1-0-5 トモダチが欲しいだけのマモノ⑤


 殿下がお亡くなりになられてから、城中の雰囲気は暗い。

 だが、だからといってこの辺境にやってきた本来の目的を怠り政務を滞らせることなど、家臣団にはあってはならないことであり。

 だからこそ、調査内容に関する情報収集に余念はなく、収集した情報を吟味・整理して体系化する作業は今日もあちこちで行われている。

 また、真偽のチェックのために召喚された各代表者やその部下、他にも進捗を確認するためや、出来上がった報告書あるいは浮き上がった問題点が記載されている書類等を調査本部へ運んだりする下級官吏たちなどが、ひっきりなしに城内を移動している。

 端から見れば、皆精を出して仕事に励んでいるように思えるが。やはりどこか影があって、本来のバイタリティを出せていないように感じる。


「あのぅ・・・」


 物思いに耽りながら文官たちの仕事ぶりを眺めていた、門外漢の武官である私に、申し訳なさそうに一人の官吏が声をかけてきた。


「なんですか?」

「すみません、本当に恐れ多いことなんですが、失礼ながら申し上げますと、人手が足りません。あ、いえ、人数的には足りているはずなんですが、あの事件のことがありまして・・・」


 歯切れは悪いが、言いたいことはよくわかる。


「了解しました。手伝えることはなんでも致しましょう。しかし、あんまり専門的なことはできませんよ?」

「はい、大丈夫です。報告書や書類の分類・整理や、紛失がないかのチェックなど、簡単な業務でも手を貸していただければ幸いです」


 彼が言葉を切ったその時、目の前で大量の書類を文字通り抱え込んだ二人の下級官吏が衝突し、書類が紙吹雪のように舞い上がった。

 フラフラと地面に落ちてゆく夥しい数の書類を死んだ魚のような目で見つめながら、官吏はさらに言葉を続ける。


「あと、城内の交通整理などもお願いできませんか?」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 家臣団の手伝いをしていたら、いつのまにか夜になっており。

 さっき解散し、突然舞い込んだ業務から解放されたばかりだ。

 私の部下の一人と下級官吏が揉め事を起こすなど、武官と文官の間にある溝の深さを実感することもあったが、概ね協力はうまくいったと言えるだろう。

 とにかく今日は疲れた。

 武芸によるものではない疲労による、いつもと違った充実感に酔いしれながら、私に用意された寝室に向かっていたら。廊下に、枕を抱えた可憐な少女が、ろうそくにぼぅっと照らされながら立っていた。

 キャラメラお嬢様だ。

 彼女は、私を認めると、てってってとこちらに駆け寄ってきて、恥ずかしそうに口を開く。


「眠れないの。ギンメル、何か話をしてくれないかしら」

「はぁお嬢様、眠れないなら侍女に温かいミルクでも頼めばどうでしょう?」


 いつもならお嬢様の頼み事とあれば万難を排して聞くところだが、今日はさすがに疲れすぎている。

 そんな私のおざなりな態度に、お嬢様はムッとした表情をなさり。


「いいから来なさいよ。本当に、・・・」


 と、顔を伏せながら、言葉を続けなさる。


「本当に、眠れないの」


 ぽたっと、お嬢様の俯くお顔の真下に、微かなシミが生まれる。

 ・・・そうだ。

 お嬢様は、家族を、辺境にまで後ろを付いて行った敬愛する兄を、うしなったばかりなのだ。夜に眠れないから誰かに助けを請うなど、どうして無碍にしていいわがままだと言えるか。

 自分の愚かさを激しく認識するあまり、邪魔な眠気などどこかに飛んで行った。


「分かりました、お嬢様。このギンメル、お嬢様が落ち着かれるまでどんな話でも致しましょう」

「うん! ありがとう!」


 お嬢様は満面の笑みでうなずいて、こちらを手招きしながら寝室に向かっていく。私が彼女の部屋にたどり着いた時には、すでに寝台の中に潜り込んで、わくわくした顔をしながらこちらを見ていた。


「さて、どんな話をすればいいのでしょうか? 昔みたいに、建国の伝説でも?」

「うーん、確かにその話も大好きだけど、今日は新しい話が聞きたいわ。聞いたことのない話」


 今日は、って。

 こうして寝る前にお話をするのも随分久しぶりのことだ。


「そうね、なら、この間あなたの隣にいた、あの魔物を討伐しに行っている勇敢な魔導師の話をしてちょうだいな。確か、・・・ロッケといったかしら」

「ああ、お嬢様は、彼と会うのはここが初めてでしたね。彼が登用されたのは最近・・・三年前くらいです。お忍びで市井を回っていた閣下の危機を救った、というのがきっかけで、仕えるようになったと記憶しております」

「へぇ、じゃあ彼はお父様の命の恩人なのね!」


 そうやって目を輝かせるお嬢様の様子に、少し頬が引きつってしまう。実際に彼と一緒にいればわかるのだが、無条件に信頼していい相手ではないのだ。

 どこか、胡散臭いのだ。


「それで、ギンメル、あなたと彼が知り合ったのはいつ頃からなの?」

「ちょうど一年ぐらい前ですかね。彼とは、ある任務で一緒になったのが最初なんです」



◯◯◯◯◯◯◯◯◯



 ロッケという男に関しては、初めて顔を合わした時から、なんとなく違和感を感じていた。


「魔物の討伐ですか?」

「そうだ、ギンメル。ぜひお前にやってもらいたい」


 今から一年前、部下とともに訓練していたところを公爵閣下に呼び出されたため、その日は早めに切り上げて執務室へと向かう。


「閣下、ギンメルです」

「どうぞ」


 ガチャリと値の張りそうな扉を開ければ、開口一番、閣下からある魔物の討伐要請を受けた。

 治安維持、特に危険な魔物の掃討は私たち、騎士の仕事なのである。


「それはどのような害獣退治なのでしょうか」

「うむ、これを見てくれ」


 そうおっしゃられて渡された、一枚のパルプ紙を注視する。


「空飛ぶ魔物、ですか?」

「ああ、こことウァザの間に、森があるだろ?」

「はい、魔物の頻出する、危険な森です。一般人はまず通れないでしょうね」


 そう言う私に、閣下は口角を少し上げながら。


「だが、お前なら行けるだろ? ただの魔物なら放って置くところなんだが、今回の魔物は、こことウァザの間を飛ぶメッセージバードを餌にしてしまう。つまり今、ウァザとの通信網が途絶えている」


 メッセージバードとは、離れたところに手紙を運ぶよう訓練された鳥のことで、私の腰くらいまでの大きさがある。かなり人懐っこいこの鳥は、昔ある魔術師が作り出したキメラらしい。安心と信頼のバード便として、都市町村間に緻密な連絡網を築き上げ、おかげで情報伝達がスムーズだ。

 因みに国営である。

 鳥自体は、一般人でも育てられるし、使うこともできるが。

 それを一部でも途絶えさせることは、たとえ別のステーションを経由することで情報伝達に支障はほとんど出ないとしても、費用や信用において問題が生じてくる。


「ですが、私は騎士です。空を飛ぶ魔物に攻撃手段がないのですが」

「心配いらない。実際に空飛ぶ魔物を倒すのは魔術師の仕事さ。お前にやってもらいたいのは、その魔術師の護衛だ」


 確かに詠唱の時間や魔力量のことを考えると、森の中で魔術師だけは危険か。騎士が必要となることもうなずける。


「では、閣下のお眼鏡にかなった、魔術師、あるいは魔術師たちでしょうか、は一体どなたなのでしょうか?」

「魔術師は一人だよ。あいつならそれでも大丈夫だ。空飛ぶ魔物は、一匹だけらしいしな。そうだろ、入ってこい、ロッケ」


 ガチャっと後ろから音が聞こえ、ドアから執務室へと入ってきたのは、濃い緑色のローブ姿を纏う中肉中背の、特徴はないが爽やかな顔をした青年だった。


「お褒めにあずかり、光栄です、閣下」


 と、礼節をわきまえた優雅な物腰で頭を下げるが。なぜかそこに、余り閣下への忠義というか、誠意が感じられないように思える。

 マニュアル人間というのが、私が彼に最初に抱いた印象だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「結構暑いな」

「もう初夏と言える季節になりましたからね。でも、空気はカラッとしているのでそんなに気になりませんよ」


 館から出て、幾分か経った頃。私とロッケという魔術師は、高らかに自己主張する太陽の下で、件の森に出かけていた。


「そんなローブ着ているのに大丈夫なのか? 熱が溜まりそうだが・・・」


 ロッケは微笑しながら返す。


「魔道具ですからね」

「ああ、なるほど・・・」


 うらやましい。ねたましい。

 往来の人混みが、喧騒が、客引きが。何もかも煩わしくなってくる。


「何で市場っていうのは、町の中心人物の館と、正門を結んだ線分上にあるのか・・・」

「メインストリートだからでしょう?」


 分からないんですか?

 騎士というのは、脳まで筋肉なんでしょうか?

 そんな幻聴が聞こえて来る。暑いからだろうか、否。

 ロッケの表情が雄弁に語っているのだ。


「今、何考えた?」


 確信犯的な思いで、ロッケに彼自身の心中について尋ねてみるものの、今日のカラッとした空気のように乾いた笑みを、私に向けてくるだけだった。実に不愉快だ。


 たとえ脳筋でも知ってるわそのくらい。


 正門を出て、人通りのない道の良さというものを一通り堪能してからしばらく経った後。私たちは空飛ぶ魔物がいるという森にたどり着いた。

 危険なため人が全く入らず、森を通るための道などはないが・・・。


「道がないなら切り開けばいい」


 と、剣を片手に歩き出そうとした矢先。


「いや、待ってください。少しは考えて行動してください。一体、森の中から、どうやって、鬱蒼とした木々の上を飛んでいる魔物を倒すというのですか。出来るわけないでしょう? 軽率ですよ」


 馬鹿ですかあなたは?

 知能低いなぁこの人替えてもらえないかなぁ?


 彼の表情は如実にそう語っている。そこまでイラついてるようには見えないが、他人を見下しすぎだろう。

 死ね。


「魔物だっていつまでも飛んでいられるわけじゃないから、地上で休んでいるところを・・・」

「木の上に止まってたらどうしようもないでしょうに。そうでなくても、気付かれたら空中に逃げられます。それに、目標を倒せなくていつまでも森の中にいたら、他の普通の魔物の餌食になるやもしれません。襲ってくる魔物を全て討ち払いながら、精神を磨り減らしてお空の魔物を退治する。そんなこと、出来るとは思えません。つまり、森の中に入るのは、今回の飛翔能力のある特定の魔物を討伐するという任務においては得策とは言えないんですよ」


 その程度の論理的思考もできないんですか?

 へっ。

 ぷちっと、私の中の何かがその幻聴にブチ切れる。


「おい、おい、おい! だったらお前には何か策でもあるんだろうな!?」


 ロッケは待ってましたとばかりに笑いながら言う。


「ええ、ええ! ありますとも!」


 彼は自分のバッグから肉を1ブロック取り出した。


「見ての通りなんの変哲もない肉ですが、これを使います。『魔力充填』」


 怪しげな光が、急に肉を包み込み始めた。ほんの十秒といったところで、ロッケは「よし」と作業をやめ、突然空に向かって肉を投げる。


「かなり力があるんだな」


 私がそう評価するくらい、肉は高くまで上がっていた。


「いえ、これはちょっとした身体強化の魔術を使っています。僕レベルになると、工夫すればパッと使えるんですよ・・・、ほら、来ました!」


 彼の視線の先には、ラッパみたいな顔をした、一本足で、二対の翼を持つ灰色の魔物。

 自由落下を始めた肉を追いかけている。

 その魔物に狙いを定め。


「火の精霊よ、矢となりて、敵を突け。『炎矢』」


 と、魔法を放った。見事に魔物に命中し、燃え盛る魔物が地に落ちていく。そして、パリィンという音がした後、「証石」が残った。


「こいつの『証石』は、なんとなく瓢箪に似ているな」


 「証石」とは、魔物を倒したあとごく偶に残る、青紫色の結晶のことだ。

 魔物の種類ごとに形が変わる。


「いかがでしたか、僕の案は?」

「なるほど、魔物は確かに魔力の強い肉に反応する習性があるからな・・・」

「はい、それで魔法で成り立っているキメラ生物、連絡鳥を襲っていたわけですし」

「でも、普通の肉に、魔力を充填できるなんて初めて知ったな。魔力の受け手側には何らかの処置が施されていなければできないと思っていたよ」

「短時間ならどんなものでも魔力を与えることが出来るんですよ」


 へぇ、そうなのか。こういうところはさすが専門家と言える。


「だが今回、私の出番はなかったな。正直、本当に要らなかったのではないかと思えるほどだ。お前も念のため、一応私を連れてきただけなのだろう?」


 そう言って帰ろうとする私をロッケは引き留め、余り予想していなかった答えが返ってくる。


「いえ、あなたの出番はここからです。復習をしましょう。さっき魔物は魔力の強い肉に反応すると、あなたは言いましたね?」


 確認するように尋ねてきたので、「ああ」と首肯する。


「そして、今ここにはさっきの魔物が食えなかったあの肉が落ちています。そして目の前には、魔物はびこる危険な森。どうなるか分かりますか?」

「まさか・・・」

「そう、まさかです。魔物に襲われます」


 ロッケがそう言い切った瞬間、森から大量の魔物が出てきた。


「一度フィールドから出てきた魔物に関しては、街を襲うものもいるかもしれないので、ここで倒す必要があります。大丈夫、あの肉の影響が無くなるなんてすぐです。僕一人では無理なので、一緒に頑張りましょう」


 と、特に私に対して謝罪もなく言う。こういう面倒な後始末が必要な案を実行することを軽率といい、こんなことを考える奴のことを馬鹿というのではないか。

 少なくとも私はそう思った。

 結局のところ、私たちは魔物をなんとか倒しきり、あの肉を焼却処分したのちに、閣下に成功報告をすることができた。それは大変喜ばしいことである。

 だが一方で、礼はわきまえているのに誠意がないように見えたり、他者に敬意を払っているように見えて実は軽薄だったり、頭がいいような言動をしているのにそれほど後先を考えていなかったり、人のミスは強く指摘するのに自分のミスの尻拭いを他人も巻き込むのが当然といった感じであったりと、なんていうか、ちぐはぐな人間であるロッケに対して、違和感が拭えなくなったまま。

 ・・・一抹の不信が、芽生えたのだった。



◯◯◯◯◯◯◯◯◯



「今のが、ロッケという男と私が出会った経緯でございます、お嬢様。少しはお気分も落ち着かれなさいましたか?」


 相槌を入れながらも、私の話を静聴なさっていたお嬢様に、そう尋ねる。

 もちろん、ロッケへの不信感などに関しては話から除外している。


「うぅん、どうかしら・・・、確かに少しはまどろんだけど、わたしが期待した、一人の女性を巡った、愛憎織りなす恋愛劇の因縁の二人だとか、はたまた親友同士の、友情を超えた禁断のラヴ(はぁと)みたいな、そういうのではなかったわね」

「何がカッコはぁとカッコ閉じるだ。・・・おっと、失言いたしました」


 お嬢様は私に苦言を呈することなく、ふふっ、と笑ったあと。


「今のって、何だか昔に戻ったみたい。まだまだ、心は全然晴れないけれど、うん、だいぶ落ち着いた気がする。ありがとう」


 昔に戻ったみたい。その言葉に、私は在りし日のお嬢様、とそれにアーディ殿下方の、私の周りではしゃぐ元気なお姿が自然と想起され。思わず涙がこぼれた。


「ねぇ、ギンメル、泣いてるの?」


 俯きながらむせび泣く私を、お嬢様は心配そうに寝台から覗き込む。


「いいえ、お嬢様、ですが、ですが・・・」


 言葉が続かない。

 この気持ちを、どう伝えたらいいのか。


「・・・あなたがそんなのじゃ、わたしだって、ん、我慢してるのにっ」


 大きく叫んだ後、お嬢様の瞳から大粒の涙が湧き出、流れる。

 ああしまった、と、騎士たる私がお嬢様を泣かせてしまったと、自分の失態を後悔する。この失敗を取り戻そうと、私はお嬢様の肩を掴み。


「お嬢様は、あなただけは、絶対に、もう二度と悲しませたりなんかしませんから! 私が、あなたを一生守り続けますから! なぜなら・・・」


 急に息苦しくなって、深呼吸して一拍置く。勢い込みすぎて、息を吐き出し過ぎたらしい。


「なぜなら?」


 お嬢様は、私を優しく急かす。


「私はあなたの、騎士だからです」


 最後はしっかりと、お嬢様の目を見て言う。

 顔を背けて、何かを小さく呟いた後、お嬢様は再びこちらを向いて。


「承認したわ。期待してるわよ」


 と、にっこり微笑んだ。



 その時だった。



 バン、と、いきなりドアが開く。

 見ると、土と砂まみれのローブを羽織った薄汚い男が、立っていた。


「何者だ!」


 剣柄に右手を添え、怒りのまま男に大声で問いかける。


「ロッケ・・・?」


 お嬢様は、突然現れたローブの男に、そう呟く。


「何、ロッケだと? 礼を弁えろ、魔術師! ここはキャラメラお嬢様の寝室だぞ!」

「まさか、あの魔物を倒したの?」


 お嬢様が笑顔でロッケに質問なさる。

 そうだ、あいつは策があると言って、あの化け物を討伐しに行ったのだった。十日くらい見ないと思ってたが・・・、成功したならこのはしゃぎようもうなずけるか。

 もうちょっと節度を持って欲しいが。


「そうなのか、ロッケ? ・・・ロッケ?」


 お嬢様や私の質問にまるで答えないロッケに、不信感を抱く。


「おい、魔術師、聞いてるのか」


 この言葉にピクリと反応し、やっと落ち着いたのか、彼はゆっくりと顔を上げる。が。


「ひっ」


 お嬢様は、彼の余りの形相に思わず飛び退き、寝台から落下した。


「お、おいロッケ・・・」


 思わずブルッと身震いしてしまうのをこらえて、言う。


「なんだ、その顔は」


 別に顔の造形が変わってしまったということはない。

 また、何かおかしなものがひっついているというわけでもない。

 ただ、歪んでいた。

 狂気と愉悦に、歪んでいた。


「僕の」


 彼は、徐に口を開き始める。


「僕の、輝かしイ、将ラい、ミ来、シハイ! そのために、そのためニ・・・」


 血走った目で、お嬢様を捉える。


「キャラメラお嬢サマ、あなたヲ、奪ウ!」


 いきなり飛び出して、お嬢様を強引にひっ掴む。


「ひゃあ!」

「やめろ!」


 鞘から飛び出す勢いを利用して、剣をロッケに振りかぶる。魔術師はそれを、お嬢様を抱えながらバネのように跳躍して躱し。


「邪魔ダ、雷の精霊よ、汝の牙を突き立てよ。『紫電』」


 と早口でまくし立て、魔術をとばしてきた。

 避けられな・・・!?


「ガァァっ!?」


 凄まじい衝撃に襲われ・・・、筋肉が硬直してしまった。

 体が、動かない・・・っ。

 くそ、動けよ!

 畜生!


「お前は確かに、よく分からない、いや人間らしくないやつだったが、少なくともこんなに短絡的ではなかっただろ!」


 やはり、お前は、ちぐはぐだ。

 言葉で時間を稼ごうとする私を、ロッケは虫けらを見る目で一瞥して。


「火の精霊よ、槍となりて」


 と二度目の呪文を唱えだす。

 やばい、このままじゃやばい!

 このままじゃ、お嬢様が!


「さっき、ほんのついさっき、誓っただろうがぁ!」


 唇を噛み締め、鉄の味を感じながら、無理やり立ち上がる。

 力の限りを尽くして、ロッケの首を狙った。


「うぉぁあああああああっっっ!!!!」


 叫び、ギリギリまで体幹を引き絞った。

 今までで一番いい太刀筋かもしれない。


「敵の芯を焼き尽くせ。『炎槍』」

「ギンメル!?」


 剣は惜しくもロッケの位置にまで及ばず、気づけば炎が、私の胸を貫いていた。


「ウゲァギャァァァ!?」


 内側から焼かれるその苦痛に、体の機能がすべて瞬間的に立ち行かなくなるショックに、叫ばずにはいられない。

 断末魔の叫びを、捻じ切るように上げないではいられない。



 ・・・叫び終えてからは、逆に落ち着いて、冷静に自分の状況を観察することが出来る。



 私はこういう時、むしろ混乱する人間だと思っていたが。

 あの魔物と会った時みたいに。

 ああ、お嬢様。もう何も見えません。もう何も聞こえません。

 でも、意識はまだある。

 不思議な感覚です。

 体が何もかも諦めて行き、痛覚ももうない。

 それでも最期まで考えていられるなんて、なんて性質の悪い魔術だ。

 あ、今呼吸が完全にできなくなった気がする。

 次々死んでいく。

 私は死んでいく。

 死んでしまいます。ああ、お嬢様。


 先ほどの約束、さっそく守れなくて。

 さっそく破ってしまって。

 さっそく反故にしてしまって。


 申し訳ありません・・・。

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