1-0-6 トモダチが欲しいだけのマモノ⑥
ロッケが去ったのち、ボクは数刻ほど谷の底で悶々としていたが、なんとなく後ろ髪を引かれるような思いがして、気づけば地上に出ていた。
曇っているが、太陽の光が微弱にある。いつの間にか朝になっていたようだ。
「ロッケ・・・、キミワイッタイナニモノダッタンダ?」
ボクのこの姿を見ても怖がらなかった、最初の人間。
いや、怖がらなかったという表現はひょっとしたら不適切で、本当は怖がれなかった、怖がる能力がなかったのかもしれない。
もうちょっと敷衍した言い方をしたら、彼のココロは仕事をしていないのではあるまいか。そうだとしたら、あの自分勝手な行動や持論、それに対して何ら疑問を持っていないことにも納得がいく。
罪悪感がブレーキになり得ないのだ。
そんな男が、どうして今まで危険因子だとして投獄されたり処刑されたりせずに生きてこられ、さらには手に職を持っているのかは甚だ疑問だが。
ひょっとすれば彼には、自らを抑制しないと他人に警戒され、社会でうまく生きていけないと思うくらいの知性はあったのかもしれない。
ああ、そんな人間しか、ボクとまともなコミュニケーションが取れないのだろうか。あんな、友達をツールとしてしか捉えられない狂人としか。
ソンナヤツニワキョウミガナイトイウニ。
でも、やはり本当の友情というものを築くことができるまともな精神を持つ人間は、ボクの姿に怯懦し、逃げていくのだろう。そういう善良な人たちを、ボクはこれからも、励起状態になって、化け物になって、殺害してしまうかもしれない。彼らを目前にして、そうしない保証は皆無だ。
ボクは友達なんか作ろうとしないほうが、絶対にいい。
デモ、クルシイヨ。ヤッパリ、ホシイヨ。
「何を沈んでおりますの? 愛しき我が子」
その声はあまりにも唐突に、リンと辺りに響く。
後ろを振り返ると、そこには修道女の着るような服、・・・と言うには煌びやかすぎる、宝石が星のように瞬いた、美しいドレスといって差し支えないものを着た銀髪の女性と。肩からポーチをかけた、清貧な格好をした病弱そうな赤髪の少女が、まさしく天から舞い降りてきていた。
「・・・キミタチハイッタイダレナノ? ボクノコトガコワクナイノ?」
「ひっ、いや」
ボクが話しかけるや否や、赤髪の少女のほうは、酷く怯えた様子で銀髪の女性の後ろに隠れてしまう。
正常な反応だ。
「こらっ、アリアドネ、そんな風じゃ立派な『使徒』になれませんよ」
赤髪の名はアリアドネ、というらしい。
「コノスガタヲミタラ、ソウナルノガフツウダトオモウケド・・・、シト、トハ?」
「優しい心をお持ちなのですね。『使徒』とは、神の教えを世に広めるための、言わば伝道師みたいなものです。この子には、そうなるための」
銀髪が微笑む。優しいようだが、どこか不気味だ。
「確固たる使命が、ありますの」
そんなことより、聞きたいことがある。
「ボクガ、コワクナイノ? キモチワルクナイノ?」
彼女が、あの魔術師のようでないことを祈りつつ、ボクは尋ねる。すると、彼女は、キョトンとした顔になった後、ホホホ、と笑いながら。
「そんなの、当たり前じゃないですか!」
と、さらに続ける。
「私は、『神』、創造主の一人なのですから!」
ボクは一瞬ポカンとしてしまったが、慌てて切り返す。
「キミガ、カミダッテ? ドウミテモニンゲンジャナイカ」
銀髪は、「ん〜」と言いながら胸の前で手を組んだ後、自信満々に、パッと両手を広げた。
「正確には、神を受け継ぐもの、といったほうがよろしいでしょうか。私は、神の愛を、神格を以て人の世に直接与える、現人神というものなのです。その証拠に、創造物であるあなたには、今、『前提条件』は働いていないでしょう?」
「・・・! ゼンテイジョウケンノコトヲシッテルノ!?」
銀髪に、勢い込んで話を聞こうとする。
もしかしたら・・・。
「ソノオサエカタモ、シッテタリスル?」
彼女は目を細めながら頷きを返す。
「ええ、もちろん。あなたのような強力な魔物は、必ず『前提条件』を持っていますから、私がいない間も対処できなければいけないのですよ。そのために、『前提条件』抑制の方法が、私たちの仲間で広まっています。あと、まだあなたみたいな魔物について、知っていることもありますよ」
途端、急に強い風が吹いて、眼下の森からざわざわと音が聞こえてきた。きゃっと小さな悲鳴をあげながら、銀髪の後ろで縮こまっていたアリアドネが、さらに身を屈めようとする。
「ソレハ、ナニ?」
ここまで舞い上がってきた沢山の葉に隠れて、ボクから見える銀髪の表情は曖昧なものになる。
「・・・権能。特別な魔物が持つ、無差別的に周囲に及ぼす力のことです」
「! キ、キミタチハダイジョウブナノ?」
ボクの不安は一気に駆り立てられ、身体中が強張る。
が、銀髪は人差し指を前に突き出し、ちっちっち、とメトロノームのように振らせる。
「それは大丈夫、です。私は『神』だから」
「カミナラダイジョウブナノ?」
「ええ。『神』と、その近くの人間なら。詳しい理由は分かっていませんが」
「ヨ、ヨカッタ・・・」
全身に対して一気に脱力感が襲いかかってくるが、彼女の次なる言葉に、ボクは戦慄することとなる。
「ですが、大丈夫なのは私だけ。あのロッケという魔術師は、あなたの権能にあてられてしまったようです」
再び強い風が吹く。
湿気を多分に含んでいて、少し冷たい。
しばらくしたら雨が降りそうだ。
「ドウシテ、ソンナコトガワカルノ?」
「彼は、誘拐事件を起こしました。その際に、拐った女の子の、お付きの騎士を殺害しています」
「・・・。ソレガボクノケンノウノセイナノ?」
あの魔術師ならやりかねないと思うけど。
銀髪は表情を翳らせる。
「はい、そう断定せざるを得ません。確かに性格に難はありましたが、少なくともこのような激情型の犯行をするようなタイプではなかったと報告されています。外部から何らかの影響を受けたとみて間違い無いでしょう」
「ソウカ、マタボクハ」
やらかしたのか。
いつの間にか空は曇っていて、ゴロゴロと雷音が辺りに轟く。そして、風に乗って滑るように動く木の葉が、ボクの体にペチペチと当たって。
まるで世界がボクを責め立てているようで。
「モウ」
シニタイと、小さく呟く。神と名乗った、目の前の銀髪に祈りながら。
すると銀髪は、体をグイと僕の前に寄せ、美しい、そうまさに妖艶と言える笑みを浮かべて、こんなことを持ちかけてきた。
「何言っているんですか。これはチャンスなのですよ。あなたを裏切った魔術師に復讐を遂げることの、そしてあなたが欲しくてたまらないはずの友人を作ることの。あなたについても報告で聞いていたんですよ?」
そのまま、ボクの肢体に優しく触れながら、身も心も震えるような甘い声で、告げる。
「ああ、これは、私の慈悲、『神』の愛! どうか恵まれなかったあなたに、当たり前の幸せを」
今、ポツポツと降り出した雨は、何故か世界の涙のように見える。
思えばこの時にはすでに、ボクが生まれたことで回り始めた世界の命運の歯車を、止める術などなかったのかもしれない。
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