1-0-9 トモダチが欲しいだけのマモノ⑨
突如として現れ、私を救ってくれた一人の青年。
「! 追っ手か!?」
「そこまでだ、魔術師! その子を解放しろ!」
叫びながら、青年は白馬から降りる。
「くっ、それ以上近づカナいでくだサい!雷の精霊よ、汝の牙を突き立てよ。『紫電』」
魔術師が放った魔法を、青年は一瞥しながら軽々と避けてみせる。
あまりにも予期しなかった出来事であるために、私はただただ、二人のやり取りを呆然と見ているしかない。
「魔法が使われるのは面倒だな。『併呑』」
青年は悠々と歩きながら、雨の中何か呟く。
「だから、そレ以上近づくナって言ってるでショうが! 雷の精霊よ、汝の牙を突き立てよ。『紫電』」
今度こそと狙いを定める魔術師だが、しかし、魔法は発動しない。
「っ! 使エナい? またあの時と同ジ・・・」
不快そうに歯噛みしながら、魔術師は懐に隠してあった短剣を取り出す。
「『雷指輪』がアレば・・・」
魔術師が短剣を取ったのに呼応して、青年も腰に帯びた長剣を抜き、攻防一体型、中段での構えをとった。
睨み合う、魔術師と青年。
周囲では一層、雨足が強くなってきていた。
虚を衝こうとしたのだろうか。
魔術師はいきなり、無言のまま青年に躍りかかる。勢いをつけて、それでいて長剣の動きに集中しながら、右手を真一文字に振りかぶる。
しかし。
「遅いよ」
青年が長剣を斜めに薙いだと思ったら、気づけば魔術師は短剣とともに後方に吹き飛び、濡れた地面に腰をバチョッと打ち付けていた。衝撃からかあいつは立ち上がれないようだ。
その間に、青年は剣を納めながら私に近づいてきて、告げる。
「怖かった? 怪我してない? でも、もう大丈夫だよ」
そして、私に向かって微笑みながら、右手を伸ばす。
「立てる?」
私も自分の右手を出しながらも、かなり汚れていることに気づき、少し逡巡してしまう。青年は、そんな私に気づき、さらに手を伸ばして躊躇なく私の手を握った。私はこの時、心からの安堵と、雨の中でも、仄かに温かなぬくもりを覚えた。
が。
「!!!????? んガァァァァアアアアアアアアァァァァァッッッッッッ!?」
「!? どうしたの!?」
青年は突然、頭を押さえながら苦悶の叫びを上げ始める。
何も出来ないお嬢様な私は、おろおろと右往左往するのみ。
その間に、彼の体はどんどん肥大化していって。
ついに、人間の皮がはじけとんだ。
刹那、辺りがピカッと光り、絶望の化身とも言える正体が鮮明に映し出される。
「ひっ、ひぃぃ、オェェ」
吐いてしまった。一秒ほどの時間差で、激しい雷音が空気を裂き、振動させる。
「ガァァ、アノギンパツノ、クスリカァァ・・・。ッ、イケナイ、リセイガ・・・」
何か言ったと思った後、機能停止でもしたかのように、一瞬だけ化け物の動きが止まる。
静寂。
雨の音すら、岩に染み入ったように、閑か。
・・・さっきの雷で耳がイカれたのかもしれない。
それは、史上最悪の嵐が吹きすさぶ前の、最後の静けさだったと言える。
いきなり全身が震えるような衝撃が大地を伝ったかと思うと、化け物はさらにおぞましい姿になって巨大化し、無差別に、無作為に、その六本の足を振り回し始めた。
「トモダチ、トモダチィ!」
その内の一本が、雨の冷たさに、魔物の恐ろしさに打ち震えて動けなかった、あの白馬を通る軌跡を描く。馬は容赦なく真っ二つに切断されるが、嵐のおかげか、鮮血が噴出することはなく。
「え?」
代わりに、馬の臓物が私の目前に落ちてくる。泥と肉片と血糊が、私のビチョビチョの寝間着を、さらに汚した。
しかしその気持ち悪さは、魔物に対する生理的嫌悪感を、全く上回らない。
吐きそうだが、胃の中にはもう何も残っていない。
雷が再度鳴る。
雲の中を竜が暴れ回っているかの如く。
だが今、地上では竜など問題にならないような化け物が、暴れ回っている。
こんな中を、一体どうやって生き残れるというのだろう。
私にも、容赦のない化け物の一撃が正面から迫ってきているのを、茫然としながら捉え。
回避できない、逃げられない。
もう、考えるのをやめて、目をつぶった。
衝撃が、
でも、私の体は分断されていない。
死んで、ない?
目を開けると、そこは、知らない場所だった。
雨も降ってない、晴れた道のど真ん中。
通行人たちが、驚いた顔で私のことを見ている。
りんごを持っていたおばさんはその袋を落とし、露店でお金を払っていた子供は、財布の中身をばらまいた。
状況が飲み込めないのは私も同じで、さっきまでの修羅場が嘘のような平和な一場面にひどく混乱し、意識を失いかけるも、何とかこらえる。その後、ふらつきながらも立ち上がろうとすれど、体に力が入らずにこけそうになった。
そんな私を、りんごのおばさんが手を掴んで助けてくれる。
「あんた、急に現れて・・・、そんなビチョビチョで、汚い格好で、大丈夫なのかい? おうちはどこ?」
「・・・スタンダード、よ」
「!? もしかして領主様の家の、キャラメラお嬢様!? 道理でどこかで・・・」
良かった。ここはスタンダード公爵領みたいだ。
ちょっと安心して、ほっと胸をなでおろすと、自分のお腹に、何か紙が貼り付いている。
剥がしてよく見てみると、それは一流の魔術師が移動に好んで用いると噂で聞いたことのある、あの『転移札』だった。
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