1-0-8 トモダチが欲しいだけのマモノ⑧
「やめろ!」
言い放ち、今まさに凶刃の餌食とならんとする少女を助けるために、地に落ちていた小石を投げて。
ロッケの持つ氷の剣を打ち砕く。
・・・危なかった!
もう少しで彼女が傷つけられるところだった。逆に言えば、ある意味とてもいいタイミングで彼女を救えたとも言えるだろう。
良かった。本当に、良かった。
ところでこの、颯爽と少女のピンチの場面に現れたかっこいい青年は、ボクこと、おどろおどろしい魔物だ。
なぜ、本来の醜悪な姿から一変した、このような姿態になっているかについては、説明する必要があるだろう。
時間は先ほどの、銀髪の自称神が、僕への幸せを願った頃に遡る。
「さて、あなたの幸福を望んで、目の前のチャンスを教唆したからには、それを生かすための手伝いをしなくてはいけないでしょうね。アリアドネ」
「! ・・・はい」
呼ばれた赤髪の少女は、自分のポーチに手を突っ込んだ後、二つの丸薬を雨に濡れないようにおずおずと出して、銀髪に渡す。少々水のかかった髪の隙間で、少女の眼光が一瞬強くなった気がしたが、すぐに元の怯えた顔に戻る。
「今取り出したのは、魔物の『前提条件』、そして権能を抑えるための薬と、姿を変える薬です。前者は通常、あなたのような強力な魔物を倒すために鏃や刃に塗り込んで使い、後者は潜入捜査などに使われるでしょうか」
「・・・タイカハ?」
「いいえ、無償で差し上げましょう」
! これだけのものを、何も支払わずにくれる?
「ナニガモクテキ?」
心の中で疑りがとぐろを巻いて、思わず、尋ねずにはいられない。
「モシカシテ、ニセモノ?」
「いいえ、違います。これは、慈悲です」
「エ・・・、デモ」
「『神』の、慈悲です」
銀髪の顔を見つめるが、特に裏のある様子はない。
むしろ、水の滴るいい女と言ったところか、ボクのことを本気で考えてくれているように見え。
疑惑が過ぎるのだろうか。
ロッケの件もあって、人間不信になっているのかもしれないな。
「ワカッタ。アリガタクツカワセテモラウ」
そう言いながら、二つの薬を受け取って、一つずつ飲む。
・・・なんだ?
アリアドネの表情に、少し憂いのようなものが入った。
そんなことを思っていると、銀髪は少女とボクの間に立って、懐から一メートル四方程の大き目の紙を取り出し、水たまりを避けて地面に敷く。
紙には、緻密な魔法陣が書き込まれていた。
芸術的な陣に見入っている間に、銀髪はアリアドネから手鏡を受け取り、ボクに手渡す。
「それで自分の姿を見てみてください。驚きますよ」
言われた通りに、水滴の浮かぶ鏡を覗き込んでみる。
そこには、あの湖面に映っていた醜悪な自分の痕跡など全く残っていない、かっこいい青年の姿があった。
「・・・これはすごい。それに、さっきまで心の中で渦巻いてた、『前提条件』が達成されないと消えない不快な何かが、かき消えているよ」
「喋り方も、良くなっているでしょう?」
「!」
慌てて、口元を抑える。確かに、前より喋りやすい。
人間の口は、魔物の口より、遥かに喋りやすいのだ。
・・・当然か。
「魔物の声帯というのは、本来人間の言葉を話すためのものではありませんからね」
そう話しかける銀髪の方を見ると、彼女は力強そうな、素晴らしい白馬を連れている。
「ぶるるるる」
「ああ、すみません、このような雨の降っている場所に召喚してしまって」
「さっきのは召喚陣だったのか。どうしてその馬を呼び出したの?」
水滴の重さか、もう馬のたてがみがげんなりとし始めている。
その姿はどこか、悲哀の情を誘う。
「魔術師に拐われた子を救うために、乗って行ってください。得てして女の子というのは、ロマンチストなのですから」
真剣な顔でそういうことを言う銀髪の方がロマンチストだろうに。
自称神なのは、もしかしてそれをこじらせすぎたのだろうか。
でも彼女の言葉で、ボクはやるべきことを思い出す。そうだ、今から女の子を助けに行くんだ、と。気を引き締める。ロッケへの復讐など些細なことだ。
鐙に足を掛け、濡れる手綱を握りしめるボクに、銀髪が最後に、と声をかけてきた。
「いってらっしゃい、我が子よ。語るにふさわしい、良きプロローグを」
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