『白い忌子』
1-1-1 追放されるがままの「忌子」
【主人公:「忌子」視点】
物心ついたときには、父さんは僕を避け、姉さんが僕を嫌い、村の皆も僕から距離を置こうとしているのは分かっていた。
母さんは、いない。正確には、僕を産んだときに死んでしまったらしい。
女性が出産するときに衰弱死してしまうというのは、適切な対応法というのが世に広く伝わってからはめっきり少なくなったらしいが、それでも偶には不幸なことは起こってしまうと思う。
決して僕のせいなんかじゃない。
でも姉さんは、母さんを奪った、殺したと、七年経った今でも僕を恨んでいる。
大好きな母さんがいなくなったことによる空虚は、未だに彼女を蝕んでいる。
それは父さんにとっても同じで。
しかも父さんには、姉さんが僕を毛嫌いするせいで全く上手くいかない家族関係という、毎日背負うには重すぎる心労の要因もあって、家にいないことが多い。
姉さんは、僕と家で二人になることがよほど嫌なのか、外で農家の手伝いをしていることが多く、結果的に僕は家でひとりぼっちだ。
ひとりぼっちなのは、家でだけじゃない。
僕は、真っ白な髪に、睫毛、眉毛も同じくらいの白。
そして、男なのに端正な少女顔という、普通とはかけ離れた、いかにも怪しげな容貌をしており、現世とは隔絶した不気味な存在、「忌子」として村の皆に受け取られた。
古今東西、訳の分からないものは畏怖され、拒絶されるもの。
大人はおろか、右左もわからない子供ですら、僕に近づこうとはしない。村を歩けば、右も左も首を背け、僕と目を合わせないように家に帰る。
それが分かってからは、なるべく家の敷地外に出ないようにしている。
僕が、このように村全体から扱われている事実。
それは、姉さんの、弟が母さんを奪ったという思いをますます強くさせたらしい。
一年前、姉さんはついに、僕に家から、村から出て行くように癇癪を起こしながら言い放ち。
その余りの取り乱しように僕は、十になったら出て行くからと約束し、それまでは居させてください、と泣きながら懇願した。
「僕は、悪くないよね?」
空を仰ぎ見て、天井のシミに問う。
母さんだって、会ったことはないけど生きてて欲しかったし、望んでこんな姿に生まれた訳じゃないんだ。なのに、なのに。
僕という「存在」自体が悪いみたいに、排除されて、否定される。
そうなる理屈は分かる。
父の机の上にあった、「理の本」に書いてあった。
「理の本」には、聞きたいことが
僕は、なぜ自分がこうも排除され、否定されるのかが知りたかった。
すると、〜異質なものは普通という名の元に抑圧される〜と
目から鱗だ。
「理の本」は、様々なものを僕に与えてくれた。
文字や語句も、
語句に関しては、聞いてもイマイチ意味がつかめないものもあったが。
そして、僕に人間の正の面と負の面を教えてくれた。
その中で、僕が感銘を受けたのは、さっきの節と、「愛」について説くところ。
友愛、恋愛、家族愛。
いずれも僕は持ったことはなくて、それを認めた時はとても寂しかった。他にも・・・。
ふと、自分の腹がキュゥと鳴いて、そろそろ夕食の時間と思い立ち、読み過ぎて擦り切れてしまった「理の本」をパタッと閉じて、懐に入れる。
家には本はこれと、絵本が三冊くらいしかなくて。
家の外に出ない僕には、「理の本」を読むくらい、あとは
すでに外は真っ暗。
姉さんは、僕と共に食べるのが嫌だということで、いつも彼女は夕どきより少しだけ早く帰ってきて夕食をとったのち、暗くならないうちに友人の家に泊まりに行く。そして、夜の闇で足取りが覚束なくなり始める時間帯に、僕が食べる番になるというわけだ。
階段を下りきって、居間の方に首を向けると、その入り口から明かりが漏れているのが見えた。
誰もいないはずなのに、おかしい。
盗人かもと思い、足音を消し去って近づいてみると、人がすすり泣いている音がした。
姉さんだ。
入ったら怒鳴られるかと思って居間の前で躊躇していたら、彼女は立ち上がって部屋から出ようとし始めたので、慌てて階段に戻ろうとする。
が、手元からランプが落ちそうになったため体勢を崩してしまった。その間に姉さんが出てきてしまったので、見事に鉢合わせてしまう。
彼女は僕を認めると、顔をくしゃっと笑顔の形に歪め。それでいて、涙で赤く腫れた双眸は、少しも笑っていないのだ。
そんな、なんとも言えない悍ましい顔になる。
「ね、姉さん?」
「・・・・・・そうよ、あんたがいるから・・・っ!」
そう言って、いきなりゴッ、と僕を殴ってきた。
姿勢が甘いのか、そんなに力がないのか、特に痛くはなかったが。逆に殴った姉さんの方が痛そうだ。
それにしても、姉さんは今まで僕を散々嫌ってきたのだが・・・、直接攻撃してきたことはないのに。
「どうして、いきなり殴るの・・・?」
いつもと違う彼女の行動が少し怖くて、上ずりながら何故かを問う。姉さんは数秒間黙った後、キィーッ! と奇声を発して癇癪を起こし、髪をかきむしった。
「あんたがいるから、彼から捨てられたんじゃない!?」
・・・?
「・・・あの人、今日私に家に来て、って言ったから、何かな、何かなぁって浮かれ気分で彼に会いに行ったらさァ、ねぇ、なんて言われたと思う?」
低く、這いずり回るような声を出し、生気の篭っていない目で、こちらを軽く睨んだ。その後上を向き、一節置いたのち、今度は真下を向いて。
「『忌子』の姉とは関わっちゃダメって親が言うから、別れよう、だってさ!」
姉さんの剣幕に気圧され、怯え、一歩下がってしまう。
そうしたら、姉さんは二歩分も詰め寄ってきて、さらに続けた。
「ふざけんじゃないわよ! 親から言われたから女捨てるなんて、この意気地なしが、って、怒鳴ったら、そういう君だって、自分の弟が『忌子』だなんて、一言もなかったじゃないかって開き直られたわ! 悪い? 当たり前じゃない!!??? なんで、母さんを殺した、最低で気持ち悪い弟の話をしなくちゃいけないの? 少しでも思い出すだけで反吐が出そうになるのに!」
そう吐き切るが否や、姉さんは押し黙り。
やがて、さらに低い声を出しながら、言う。
「・・・出て行って」
言い返せない。
嫌だって、口が動かない。母さんが死んだのは僕のせいじゃないって。
好きで「忌子」なんじゃないって、言えない。
「出て行け! 私から母さんだけじゃなく、恋人まで奪った糞虫が! あんたが十になるまでなんて、あと三年も一緒にいるなんて、耐えられるか!!!」
「で、でも僕じゃ、まだ一人じゃ生きていけないよ。無理だよ」
弱々しくも、一応反論してみる。すると、姉さんは突然居間に入って行って・・・、包丁を手にして戻ってきた。
「出て行かなきゃ、殺す。殺して、埋める。お前なんかいなかったことにしてやる」
凶器を上にかざし、狂気を以て振り下ろす。僕は驚愕で尻餅をついてしまったが、そのおかげで包丁は空振りに終わった。
「・・・うわあああああ!?」
僕は、逃げ出した。
家から出て、村からも出ようと、泣きながら。
少しでも足を止めると、包丁でメッタ刺しにされると。
最初から姉さんは僕を追いかけてなどなかったようだが、姉さんの幻覚は走る僕について回った。途中で、番兵として村を見回る父さんを見た気がしたが、無視した。
わずかな月明かりを頼りに村の出入り口とつながる道を辿り、遂に村から出る。居眠りでもしていたか、衛兵はどうやら僕に気づかなかったようだ。
村から出て、森に入っても、僕はまだ走っていた。
何処へでもなく、何処へでもなく。
もはや何故逃げているのかも忘れた頃、夕食も食べないまま駆けていた僕は、力尽きて、ドサッと倒れる。
「僕が、何をしたって言うんだろう・・・」
周囲から排除されて、否定されたから、ちゃんと皆々の目に触れないように静かに暮らしていたというのに。そうすることすら、許されない。
「僕は、悪くないよね・・・?」
極度の疲労からか、ものすごく眠くなってくる。少しだけ揺れる木々が、僕の意識に手招きして、そちらの側に誘っているように。
森で火なしに寝るのはとても危険らしいが、この眠気には抗えない。
そうして意識が消えようとする寸前、頭に何か止まった気がしたので、頭をさする。何だ、と呟きながら目を開けると、空に無数の光が飛んでいた。
綺麗だ。
そんな幻想的な風景の中で、一つのシルエットが段々大きくなっていく。
何かが僕に近づいてきている。
・・・お迎えでも来たのだろうか。
そこで、僕の思考は一時的に途絶えたのであった。
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