#11 実家に帰ろう
一夜が明け。
今日はスーザの村を出て、違う村に向かう予定である。
寝起きに弱いサミエルは、まともに動かない頭で朝食を作る。パンの切り目にマスタードマヨネーズを塗り、ふわふわのスクランブルエッグとカリカリに焼いた豚の
「美味しいですカピ!」
嬉しそうに
簡単なものなのだが、我ながら良く出来ていると思う。甘めのスクランブルエッグと豚の燻製肉を、少しピリッとしたマスタードマヨネーズが
食べ終わったら、チェックアウトの準備と昼食用の弁当作りだ。
移動の為の馬車を借りる。今回も小型の馬車で、引くのは黒い毛並みの馬である。名はツナ。
「ツナ、よろしくな」
喉元を撫でてやると、ツナは心地好さそうにヒヒンと小さく鳴く。
馬車部分にトランクとマロを乗せ、サミエルは操縦席へ。
「よし、行くぞ!」
「はいカピ!」
威勢の良い声を上げて、馬車をゆったりと走らせる。ツナは軽快に道を進んで行った。
「これからどこに行くのですカピか?」
「東部、アグレルの村だ。俺の故郷でもあるんだぜ」
「そうなのですカピか! お里帰りなのですカピね」
「まぁな。
「ご兄弟がおられるのですカピか?」
「妹がひとりな」
「ご家族にお会い出来るのが楽しみですカピ。お手紙などは、お家に届けられるのですカピか?」
「おう。俺は大概4日以上同じところにはおらんからな。入れ違いになったら困るだろ」
「そうですカピね」
そうして、また馬車を走らせる。途中で弁当を食べ、ツナにも人参をあげ、休憩を取りつつ進んだ。
アグレルの村に到着した時には、陽はすっかりと落ちて、空には月が昇り星が
この村には実家があるので、宿を取る予定は無いが、さて家族は在宅してくれているだろうか。
馬車を返して、トランクを引き
「あ、サミエルだ。お帰り〜」
「サミエルさん、お久しぶりね。お帰りなさい」
実家に近付くにつれ、度々そんな声が掛けられる。
足元のマロにも気付かれて、「あら、この子どうしたの?」などと聞かれる度にマロの紹介をし、マロは「こんばんは、初めましてカピ」とぺこりと頭を下げた。
さて、到着した家は、そう大きくは無いが
「はーい」
中から若い女性の声が返って来る。ドアが開かれると、そこに立っていたのは、声の通りの若い女性、妹だった。
「あ、兄さん。お帰り」
妹は少し驚いた様に、小さな笑みを浮かべて言った。
「ただいま。父さんと母さんは?」
「いるよ。とりあえず入んなよ」
「おう。ほら、マロ」
「は、はいカピ」
マロが些か緊張した様子で返事をすると、それで妹はマロの存在に気付いた様だ。
「え、子どものカピバラ? 可愛いね。どうしたのこの子。喋ってるって事はこの子も能力持ち?」
「そ。マロってんだ。今一緒に旅しててさ」
「へぇ、良いね。マロくん? マロちゃん? こんばんは」
妹はマロの正面に屈み込むと、頭をそっと撫でた。
「ボクは雄カピバラですカピ。どうぞよろしくお願いしますカピ」
「よろしくね。私は妹のモリア。ささ、マロくんも入って入って。兄さん、ご飯は食べたの?」
「いや、まだ。何か作らせてくれ。あ、父さん母さんただいま」
「あら、お帰り」
「お帰り、サミエル。ん、そこカピバラは?」
「マロ。一緒に旅してる相棒」
「よろしくお願いしますカピ。マロですカピ」
マロがぺこりと頭を下げると、両親は「よろしくね」「よろしく」とそれぞれ返してくれる。
家に入ってすぐが
「すっかりご無沙汰しちまって済まんな」
サミエルはトランクをとりあえずドアの脇に置き、空いている椅子に掛けた。マロはその足元にちょこんと座る。
するとモリアがマロを抱え上げ、空いている椅子に座らせてくれた。
「あ、ありがとうございますカピ」
「どうしたしまして」
モリアがにっこりと笑い、自分も椅子に掛けた。
「兄さん、晩ご飯作るんなら多めにね。私も少し食べたい」
「ん? お前らも晩飯まだなのか?」
「食べたけど、それなら私も少し食べたいわ。お前が作るんなら食べないなんて勿体無い」
「だよなぁ。僕も食いたい」
モリアの台詞に両親も追従する。
サミエルは苦笑すると、立ち上がった。
「移動で疲れてるから、簡単なもんだぞ? 材料何があるかな」
「食料庫と冷暗庫のもの、何でも使ってくれて良いわよ〜」
「はいよっと」
母親の台詞に、サミエルはまず冷暗庫を開けた。
調味料は持参のものを使う。食料庫と冷暗庫から出したものは、卵と豚の燻製肉、
玉葱は
卵は解きほぐして、砂糖と塩で調味し、乾燥パセリを混ぜておく。
フライパンを出して火に掛け、オリーブオイルを引いて、まずは豚の燻製肉をじっくり焼く。
ほんのりと焦げ目が付いたら玉葱を加えて塩を振って、炒める。
玉葱が透明になって来たらバターを入れる。溶けて全体に行き渡ったら、卵液を一気に流し込む。
フライパンの縁からふんわりと固まって来るので、内側に寄せる様にして、全体が半熟状態になったら、所々にバランス良くモッツァレラチーズを埋めて、
蓋を開けてひっくり返し、今度は蓋をせずに数分焼いて。
皿に移したら、ベーコンとモッツァレラチーズのオムレツ、完成である。
大きく厚く作ったので、両親や妹に多少つままれても、マロと自分の分は充分にあるだろう。
取り分けがしやすい様に、ナイフで放射線状に切っておく。
「出来たぜ。皿とか出してくれ」
「はーい」
サミエルが言うと、モリアが立ち上がる。食器棚から小皿やフォークなどを出してテーブルに。
「お待たせ。お前ら、加減して食えよ。マロはたっぷり食えよ」
言いながらテーブルの真ん中にオムレツを置くと、「おお〜」と歓声が上がった。
「本当に簡単なもんだからな。具の種類も少ないし。今回ばかりはあんまり期待せんでくれ」
サミエルが言うと、モリアが「チッチッチ」と言いながら人差し指を左右に振った。
「兄さんの料理の
確かに、きゃべつ炒めはともかくとして、サミエルの調味、これが第1なので、モリアの言う事は
「じゃあ、いただくか」
父親が言い、フォークを手にすると、母親とモリアもそれを追う。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます!」
3人の声が揃い、早速オムレツにフォークを伸ばす。サミエルもまずはマロの分を取ってやった。
「ありがとうございますカピ。いただきますカピ」
嬉しそうに言い、早速
「バターの香りが良いな〜」
「チーズがとろりとしてて美味しいわ〜」
「味付け最高〜」
サミエルも食べるとしようか。
うん、やはりバターと卵の相性は最高だ。炒めた玉葱の甘さ、少し塩っけのある豚の燻製肉がアクセントになり、とろりと程良く溶けたモッツァレラチーズがそれらを纏める。
味付けは控えめなのだが、だからこそ生きて来るバターとモッツァレラチーズのコクと優しさ。
また美味しく出来てしまった……サミエルは満足しながら口を動かした。
「サミエルさん、またまた美味しいですカピ! 凄いですカピ!」
マロがうっとりとした様子で言う。それは良かった。サミエルは嬉しくなって頷いた。
「サミエル、この村の営業はどうするの?」
一切れを食べ切って、食欲が落ち着いただろう母親が訊いて来る。
「あー、明日は1日ゆっくりして、営業するなら明後日かな」
別の街や村なら、着いた翌日には営業をするところだが、
しかしそうサミエルが言うと、モリアが「ちょっと!」と少し
「絶対に営業して貰うよ。もー学校でしょっちゅう聞かれて面倒なの。兄さん次はいつ帰って来るのか、とか、営業は、とか」
サミエルとモリアは少し歳が離れていて、モリアは現役の学生なのである。
モリアに少し
「解った、解ったよ。明後日な」
「絶対よ!」
「おう」
サミエルが約束すると、モリアは機嫌を直し、またオムレツを口に入れた。
この村は故郷なので、当然名産品は幾つか把握している。さて、何を作ろうか。
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