1-0-2 トモダチが欲しいだけのマモノ②
思えば、人に会って、理性を保てたまま向かい合えたのは、この時が最初で、最後だったかもしれない。
山を下って行くと、先ほど眼下の一部に捉えた、街の方へと向かう道とぶつかった。
最初は舗装もされていない、ただ踏み固められた地面が晒されているだけだったけど。先に進むにつれ、だんだん整備の具合が良くなっていき。森の木々たちの隙間から、街を囲う城壁が見えてきたあたりで、敷き詰められた石の隙間を白い石膏で埋めた、美しい街道になった。
途中で水の音が聞こえてきたから、そちらにちょろっと注意を向けてみたら、水が反射する輝かしい太陽の光に少々驚き、
どうやら、森の端の方に湖があるらしい。
確かに、先ほど眺めていた時にも見えていた気はするが。そんなに大きくはなく、もっと言えば人工のもののようだった。
どっからか水を引いてきて、街の外から生活用水を地下のパイプか何かで供給しているのだろうか?
そんなことはどうでもいいか。
それにしても、せっかくの道だと言うに、誰にも遭わないな。皆この道を使わないのだろうか。まぁ、今までずっと森の中を歩いていたわけだし、もしかしたら危険なのかもしれないな。
と思ったところで、前方に人間の生命活動を探知。
なんでこんなことが自分に出来るかは、皆目見当がつかない。
馬と牛の中間みたいな動物に、荷を積む馬車が引かれている。御者が一人に、馬車の中に三人か。見えてないけどなんとなく分かる。
商人か宅配便かは分からないけど、さっき見た街の方に向かっている。
いや、そんなコとよリモ。
カレラワトモダチニナッテクレルカナ?
ボクはあの馬車に狙いをつけ、念じるだけで、・・・その進行先へと、瞬間移動できた。
「ブモォォォォ!?」
突如現れた黒い影に、ウシウマはパニックで叫び声を上げ、全身の筋肉が硬直し、泡を吹いてその場に倒れる。
ああ、驚かしてしまったかな?
「わぁあああぁぁっ!?」
御者も一瞬ほうけた顔をしたのち、ビビる。
悪かったよ。挨拶もなしに突然道に現れるなんて、礼儀も常識もなかったな。
落ち着かせるために、名乗ってみるとするか。
「コンニチワ。ハジメマシテ。ボクハ・・・」
「うわぁぁぁぁ、ひぃ、こっちくるな、あっちへいけ、化け物!」
完全に錯乱状態だ・・・。
ボクの何が悪かったんだろう?
あ、そっちに逃げたら危ないよ? そっちは森だよ!?
「ソッチワダメダ!」
御者の体をつかもうと、ボクは手を
「ひぃっ、喰われる、だからこんな道通りたくなかったんだっ、死にたくない死にたくない!・・・グブゥ」
体を掴むまでに、何故か彼は失神してしまった。
森に入るまでに止まったならいいか。
「何があった!」
とその時、いいとこ育ち風の十五歳くらいの少年が馬車から出てくる。
カレナラトモダチニナッテクレルカナ?
「シツレイ。ハジメマシテ、ボクハ・・・」
「わっ、ひぃぃぃぃ!?」
少年はその場でへたり込んで・・・、顎も、肘も膝も、全身をガチガチと震わせ始めた。
目には驚愕、衝撃、恐怖、焦りといった感情が整合も取れずにひしめき、蠢いていて、混沌の体を成している。
失禁寸前といったところか。
「気持ち悪いいぃぃ!? 我慢できな・・・」
少年は、皮膚の鳥肌を無理やりかきむしり、血を服に滲ませながら、盛大に胃の中のものを吐き出す。
「どっかいけぇぇ・・・、誰か、たすけてぇ・・・」
そのまま、少年も意識を失ってしまった。
同時に馬車から最後の一人、少年と年や風体が同じような少女がバッと走り出でる。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにさせながら、必死の形相で逃げ出していた。
トモダチニナッテモラウノハムズカシソウダ。
しょうがない、ここは諦めよう。といっても、少女が道とはいえ森の中を突っ切るのはかなり危険。
無事に森の外に出れるまで、隠れて彼女を警護してやった。
そして。
置いてきてしまった少年と御者を、森の外まで運んでやろうと馬車のところまで戻ってきたとき。
少年と御者は、
は・・・?
何だ、あいつらは。
一応人型、なんだが・・・。
胸部と腹部に関しては、骨に灰色の肉がこびりついているだけ。頭部や四肢は、灰色なだけで普通の人間とそう大差ない、ように見えるが・・・。眼窩が落ち窪んで、鼻腔はむき出しになっており。
目と口が、頭部にない。
いや、必要ないのだろう。
全身が目で、全身が口。
全身で周囲を観測し、全身で人間だった肉塊に喰らい付く。
向こうもボクに気づいたようで、こちらに注意を向けた。
体に、緊張が走る。
が、すぐに興味を失ったのか、その注意は解かれ、肉を貪るのを再開する。
・・・カレラトハトモダチニナッテモ、イミハナイナ。
ふと、彼らの身体を、妙な力の奔流が駆け巡っていることを発見。その流れに、秩序などというものは見当たらない。まさに乱気流というべきか。
そうか、別に視線があるわけでもないのにこちらに注意を向けたとか解いたとかわかったのは、あの不可解な力のベクトルがこちらに集中するからか。
でも、何でボクに対しての興味をすぐになくしてしまったんだろう。
こんなに刺激的なお食事シーンなんて、まず赤の他人には見られたくないだろうに。それは冗談としても、ボクに襲いかかってきたって、なんら不思議はないはずだ。
ボクに襲いかかるに値しない、何らかの原因があるのだろうかと、自身に思考を向けてみて、気がつく。
ボクの身体には、彼らと同じ力が流れている。
ボクは彼らと、同類、なのだ。
同じ、欠陥品。
だが、そんなことはどうでもいいのだ。下らないことを考えて、現実逃避するな。あの二人は、ボクのせいで彼らに喰われた。
ボクがトモダチ欲しさにここで足止めしなければ、少なくともここで死ぬことはなかったんだ。
ボクが殺したも同然だ。
次の瞬間、自分の心が罪悪感という「不快な縄」によって締め付けられるのが分かる。自分のことが嫌になる。こんなものから解放されたくて、その場からボクは逃げ出した。
でも、そんなことで心から縄が解けるはずもなく、走っても走っても、自己への束縛は終わらない。
逆に、逃げ出したことによる罪悪感までもが、ボクにまとわりついてくる。
どうして? あの二人の死は確かにボクのせいだけど、直接手を下したのはボクじゃないし、ましてや彼らはボクの知り合いでもなんでもないから、思い入れなんてあるはずがないんだ。
そんな言い訳をする自分が、さらに嫌いになる。
結局、ボクは死んだ彼らには何の思いも馳せてなくて、ただ人間を殺した自分に対してだけ、罪の意識を感じている。両方に対して責を負うべきなのに、片方を忘れて、自分のことだけ。
そんな自己欺瞞的な自分が、もっと嫌いになった。
追いすがり、しがみついてくる罪悪感から身を守ろうと、自分はトモダチを求めなければならない「前提条件」で生まれたのだから仕方ない、そうやって自己の正当化を図るが、そんな自分がますます、ますます嫌いになっていく。
発狂しそうだ。
前方が開けたので、森を出たのか、と思い忙しく動く足を止める。そこは、先ほど確認した湖だった。いや、この大きさなら池と表現したほうがいいか。
風がないからか水面は穏やかで、目に映り込む風景はこんなささくれた心でも綺麗だと思える。
生き物はいないだろうか。
池の中を覗き込んでみると、水面に映った自分の姿に、ボクは戦慄した。
まさに醜悪。
この世の古今東西あらゆる価値観と照らし合わせても、ボクにそれ以外の感想を抱かないだろう。
堪えきれないほどの異物感、嫌悪感をもよおさせる。
それほどまでに、ボクの造形はこの世のものを隔絶している。
さっきの彼らの反応も納得というものだ。こんな怪物が急に目の前に現れたら、敵意や憎悪、恐怖を抱かずにはいられない。
最初から確認しとけばよかった。そうしてれば、いくら本能でトモダチを欲しがってても、人前に出ようと思うことはなかった。あの人たちが死ぬことはなかったんだ・・・。
第一印象がここまでひどいと、誰にも受け入れられるはずがない。
・・・なら、何でボクの前提条件は孤独への恐怖なんだ?
そんなの解消されるわけないじゃないかっ!!!
ああ、この耐えられないほどの乾き。業火のごとくボクを焼き尽くす。
これをしのぐためには、人間を襲撃し続けて、乾きを潤す絆を探し求めなければならないのか?
ずっと、ずっと?
ダメだ!
ボクのこの姿は、多くの人に絶望と恐怖をもたらすに違いない!
さっきみたいに結果的に殺すことになってしまうかもしれないし、そうでなくてもこの上ないほどの心労を人間に与えてしまうだろう。
そして、ボクへの恐怖が世を席巻し、膨れ上がって。ボクは孤独への恐怖を癒せないどころか、世界の敵意の対象になってしまうかもしれない。
また自分への心配か。何てボクは自己中心的なんだ。
ああ、ボクの本能が人間の元へ行くよう突き動かす。
どうすればこの衝動を抑えられるんだ?
このままでは、本能を満たすために人里を襲い、幾人かを拉致してしまいかねない。
いや、それではすまないかもしれない。理性を失えば、逆らう人間は、さっきのあいつらのように喰ってしまうかもしれない。
なんたってボクは、あいつらの同類だから。
孤独に対する以上の、自分に対する恐怖心から、ボクは人里離れた森の奥に姿を隠すことにしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから数日後。森が異常に騒がしくなった。
ざわざわ、ざわざわと。
生まれ出でた深い谷底奥深くまでに、薄汚く邪な森の脈動が、じわじわと聞こえてくる。せっかく自分を抑えるために眠っていたというに。何事だ?
谷を這い上がり、森の様子を見に行った。
「ニンゲンガタクサンキタラシイゾ」
「クッチマオウカ?」
森の木々・・・正確には妙な力が内に渦巻く普通の木とは違うやつらだが・・・が囁きあい、あの灰色の人型たちもエサの群れに浮き足立って、その膨れ上がる歓喜をわなわなと震えることによって表現している。
彼らは全く気にしていないようだが、どうして急に、人間たちは森にやってきたんだろうか?
・・・まさか。
とある考えに至った瞬間、森の端で小鳥が一斉に飛立ち、直後に戦闘音が聞こえてきた。
ここまで音が届くとは、どうやら人間側はかなり大規模な団体さんらしい。かなりの有力者が討伐隊を出したようだ。
しゃべってた木々や灰色の人型たちは、喜び勇んで戦闘が行われている方向へと駆けていく。
ボクモイコウ。トモダチニナッテクレルヒトハイルカナ?
気づけば、ボクは人間たちの前にいた。心の中にこの前の罪悪感がゆらりと鎌首をもたげたが、その情動は自らの「前提条件」の前にすぐかき消される。
「ダレガボクノトモダチニナッテクレルノ?」
瞬間、場が凍りつく。
「え、なんだ、お前」
あ、そうだ。挨拶を忘れていた。
「コンニチワ。ハジメマシテ。ボクワ・・・」
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