1-0-7 トモダチが欲しいだけのマモノ⑦


 私、キャラメラ=スタンダードが誘拐されてから半日。

 つまり、ギンメルが死んでから半日。

 私と魔術師は、あのおどろおどろしい魔物と遭った、鬱蒼とした森の中を歩いていた。

 未だに、あの騎士が、兄様も全く手も足も出なかった彼が。横でいかに人質をうまく使って公爵の座を奪い取るかをぶつぶつつぶやく魔術師ロッケに、手も足も出ずにやられて死んだ、ことの実感が湧かない。

 だからこそ、取り乱したりせずにいられるのだが。

 それでも、体の弱いお父様のこととか、私が拐われてしまった後の、指導的立場の人がいない城のことだとか。何より自分自身の先行きについてだとか、そういうことを考えるだけで気が滅入ってくる。

 従って、自分の精神状態は、結局のところ不安定であるのは間違いない。

 そんな私の心象風景が投影でもされたか、数分前から雨がポツポツと降り出し始めた。ウェーブのかかったブロンドの髪がだらしなく顔にはり付いてくるほか、昨日の夜から着たままの寝巻きも透け、私の肌の色を見せはじめている。


「ちゃっちゃと歩いてくださイ、追っ手がモウくるかもしれません」


 私を縛るロープを引っ張りながら、ロッケが催促してくる。

 何故か、こいつの言葉は所々片言になっているように聞こえる。


「そんなことよりロッケ、ロープの雨に濡れている部分がさっきから気持ち悪くて仕方ないの。ほどいてちょうだい。安心して、別に逃げたりなんかしないわ」


 嘘だけど。


「信じられマせんよ、そんなノは。ゆっくリ歩くのなら、あなたをカツいで移動しますよ」


 と言って、私を担ごうとロープを持っていない方の手を伸ばしてきたので、その手に思いっきり噛み付いてやる。


「んがっ」


 痛みに耐えかねたのか、ロープを握る手を離してくれたので、その場から、やってきた方向に全速力で逃げる。


「待ちなさイ! 雷の精霊よ、汝の牙を突き立てよ。『紫電』」


 後ろから詠唱が聞こえたので、さっと右横に跳んでみる。

 確かに魔法自体は外れたが、空気を震わす衝撃は届き、受身も取れずに転んでしまう。


「きゃっ」

「光の精霊よ、内への力を以て囲い込め。『光格子』」


 直後に、私は光の檻に閉じ込められて身動きが取れなくなる。


「くっ、無礼者! 私をここから出しなさい!」

「逃げられルくライなら、足を一本切リ落とすカ・・・」


 私の叫びを、魔術師はまるで聞く様子もなく、そして悪びれることもなく私の足を切り落とすと言って。


「水の精霊よ、冷酷なる断罪の剣を現出させよ。『氷剣』」


 と、何もない空間から剣を抜き、振りかぶる。


「死なれタら困りマスから、血止めハしまス」


 抑揚のない声。

 なんで?

 どうしてそんなひどいことを、仮面でもかぶっているみたいに、表情を一片も動かさずにできるの?


 信じられない!


「ひっ、・・・いやぁぁぁ、誰か助けて!」


 あまりの恐怖に、下半身の筋肉が弛緩して、漏らしてしまった。

 下着がグチョグチョ、だ。

 こんな醜態、あの魔物と出くわした時以来。

 神よ、私に天の佑けを・・・。

 そんな私に、ロッケはなんら躊躇もなく剣を振り下ろし。

 いよいよ切っ先が、私の膝に到達しようとした時。


「やめろ!」


 と、鋭い声が聞こえてきて、魔術師の持つ剣が砕かれる。


「え?」


 雨はまだ降り続き、葉っぱと水滴が互いに助け合って、まばらで、斑な、それでいて落ち着く音楽を奏でている。

 そんな中、声のした方角では。

 白馬に乗った美青年が、投擲後の残心をとりながら、魔術師を睨んでいたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る