を使って毛皮を剥いでいく。
火が熱い・・・。
このときばかりは流石に犬も離れて、どこかに行っている。
上を脱いだ。すると、女性からの視線が一層強くなった気がした。居心地が悪いので、毛皮が剥ぎ終わると同時に上を着ると、微かに舌打ちの音がする。
腸取りのため、、腹に造成した氷の刃を入れようとした時、女性がこちらに近づいてきて。
「あ、あなたって魔法も使えるのね、ふぅん」
と辿々しく声をかけてきた。
マホウ?
ああ、この「干渉術」のことか?
聞こうとしたら、また彼女は口を開く。
「あなた、見た所詠唱もなしで魔法を使ってるみたいだけど、そういう系統もあるのかしら? それとも訓練かなんかの成果? 私も一応、ある程度までの魔法くらいなら使えるのよ」
一息いれる。
「火の精霊よ、燃え上がれ。『種火』」
それは、瞬く間のこと。
彼女の周囲に何らかの「存在」を複数感じ、それらが熱運動、万有引力、形態維持(形態変化より簡単)と原子変換の干渉式を基盤とした陣形式を組み立てているのが見えた。
十全の準備が整えられたのち、起動する陣形式。彼女の掌にちょっとした火が現出する。
「どう! 私も捨てたものではないでしょ!」
彼女の謎のドヤ顔には見向きもせず、僕は急いで周囲を確認する。
どうやら来ている様子はない・・・?
火の「精霊」。
マホウとやらのための、陣形式を組み立てる「存在」。
魔物は精霊を「好んで」喰らう。
「ねぇ、もしかして魔物に襲われる前にマホウ、というのを使ったの?」
「よく分かったわね。裸で少し寒かったから、この『種火』を使ったわ」
「・・・マホウを使うのは、ここでは止めたほうがいい」
体を前方に傾けながら、左手を腰に当て、彼女に右手の人差し指を向ける。
「また魔物に襲われるかもしれない。危険だよ」
「理の本」によると、「認識した」生ある者は襲われるらしいが、逆に言えば認識されていない生ある者は襲われないのかもしれない。
ん? 当たり前か、そんなの。
しかしあの記述では、魔物は精霊の方には誘引されると解釈することも可能だ。僕の干渉術には精霊は関与してこないようだが、魔法を使えば、精霊が現れる。
さっき程度の魔物なら、僕は撃退できることは分かったが。いつでも彼女と一緒にいるわけでもないし、やはり安全、第一。
そうは言っても、反対してくるかもしれない。
僕をじぃぃっと見て黙っている女性を横目に、その場合の説得方法を必死で考えていたら、彼女は赤い鼻血を流し出した。
「なにそのポーズ。可愛すぎるんですけど」
「ひゃひゃひゃ」と奇妙に笑って変な構えを取り、こちらににじり寄ってくる・・・?
え? 何?
その時、懐に入れていた「理の本」が急に
「だ、大丈夫!?」
返事がない。・・・どうやら気絶しているだけのようだ。よかった。どこからか戻ってきた犬が、倒れる彼女の頬を舐める。
それにしても、まぁどんなことが起きてもおかしくないブツではあるのだが、突然飛び出してくるなんて危険じゃないか、「理の本」。先ほど安全、第一を誓ったばかりだというのに。
肩をすくめながら「理の本」を取りに行くと、開かれたページには。〜前方に第一級危険反応、探知〜と書かれているのが、確認された。
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