1-0-4 トモダチが欲しいだけのマモノ④


 誰かがカンテラを持って、谷を下りてきている。

 昼でも暗いこの場所に、コロンコロンと、小石が転がるくぐもった音がしてきた。こんな危険な場所に、一体どんなもの好きがやってきたというのだろうか。

 ・・・ボクを討伐しに来たのだろうか。


 人を殺す、醜悪な姿をした化け物を。


 そうだとしたら、なぜボクがここにいるのがわかったのだろう。

 ここは、ボクの生まれた場所。自分に対して、どうにかなってしまいそうなほどの恐怖を抱くボクを、優しく、冷たく責め立てる蕩けそうな闇が、包み込んでくれる場所。


 なぜ、我慢できなかったんだろう?


 人がたくさんやってくる。

 それだけで、本能が、孤独を病的に恐れるボクの「前提条件」が、彼らの元へとボクを急き立てる。

 飢餓。

 渇望。

 逆らうことを考えるだけで、自分の硬い皮膚に、さらに硬い爪を突き立てたくなるような、自分の中のトチ狂った爆発物。


 こんなものを抱え続けるくらいなら、死にたいよ。

 いなくなりたいよ。

 消え方がわからないけど。

 そうであるなら、どうせ生き続けるのなら、このしっとりとした闇の中で、永久に眠っていたいな。

 もうこれ以上自分の醜さなんて、知りたくないから。


 カンテラの光が、ボクと同じくらいの高さに来た。どうやら訪問客が完全に谷を下りきったらしい。

 ザッザ、とこちらに足音が向かってくる。

 来ないで。ボクをこれ以上化け物にしないで。

 理性が喰われる。

 やめてくれ。


 ヤメナイデ。

 ボクトトモダチニナッテ。


「ボクトトモダチニナッテ」


 カンテラの持ち主の姿の優雅に挨拶するポーズが、光に照らされる。


「こないだぶりですね、魔物さん? 僕の名はロッケ」


 そのまま笑顔で、こちらを見据えて。



「あなたの友達になりに来ました」



 その瞬間。

 ボクは快楽の絶頂を味わった。

 孤独じゃなくなった。

 じわり、じわーっと本能が満たされていく。

 愉悦を噛み締めての、初めての心からの歓喜。

 見える世界が変わったような気がするが、周りが真っ暗闇なのが残念だ。

 さっきまでとは、真逆の思考と感情。


 気づけば、ボクは理性を取り戻していた。


 こちらに向こうの姿が見えているから、向こうもこちらの姿を視認しているはずだ。だというに彼には、ロッケには、こちらに怯えている様子もなければ、嫌悪している様子もない。


「ボクガ、コワクナイノ? キモチワルクナイノ?」


 ロッケは笑みを崩さない。何を考えているのかは、読めない。


「自分を卑下しないでください、魔物さん。あなたのその姿は、生まれつきでしょう? それはやむを得ない事情です。けっしてあなたのせいではないですよ。あなたを怖い、気持ち悪いというのは、対峙した人の思い込みです。ただの自分勝手です。思うだけならいいのに、あなたにそれを言うのは礼を逸しています。失礼極まりない。悪いのは彼らです」


 ロッケは、表情を全く変えない。


「大丈夫。僕は決して、あなたを貶めるようなことは言わないし、思いもしませんよ。初めて会った時の寂しそうなあなたを、見捨てることができなかったんです。魔物さん。あなたはもう一人じゃない。ええ、もう二度と孤独にしません。僕という友達がいるのだから」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 それから、ロッケは毎日ボクに会いに来てくれるようになった。

 彼は沈黙を嫌うようで、会えばたくさんの話をしてくれる。

 国家連合を主軸に、表向きは平和な社会のこと。今ボクがいるこの国の成り立ちや歴史。人種の問題。魔法が成り立つための力の源や、魔法の呪文体系を少し。

 自分がどこで育ったか。

 家族のために魔法を学んだとか、自分の才能を見込んで目をかけてくれた公爵に忠誠を尽くしたいので、近衞隊に属しているのだとか、そういう自分の生い立ち。

 無論、話を聞くだけじゃなくて、ボクについての生まれてからの経緯も話した。

 ボクはとても楽しかった。ロッケに、とても感謝した。自分の生まれを呪うことはなくなった。人を殺したことによる、心をギリギリと離さなかった罪悪感が、信じられないほど軽くなった気がする。

 もちろん捨て去ってしまえたわけではないし、そうしていいはずもない。

 でも。


「ボクワヒトヲナンニンカコロシテシマッタ。ソノナカニワ、キミノナカマモイル。ソレナノニ、ドウシテキミワボクトイッショニイテクレルンダイ?」


 そんなボクの質問に、ロッケはこう答えてくれた。


「あなたは確かに、責められるべきことをしたかもしれない。けど、それはこちらにも非があります」


 彼は一節入れてから、また続ける。


「僕らは、君を魔物という一点で、友達を作ろうとした結果人を殺す形になってしまっただけの君を一方的に悪と断じて殺そうとしたし、孤独で押しつぶされそうになって混乱していたあなたの、待ってという制止を振り切って強引に逃げてしまったんです。僕は、僕たちは、君のみに責任を押し付けるなんて、やってはならないんですよ」


 ロッケは、そう言ってくれた。

 ボクのことを、理解してくれたんだ。

 そのとき、ボクは彼に、心からの全幅の信頼を置いたことに気づいて、非常に嬉しいと感じた。

 感じてしまったんだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その夜のこと。

 ロッケが帰ってから、ボクは静かに眠りについていた。

 が、突然身体中に、電撃のように違和感が走り、パッと眼を見開く。

 周囲に濃度の濃い魔力と、あと何か、別の「存在」の気配を感じる。


 ナンダロウ? トテモオイシソウナニオイダ。


 体を動かそうと身をよじるが、それだけの所作に軽い倦怠感を覚える。

 この、複雑怪奇に編まれた魔力のせいだろうか。


「やあ、魔物くん、眼を覚ます事が出来たんですか? 本当にあなたは規格外な化け物ですねぇ?」


 後ろからロッケの声がするので、そちらの方に振り向く。すると、カンテラの光に照らされた、いつもとあまり変わらない笑顔を貼り付ける彼の姿があった。

 ひとつ違うのは、その笑みはいつもより嘘っぽいという点。

 ロッケは再度口を開く。


「僕は、殿下を殺してくれたこと、あなたにとっても感謝しているんです。その恩を仇で返すようで悪いですが、でも友達ですよね、魔物くん? 僕の未来のために、死んでくれませんか?」


 死んで、くれませんか・・・?


 ロッケは何を言ってるの?

 その質問はどういう意味?

 ボクが死ねば、君の未来のためになる?


 どう答えたらいいの?


 返答に窮すよ。でもこれに関しては聞いておきたいことがある。


「ニンゲンワ、ジブンノタメニ、トモダチヲコロスノ?」

「? あなたは何を言ってるんですか? 別にいつも殺すわけじゃありませんよ。今回は、殺したという事実が必要だから殺すだけであって、友達を自分のために殺すべき存在としてみているわけじゃないですよ」


 少し噛み合わない。


 ボクが聞きたいのは、君は自分のためなら友達を殺すことができるのか、ということであって、友達を殺すべき存在としてみているのかと聞いたわけじゃない。


「そう。君を殺す、いや討伐する必要があると言うべきか」


 ロッケは芝居がかったような口調で切り出す。


「公爵閣下の後継者を害した、という魔物を討伐する。この事実は、とても素晴らしい価値を孕んでいます。そんな偉業をなした僕は、功績が讃えられ、閣下の覚えもめでたくなり、より注目され、より重用される。その中で僕はうまくやって、次の公爵後継者になし崩しに指名されるお嬢様を娶ることで、公爵のファミリアに名を連ね、お嬢様を傀儡にしてあの家を支配する。甘美な夢でしょう? ああ、チャンスがこんなに早く到来するなんて! 魔物君、僕は君に、本当に感謝しているんです。ありがとう」


 絶句した。

 彼は最初から、ボクを利用するために近づいていたのか。


「トモダチッテイウノワウソダッタンダネ・・・」

「いいえ、それは嘘で言ったつもりはありませんよ。あなたにとってどうかは知りませんけど、僕にとって友達っていうのはそういうものなんです。利用価値を見いだしていないものになんて、近づく理由が見当たりませんよ。さぁ、僕はあなたと友達になって、あなたの欲しいものをあげたんですから、交換として、ギブアンドテイクとして、僕にあなたの命をください!」


 ああ、君にとって、友達っていうのはただの手段なんだね。


「火の精霊よ」


 ロッケが魔法を唱えだした。ボクは体をひねって逃げようとするも、だるくて重くてうまく動かない。


「理を穿ちて、憤怒のごとく燃え盛れ」


 ・・・・・・?

 詠唱の最中、先ほどから周りで感じている何か「存在」の気配が、ロッケの周囲でどんどん強くなっていく。

 そうか、これが「精霊」か。

 ロッケは自分で、この「精霊」についてボクに教えてくれたことがあったな。


 ホントウニウマソウナニオイダ。


 本能が囁く。


 クオウ。


 ボクは、どうしてこんなことが出来たのか、自分でもまるで分からなかった。

 ただ、念じるだけで、「精霊」に干渉し、その「存在」を併呑した。


 オイシイナ。


「『業火』。死ね」


 ロッケは魔法を唱え終わる。さっきまでとは違って、口角を異様なまでに釣り上げた、いい笑顔だ。きっと脳内でアドレナリンとかがドバドバなんだろう。

 しかし、何も起こらない。


「は?」


 気味の悪い笑顔から一転して、ロッケは本気で理解できないことでも見たかのような、なんとも言えない表情になる。


「魔法が、発現しない・・・? なんで?」


 どうやら、魔法というのは、「精霊」がいないと成り立たないようだ。


「マホウガツカエナイキミニカチメワナイヨ。サッサトカエッテ。コロシワシナイ」


 彼は、もういい。友達になる意味がない。友達の捉え方がまるでボクと異なる。


 キョウミヲウシナッタ。


「・・・! 僕は、あなたを殺さないことには!」


 ロッケはそう吠えて、ポケットの中から無造作に一つの指輪を取り出す。饕餮文とうてつもんのごとく重厚な作りで、年季が入っていそうな、立派なものだ。


「マジックアイテム、『雷指輪』」


 装着し、ボクに向かって人差し指を突き出した途端、紫電が伸びてくる。

 え?

 虚をつかれ、瞬きの間反応が遅れ・・・。

 体が麻痺し、直撃した肩周りの筋肉が痙攣する。

 なぜだ?

 ロッケの周りにまた「精霊」が現れたのかと考え、凝視・観察するがそれらしき気配はまるでしない。でも、魔法は発動している。


「『雷指輪』は使える! ということは・・・ははは、まだ分かりませんよ!」


 ロッケはこちらの頭に狙いをつけて、次々と魔法を行使してくる。

 くそ、紫電の影響でまだ満足に動けない・・・。

 頭に受けないようにするので精一杯で、弾こうと伸ばす肢体には、電撃が間断なく当たる。反撃の余地がない!

 このままじゃ埒があかない、考えろ。

 とりあえず、あの指輪がなかったらロッケは魔法が使えないはず。


「ああ、これです。魔法で相手を蹂躙するこの高揚感、だから僕は魔法使いになったんですよ! それっ、それぇ!」


 雷一条一条は対して強くないが、手数が多すぎる。

 痺れ、痛みが身体中を襲って、焦燥が募り、頭の中がどんどんヒートアップしていく。


「コシャクナ! コレデモクラエ!」


 やみくもに凝縮した魔力を放ってみるが、ロッケは後ろに跳んで躱す。


「うわ、何するんですか、反撃なんて許可してませんよ!」


 どこまで自分本位なんだろうか?

 ますますボクをイラつかせる。

 再度魔力弾を放った。


「く、『雷指輪』!」


 今度は左後ろに躱しながら、ロッケは紫電を放つものの、ボクの魔力弾で跳ね上がった土が彼の進路を阻み。


 それが隙となって、ロッケに近づくことが出来た。

 彼の指輪がはまった方の手をぶった切ろうと、照準を定めて肢を振るう。


「!」


 ロッケは腕を大きく振り上げることで辛うじて切断の難を逃れたものの・・・勢いのまま指輪が手から抜けてしまった。


「しまった!」


 ロッケは後ろを振り返って指輪へと手を伸ばすが、追撃を止めないボクの腕が迫っていることを悟ったのか、体をひねって紙一重で回避する。

 指輪は暗い地面に落ちて見えなくなってしまったが、彼に落ち着いて探す余裕などない。

 ボクは戦いの高揚そのままに、打つ手がなくなったロッケへと最後のとどめを刺そうとした。

 が、彼は横に避けながら、ポケットを漁りだす。

 また指輪か? とボクは身構えてしまうが、彼の取り出したのは一枚の札。

 それをかざしながら。


「『転移』!」


 と叫ぶと、姿は瞬く間に消えてしまう。

 やはり「精霊」の気配はない。

 しばらく待ってもロッケがまた現れることはなく、おそらくあの札の力で逃げてしまったのだろう。

 戦いの幕引きは、思いの外あっけないものだった。

 それにしても。

 呪文を唱えることで発動する魔法は「精霊」が重要な一方、指輪や札など、道具による魔法に「精霊」はいらない。

 この違いは、一体どこから来るのだろう?

 その答えは、ボクにはいくら考えても分からなかった。

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