#16 家族の団欒・深夜編 〜大根の葉を添えて〜

 家に帰り着いたサミエルたちは、早速支度を始める。


 今夜の営業で沢山出た大根の葉。新鮮で青々として瑞々みずみずしいそれを処分してしまうなんて勿体無い。サミエルは普段の食事に、食堂の大将はまかないにすると言う事で分け合っていた。


 とは言え生のままだと保存が難しいので、まずは大鍋ででて行く。塩も入れて綺麗な緑色に。


 固めに茹で上げたらしっかりと水分を絞り、適当な長さに切って、ケースに入れて冷暗庫へ。しばらくは大根の葉料理になりそうだ。


 その大根の葉を早速使う。茹でたばかりのそれと、太めの千切りにして塩と赤ワインで下味を付けた牛肉を、オリーブオイルを引いたフライパンで炒め、自身でブレンドしたカレースパイスと塩胡椒こしょうで味付け。


 牛肉と大根の葉のカレー炒めの完成である。


 テーブルに持って行くと、そのタイミングに合わせて、両親がドリンクを用意してくれている。


「カレーの良い香り!」


 マロと遊んでいたモリアが鼻をひくつかせる。


「本当ですカピ」


 マロも嬉しそうだ。


「サミエル、エールで良かったか?」


「おう」


 グラスに注がれた、キンキンに冷えたエール。泡も程良いバランスだ。父親もエール。母親は赤ワインで、未成年のモリアは炭酸水にレモンを絞ったもの。マロは牛乳だ。


 全員テーブルに着き、グラスを手に。


「乾杯!」


 重ね合わせ、ぐいと喉に流し込む。冷たさと少しの苦味が爽快感を生み、何とも心地良い。サミエルは「はぁ〜旨い!」と声を上げた。


「いやぁ〜エールはやっぱり良いなぁ!」


「私は断然ワイン派だわ〜。今日はサミエルが牛肉使っておつまみ作ってくれるって言うから、赤にしたの」


「何か良いな〜私も早くお酒飲める様になりたい」


「あと数年待ちな」


 そんな家族の会話を聞いていたマロが考え込む様に首を傾げる。


「ボクは飲んだ事が無いですので、飲めるのかどうか判らないのですカピ」


「そうなんか。ん? 飲酒法って動物には適用されんのか?」


「今まで喋る動物に会った事が無いから判らないなぁ。試しに少し飲んでみるか?」


 父親は言って立ち上がると、冷暗庫を開けて黒いボトルを取り出し、やや深さのある皿に、飲み易いさっぱりした風味の甘口の白ワインを少し入れてやった。


「少し、ドキドキしますカピ」


 マロは緊張した様に言うと、白ワインをぺろりと一口舐めた。眼を閉じ、じっくりと味わう。


 その様子をサミエルたちは、マロの緊張が移ったかの様に鼓動を大きくしながら見つめていた。


「どうだ?」


 サミエルが訊くと、マロはぱあっと笑顔になった。


「美味しいですカピね!」


 サミエルたちは安堵した様に笑みを浮かべる。


「じゃあもう少しだけ飲むか? いきなり沢山は身体に良く無いだろうから、様子を見ながら楽しもうじゃ無いか」


 父親は嬉しそうに言うと、皿に少し白ワインを追加してやった。


「ありがとうございますカピ!」


 マロは嬉しそうにそう言って、またぺろり。


 サミエルが実家のあるこのアグレルの村で営業をした後は、こうして打ち上げの様な事をしている。


 サミエルは勿論、両親もモリアも達成感を感じているのだ。勿論マロも。


 そんな時に飲む1杯は何とも美味しいのである。


「さぁて、じゃあ兄さんのつまみをいただこうかな」


 モリアは言うと、自分の分を小皿に取り分けて、口に入れる。


「ん〜スパイシーで美味しい! 牛肉も大根の葉も味がしっかりしてるけど、カレーでまとまるんだね〜」


 牛肉の濃い味と、ほのかな苦味を感じる大根の葉。元々の相性も良いが、カレースパイスが更に高めている。


 乱暴な言い方をすると、カレースパイスは素材をどうにでもしてくれるのだ。


 サミエルは辛さに応じて数種の配合を持っていて、今回使ったのはやや辛口のもの。アルコールに合うと思ったからだ。


「やっぱり私も早く飲める様になりたいな。これ絶対お酒が美味しいやつだよ。ねぇ、味見程度で良いからちょっとだけ飲ませて?」


「駄目だよ。大人になるまで我慢しなさい」


 モリアのお強請ねだりを、父親はばっさりとお断り。それは確かにサミエルも賛成は出来ない。気持ちは解るが。


「いいもん。学校卒業したら飲めるんだから、そしたら酒豪になってやる」


 そう言って膨れるモリアに、母親は可笑しそうに笑う。


「酒豪って、なるって言ってなれるものじゃ無いわよ〜。でもお父さんも私もそこそこ飲めるし、サミエルも飲める方だから、モリアもそうなる可能性は高いわね〜」


 そんな話をしていると、気付けばマロがこっくりこっくりと船を漕いでいた。皿を見るとワインはすっかりと空になっていた。


「お、マロはあんまり強く無い方かな?」


 サミエルがマロを撫でてやると、マロははっと気付いた様に眼を開いた。


「ご、ごめんなさいカピ。ついうとうととしてしまいましたカピ。ワイン美味しくて、ふわふわと気持ちが良いですカピ〜」


 そう言いながら、マロはまたふらふらと上半身を揺らす。


 サミエルはははっと笑いながらマロを抱え上げた。


「寝かせて来るな」


 サミエルは部屋に上がり、マロをベッドに横たわせてやると、「お休み」と声を掛けてやる。


「……お休みなさいカピ」


 マロは消え入る様な、だが楽しげな声で言うと、すぐにすっかりと寝入ってしまった。


 すやすやと眠るマロにサミエルは笑みを浮かべ、下に戻った。


「マロくん大丈夫か?」


「大丈夫。気持ち良さそうに寝てる。つか、父さんも母さんもあんま飲み過ぎんなよ」


 言うと、母親が唇を尖らせた。


「まだ2杯目なのよ〜。あんたの料理もまだあるんだから」


 父親も追従ついじゅうする様に。


「僕ももうちょっと飲みたいな〜。明日仕事休みだしな〜」


「はいはい」


 両親の軽い反論に小さく苦笑しながら、サミエルも2杯目のエールを用意した。




 翌朝。また朝に弱いサミエルは怠そうにベッドの上でもんどりうつ。


「さぁさぁ兄さん、起きて起きて! お腹空いた!」


 朝っぱらから元気なモリアである。脇を見ると、マロもしっかりと目覚めていた。


「マロ……おはよう。大丈夫か? しんどいとか無いか?」


 昨夜は酔い潰れてしまった様なものである。少し心配ではあった。


「おはようございますカピ。全然大丈夫ですカピ。むしろ爽快ですカピ!」


「そっか、そりゃあ良かった……」


 確かに泥酔した訳では無い。眠くなってしまったのは、少しの疲れもあったのだろうか。


「ほら兄さん、今日大根の葉使い切ってやるって言ってたでしょ。楽しみにしてるんだからね!」


「おーう……」


 ぼそぼそと返事をしながら、サミエルはのっそりと上半身を起こした。




 食パンにマスタードマヨネーズを塗り、小口切りにした大根の葉と、茹でて細かく裂いた鶏肉を散らし、スライスしたゴーダチーズを乗せ、オーブンで焼く。


 鶏と大根の葉のピザトースト。本日の朝食である。


 程良く焼き色が付いたチーズがとろりととろけて堪らない。マスタードの仄かにぴりりとした刺激、少し渋みのある大根の葉、淡白な鶏肉が良く合っている。


「美味し〜い」


 満足げな表情でチーズを伸ばしながら頬張る家族とマロである。




 今日は全員休日なので、午前中は両親が家事をする。サミエルも手伝う。


 モリアは前々から友人と約束があったと言い、「兄さんの昼ご飯食べたかった〜夕方には帰るから晩ご飯よろしくね!」と嘆きながら出掛けて行った。


 昼食も大根の葉の出番だ。オリーブオイルを多めに引いたフライパンでにんにくスライスと唐辛子の輪切りをじっくりと炒め、豚の燻製肉くんせいにくを入れてこれもじっくりと炒めて、大根の葉を加えてさっと炒める。


 横でパスタを茹でておいて、豚の燻製肉と大根の葉のフライパンにパスタの茹で汁を加えて煮詰め、茹で上がったパスタを入れて良く絡めて、塩で味を整える。


 豚の燻製肉と大根の葉のペペロンチーノ、出来上がり。


 大根の葉はオイルやにんにくともとても合う。甘みのある豚の燻製肉でボリュームを出し、唐辛子の刺激、にんにくの香ばしさ。


「これを食べられないなんて、モリアったら可哀想よね〜」


 両親はそんな事を言いながら、マロも一緒に嬉しそうに平らげた。

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