#15 アグレルの村名産、大根を使って

 開店と同時に、いくつもの注文が一気にサミエルに舞い込む。


「はいよ!」


 威勢の良い声を上げ、サミエルは仕上げを始める。


 フライパンを火に掛け、オリーブオイルを引く。


 ブイヨンで煮込んだ大根の、表面の水気を布で良く拭き取り、温まったフライパンへ。


 じゅう、と食欲のそそる音がする中、大根の両面を焼き付けて行く。


 香ばしい焼き色が付いたら器に盛り、鶏のあんをたっぷりと掛けたら。


 大根ステーキの鶏餡かけ、完成である。


「上がったよ!」


「はーい!」


 サミエルの声に応えたホール係が、器用にトレイも使いながら数皿を運んで行く。


 間を置かず注文が入るので、火を止める間も無い。そんな中でもホールから聞こえて来る声。


「大根が香ばしいのにほっくほく!」


「ブイヨンがじんわりと染みてて〜」


「このとろとろの餡と凄っごく良く合うんだよ!」


「もう本当に美味しい〜!」


 今回もみんなに喜んで貰えた様だ。


「兄さん流石! 今回も大絶賛だね!」


 ホールを手伝っているモリアが、注文ついでに声を掛けてくる。サミエルは手を動かしながら「おう!」と応えた。


 モリアと両親は、アグレルの村で営業する時には、ホールと洗い場の仕事を手伝ってくれる。モリアと母親がホール、父親が洗い場だ。


 前提として、まずはサミエルの料理を食べられるタイミングは逃したく無い。そしてこうして食堂を提供してくれる事を、家族として感謝しているのだ。


 サミエルが営業をする時は、普段の営業よりは短時間だが、その分立ち止まる暇も無い。人手は多ければ食堂側も助かるのだ。両親たちは勿論賃金など受け取っていない。


 そうして順調に調理を進め、そろそろ品切れも近いかな? と思ったその時。


「ちょっと! どうして営業しているのよ!」


 そう言われながら裏口が開かれた。カロリーナだ。


 その瞬間、気配を察したか、マロが表から飛び込んで来た。言葉は発しないが、明らかに威嚇いかくしている。


「どうしてって、体調が戻ったからさ」


「どうしてよ! そんな訳無いわ! 今回は本当に用心に用心を重ねたのに!」


 腹立たしげに怒声を上げるカロリーナ。とうとうマロが静かに口を開いた。


「……悪魔」


 相手をじ伏せる様な低い声。カロリーナはびくりと肩を震わせた。


「またお前か……カピバラっ……!」


 カロリーナは悔しそうに顔をゆがめた。


「お前ら、今俺はそれどころじゃ無い。話は後だ。カロリーナ、食うならその辺で座ってろ。マロ、また済まんがお客さんの相手頼む」


 マロとカロリーナは険しい表情でにらみ合っていたが、サミエルの言葉で眼線を逸らした。


「……解ったわ」


「解りましたカピ。お任せくださいカピ」


 そう言い、カロリーナは手近な椅子に掛け、マロはまた表から出て行った。


 さて、サミエルは届けられた注文と一緒にカロリーナの分を作る。


 大根を焼いて香ばしい焼き目を付けて、鶏の餡をたっぷりと掛けて。


「ほらよ、お待たせ」


 出来上がった一品にナイフとフォークを添えてカロリーナの前に置いてやる。するとそれまで怒りの表情を隠さなかったカロリーナが、その顔を和らげた。


「美味しそうね! いただくわ」


 ナイフとフォークを手にし、大根に刃を入れる。たっぷりと餡をまとわせた大根を口に運び、「んん〜」と眼を細めた。


「美味しい……っ!」


「そりゃあ良かった。ゆっくり食ってくれ」


 そう言いつつ、営業後にはマロとカロリーナの修羅場は免れないな、と考えて、苦笑した。




 カロリーナがじっくりと料理を堪能たんのうしている最中に、無事料理は売り切れた。


「ふぅ」


 従業員が「やったな!」「お疲れ!」と労いの言葉を掛け合っているのを聞きながら、サミエルも息を吐いて首をほぐす様に左右に傾けた。


 さて、と。


「カロリーナ」


「なぁに?」


 美味しい美味しいとご機嫌のカロリーナ。サミエルは何気無く聞いてみる。


「お前さん、また俺に呪い掛けたって?」


 すると、最後の一口を運ぼうとしていたその手が止まり、顔が引きる。


「な、なんの事かしら。私は知らないわよ?」


 声に動揺が表れている。それと、先ほどカロリーナは言った。「今回は本当に用心に用心を重ねた」と。それはほぼ自供である。


 表の手伝いが終わったマロが駆け込んで来た。


「悪魔! 今朝サミエルさんに掛けられていた呪いは、間違い無くお前のものなのだカピ。以前解呪した呪いと同じカラーだったカピ。しらばっくれても無駄だカピよ」


 マロにとがめられる様に言われ、カロリーナは悔しげに顔を歪ませた。手にしていた一口を放り込んで咀嚼そしゃく、飲み込むと、開き直った様に鼻を鳴らした。


「そうよ。私が掛けたわ。サミエルの具合が、営業が出来ないぐらいに微妙な悪さを保つ様に」


「何でまたそんな事を」


 サミエルが訊くと、カロリーナは事も無げに応えた。


「そうすればお前はずっと家にいるんでしょう? そしたら毎日わざわざお前を探さなくても良くなるじゃない」


「そんな理由で?」


 サミエルは呆れた様に言い、マロも同様に溜め息を吐いた。


「あら、毎日って結構面倒なのよ。大体の場所は聞いているし、近くまで行けば察知も出来るけど、やっぱりね」


 それを聞いて、サミエルとマロは顔を見合わせる。さて、どうしようか。


「悪魔、ボクは言ったカピ。サミエルやそのご家族に迷惑を掛ける様な事をするなとカピ」


「それに対して、お前さんは「解った」って言ってくれたよな?」


 すると、カロリーナはまた、ふん、と鼻を鳴らした。


「私は悪魔だもの。人間の都合なんて知らないわ」


 確かにカロリーナは悪魔なので、その思考回路は人間の良し悪しの埒外らちがいなのだろう。しかし。


「俺はこうも言った。俺の飯を食うなら、人間のルールに寄り添えと。それに、お前さんが今回した事は、明らかに俺に対する妨害行為だ。下手すりゃあ俺は営業が出来なくなるところだったんだぜ」


「あら、それが狙いだったんだから、当たり前じゃない」


 これは、何を言っても平行線だろう。サミエルは諦めた様に大きく溜め息を吐いた。


「解った。今回までは許してやる。次にやったら、もう俺はお前さんには飯作らんからな」


 サミエルがきっぱりと言うと、カロリーナは眉をひそめた。


「何よそれ。指輪も渡しているのに、冗談じゃ無いわよ」


「そうなったら指輪は返すさ。それまでに食った分は、俺のおごりって事で」


 そう言うと、カロリーナはまた不機嫌になって、盛大に膨れた。


「……解ったわよ。もうしないって言っておいてあげるわ」


 サミエルは「おう」と笑顔を浮かべ、マロは渋い表情を崩さない。


「サミエルさんは悪魔に甘過ぎですカピ」


「今回までな。前のも今回のも、俺の死活問題だったから、流石にこれ以上は笑ってはいられんだろうさ」


「サミエルさんがそう仰るのでしたら、ボクも引っ込めますカピ」


「引っ込めるって、何を?」


「それはまたもしこの様な事があれば、お目見えですカピ。楽しみにしていてくださいカピ」


 それはある意味楽しみだが、別の意味では楽しみにしたくない。


 これでひとまずは落着だろうか。


「じゃ、私は帰るわ。明日の晩はサミエルの家に行ったら良いのかしら」


「そうだな。明日もゆっくりするかな」


「じゃ、また明日ね!」


 最後にはすっかりと機嫌を直して、カロリーナは帰って行った。何と気紛れな事か。まぁ、結果良ければ全て良し、か。


 サミエルは、一連の様子を恐々と言った様子で眺めていた両親たちや従業員をぐるりと見渡し、明るい声を上げた。


「皆、お待たせしました! 賄いの時間っす!」


 言うと、わあっと歓声が上がる。サミエルはまたフライパンを握る。


 大根をフライパン一杯に焼き付けていると、従業員が皿を手に並び始める。焼いては皿に乗せて、餡を掛けて。


 そうして全員に行き渡り、皆は揃って手を合わせた。


「いただきます!」


 そして、あちらこちらからうっとりとした声が上がる。


「ブイヨン染みた大根美味し〜い。焼いてあるから香ばしいのよね」


「餡も優しい味だなぁ。この味付け? 調味料? 初めて食べる味なんだが、何だか懐かしい様な。旨いなぁ」


「大根と餡がとても合うのよね〜美味しいわぁ〜」


 同じテーブルに着いているモリアと両親も、満足そうに口々と美味しいを連発する。


「本当に美味しいですカピ。この餡のお味は、以前作ってくれたスープと同じ調味料なのですカピ?」


「お、良く覚えてたな。そうそう。俺専用だな」


 大豆発酵パテ(味噌)はユリンが開発したものだ。なので世間に流通していない。実質サミエル専用となっていた。


 ユリン自身があの調子なので、余程の事が無ければ、生涯サミエルしか使う事は無いだろう。


 この大豆発酵パテ(味噌)は、他の調味料同様汎用性はんようせいが高い。サミエルは在庫がある限りどんどん使って行こうと思っていた。


 勿論この大根や餡の具材のメインになっている鶏にも良く合う。膨よかでまろやかな風味が、とても優しい。


 それが香ばしく焼き付けた大根にとても良く合っている。とても美味しく出来ていた。


 サミエルは満足して、ほぅ、と息を吐いた。

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