3 結局どうなるかは、登場人物しだいよ
「予言しましょう」
未来を見透かす魔女は宣言する。
「あの子の魔法が解けたら、あなたは死ぬわ」
驚きがなければ、嘆きもなかった。奇妙なくらい男は落ち着いていた。望んでいたものが望まないかたちで手に入ろうとしていても、それなら仕方ないと受け入れていた。
「竜は理想の象徴だといわれたこともあったね。私はあの子に夢を見せている。夢が醒めれば、全て消えて当然だ」
魔女の責めるような視線に男は苦笑した。
「あなたっていつもそうね。そういうところ、昔から嫌いだったわ」
「そうか。それは残念だ」
男はハーブティーのお代わりをしようとティーポットを持ち上げる。ぽとんと一滴、薄紅の滴が落ちただけだった。
「わたしは未来ばかり見ているけれど、最悪の未来より、最善の未来を見ていたいのよ」
「予見した未来に干渉するつもりかい。役割に反しているんじゃないのか」
「予見は絶対ではないわ」
男は静かに尋ねる。
「……君はどこまで知っているんだい」
「例えるなら、本の一ページぐらいよ。できるのは助言ぐらい。結局どうなるかは、登場人物しだいよ」
魔女は複数の物事から予見するらしい。気まぐれに神の託宣が降りる巫女とは違う。この風の国の神官はいい顔をしないが、魔女の予見に信頼をおいているのは確かだろう。それでも確実ではない。外れるときもある。公開されなかった予見もあるはずだ。魔女たちは神使とは違うかたちで、この世界を守ろうとしている。
「わたしは魔女よ。巫女でなければ神使でもない。わたしは誰にも仕えない。誰にも靡かない。『紅玉の魔女』は自由なの」
目の前にいる魔女はそういう友人だった。自由を愛し、束縛を嫌い、魔女の堅苦しいしきたりを嫌った。予見をどうするか決めるのは魔女ではないという教えがあっても、自由を求める彼女はいとも容易く破るのだろう。
「忘れないで『語らずの黒竜』。わたしは魔女であると同時に、あなたの友人よ」
魔女の心強さには昔から助けられてばかりだ。底に残ったハーブティーを飲み干す。生ぬるい甘酸っぱい味が、喉を通っていく。
「すまない、シィラ。ありがとう」
死から逃れられる方法は、ひとつある。
それはこの世界に適合することだ。世界に受け入れられるには、住人の血を得る必要がある。この地で暮らし繁栄してきた人の血。それも、魔法を得るために混ざってしまった血ではなく、純粋でまっさらな人間の血だ。
古い儀式だ。血を受け取り、与えた人間の生涯を守ると誓う。
それを、『契約』と呼んでいた。
人の血は妙薬だ。欲しくないといえば嘘になる。あの少女が人以外の種族に好かれやすいのは、その血からきているのだろう。だからこそ、守りたかった。
独占してしまえばいいと、魔女に何度か誘惑されている。だが、男は父親だ。仮初めの家族であっても、いつか巣立っていく少女を見送りたかった。ただ、竜からくる独占心も否定できない。濁った感情に、未だに心などに揺り動かされるのだと傍観している自分がいた。
物語の結末は、男にはわからない。
「最近、あの子は外にも関心を持ち始めてね。森に通り道でも作ろうと思う」
もし男がいなくなったとき、突然、外に放り出されるよりは、家族以外の人間と交流しておいたほうがいいだろう。
「子どもは親の知らないところで成長するって聞くからね。それに、いつまでもシィラを仲介にして手紙のやりとりをするのは面倒だろう。郵便配達や行商人や旅人が見つけたら、辿り着けそうな道を考えておくよ」
「とうとう子離れするの?」
「それはもうちょっと先」
即答した男に、「すっかり親ばかねぇ」と魔女は呆れた。
「この命が燃え尽きようとも、あの子の夢が醒めるまで傍にいよう」
繋いだ手を、離すまでは。
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