#14 また性懲りも無く

 翌朝、サミエルはまたモリアに起こされて目覚める。


「……あー〜〜」


 気怠いかすれた声が漏れる。こちらの体調をおもんばかってくれたからか、今朝のモリアはサミエルを揺するだけだった。


「おはよう兄さん。調子はどう?」


「……起きたばっかで判らん。あ〜……朝飯作らんとな」


「無理しないで良いよ。お母さんも兄さんがしんどいんだったら作るって言ってたし。あ、味付けは、兄さんの分は自分で出来る様に作るって言ってて」


「そりゃあ助かるが、飯作らんってのも座りが悪いって言うか」


 サミエルがのろのろと上半身を起こそうとすると、既に起きていたマロがサミエルのベッド脇にちょこちょこと掛けて来る。


「サミエルさん、モリアさん、サミエルさんはこのままですと今日も不調に見舞われるかと思われますカピ」


「え、どうして」


 モリアが驚いて訊くと、マロは悔しそうな調子で言った。


「サミエルさんには、呪いが掛けられていますカピ」


 またか! サミエルは咄嗟とっさにそう思う。


「え、え? 呪い?」


 今まで呪いとは縁が無かったであろうモリアは、その台詞に動揺し、視線はサミエルとマロの間を彷徨さまよう。


「……カロリーナか?」


「そうだと思いますカピ。大丈夫ですカピ、すぐに解呪しますカピ。サミエルさん、また頭痛がしますカピ、備えてくださいカピ」


「お、おう」


 マロに言われ、サミエルは頭を抑える。


「良いぜ」


「ではカピ」


 そうしてマロは鼻先で五芒星を描く。するとサミエルはとてつも無い頭痛に襲われる。そして一瞬の後。


「お陰で眼も冷めた! 凄っごい気分爽快だわ」


 サミエルは速やかに上半身を起こし、身体を伸ばした。


「良かったですカピ。ボクに察知されない様にか、かなり弱い呪いだったのですカピ。なので怠い程度で済んでいたのだと思いますカピ。ですが不安定で、ちらちらと呪いが主張して来ていたのですカピ。それをどうにか察知出来ましたカピ。それにしてもあの悪魔、また何を思って呪いを掛けたのですカピか」


 マロが言い、眼尻めじりとがらせる。サミエルはそんなマロを「まぁまぁ」となだめる。


「また今夜来るだろうから、そん時に聞くさ。モリア、今夜営業出来そうだ。それよりもまずは朝飯だな」


 サミエルが軽やかにベッドから降りると、モリアは「やった!」と破顔した。




 快調の身体で朝食を作る。


 アンチョビの微塵みじん切りを、解して塩と砂糖で調味した卵に混ぜ、オリーブオイルとバターを引いたフライパンでオムレツにする。


 パンを開いてマヨネーズを塗り、アンチョビ卵とレタスを挟む。


 アンチョビ卵のホットドッグ、完成である。


「あ〜もう兄さん本当に堪らないわね!」


「やっぱり旨いなぁ」


「このアンチョビの塩っけと卵の甘さが合うのよ〜」


 その通りである。そこにレタスで食感のアクセント。口の中をさっぱりもさせてくれる。


 今朝も美味しく出来たと、サミエルももぐもぐと口を動かした。




 父親が職場の書店、モリアが学校に出掛けて行き、昼を過ぎたら母親も職場に向かった。


 さて、サミエルは今夜の営業の準備である。マロを連れて、世話になっている食堂へ。


 急ではあったが、大将はこころよく受け入れてくれた。


「勿論良いよ。皆、あんたが帰って来るのを楽しみにしてたんだ。僕も楽しみだよ」


 そう言って笑ってくれる。本当に有難い。


 次に市場へ行く。


 また人通りが多いので、マロをバッグに入れて肩に担ぐ。


「サミエルさん、この村の特産品は何なのですカピか?」


「んー代表的なのは大根かな。この時季は特に旬だな。瑞々みずみずしくて旨いぜ」


「お大根……! コンソメで煮るだけでもほっくりとして美味しいですカピね! 以前解呪のお礼にご馳走になった事がありますカピ」


「そりゃあ確かに旨いやつだな。でも今回は、厳密には煮物じゃ無いんだよな」


「何なのですカピか?」


「ま、毎度の事ながら、出来てからのお楽しみだな。つっても大根の良さを出したいから、あんまり変に手を加えたくは無いな」


 そうしてサミエルとマロは野菜の商店に向かい、大根と玉葱、人参を購入。食堂に届けて貰う様に頼んでおいて。


 次に肉の商店。ここでは鶏がらと鶏ももの挽肉を。これは鶏もも肉は配達を頼んで、鶏がらは自ら持ち帰る。


 スパイスの商店では生姜とローリエを買った。これも手に持つ。


 なかなか肩と腕にダメージを受ける重量である。しかしサミエルは頑張るしか無い。


「やっぱ荷車要るかな」


 息を切らしながら言うと、サミエルの肩から降ろされて歩いていたマロがおろおろとする。


「ボクの背中に乗せて欲しいですカピ!」


「流石にそれは悪いって。大丈夫、もう近くだからさ」


 そうしてふうふう言いながら、食堂に到着した。


「世話になります!」


 言いながら裏口を開ける。昼の営業を終えていた厨房は静かだったが、大将を始め厨房の従業員が雁首揃えて待ち構えていた。


「今回も好きに使ってくれて大丈夫だからね」


「ありがとうございます」


 早速下拵え。様式美の様に大将たちが痛い程の視線で見守る中、持ち帰った鶏がらを良く水洗いする。それを大きな鍋に詰め、水を入れて火に掛ける。


 沸くまでの間に生姜を輪切りにしておく。


 そうしている内に市場で頼んでおいた食材が次々と届けられる。


 玉葱は薄切りに、人参も皮付きのまま輪切りにしておいて。


 鶏がらの鍋が沸いて来たので、出た灰汁を丁寧に取って行く。


 灰汁が出なくなったら、玉葱と人参、生姜とローリエを放り込み、更に煮込んで行く。


 また灰汁が出て来るので、注意深く取って。


 その間に大根の準備。厚めの輪切りにして皮を剥き、面取りをして隠し包丁を入れたら鍋に入れ、水を加えて火に掛ける。


 さて、鶏がらの鍋を見る。しっかりと煮出して透き通れば、ブイヨンの出来上がりだ。


 出来る事ならユリンのサンプル品を使いたいところだが、余り数が無いので、ここで使う事は難しかった。


 まずは鶏がらを引き上げる。残りは網目の小さいザルでし、ブイヨンを別の鍋に移す。


 出汁殼だしがらは勿体無いが今回は処分してしまおう。


 茹でていた大根が透明になって来たので引き上げて、そのままブイヨンの鍋に移す。しばし煮込んでしっかりと味を含ませる。


 その間に新たに玉葱と人参を微塵みじん切りにして。


 次に鶏ももの挽肉を取り出す。フライパンを火に掛け、オリーブオイルを引き、香ばしく炒めて行く。炒まったら白ワインを振ってアルコール分をしっかりと飛ばす。味付けは塩と胡椒。


 続けて玉葱と人参も炒める。こちらも塩と胡椒で調味。


 大根をブイヨンから引き上げ、そこに炒めた鶏ももの挽肉、玉葱と人参を入れる。また灰汁が出るので取りながら少し煮込んで、大豆発酵パテ(味噌)で調味。


 味が決まったら、コーンスターチでとろみを付けておく。


 これで、ひとまずの調理は完了である。仕上げは出す直前に。


 サミエルは手を止め、大きく息を吐いた。


「よし、これでオッケーかな」


 言うと、大将が声を上げる。


「じゃあ店開けて大丈夫? 少しだけど夜の営業開始時間が過ぎちゃってるからね」


 その言葉に時計を見ると、確かに開始時間を少し回っていた。サミエルは慌てる。


「すいません大将。大丈夫です、開けてください」


 言うと、大将はのんびりとした調子で「はーい」と応え、従業員も速やかに動き出した。


 さぁ、営業開始である。

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