#10 スーザの村名産、ニジマスを使って

 一夜明け、簡単に朝食を済ませ、昼食も食べた後、サミエルとマロはユリンの調味料工房へ。今夜の営業の準備である。


「……今日は何だ」


 工房から出て来たユリンは、相変わらず不機嫌そうで、小さな声でぼそぼそと。


「マヨネーズあるかな」


「あまり日持ちしないから今は作っていない。要るのなら作ってやる。その代わり卵買って来い」


「オッケー、助かるぜ。マロ、俺ちょっと走って行って来るからよ、ここで待っててくれな」


「解りましたカピ。行ってらっしゃいカピ」


「ユリン、マロに悪戯いたずらすんなよ」


「しないよ」


 必要なマヨネーズの量を言うと、必要な卵の量が即座に返って来る。それを聞いてサミエルは市場までひとっ走り。


 卵を買い込み、割ってしまわない様に、だが急いで調味料工房へ。


「ただいまー」


 言いながらドアを開けると、ユリンがしゃがみ込んでマロを無心に撫でていた。マロは全身の毛を逆立て、転がって腹まで見せてうっとり顔。


「お、気持ち良いんかマロ。良かったな」


「はいカピ……とても気持ちが良いですカピ……お帰りなさいカピ……」


「早かったな。マロを借りていたぞ」


 ユリンはやはり不機嫌そうだが、やや頬が蒸気していた。嬉しい様だ。


「おう。これ、卵な」


 卵をカウンタに置くと、ユリンはマロから手を離して立ち上がった。


「解った、作っておく。出来たものはまた取りに来い。今日の営業に使うんだろうが、食堂に届けるのはご免だ。必要以上に人に会いたく無い」


「解ってるよ。これから市場に買い出しに行くから、その帰りに寄るよ」


「ああ」




 そしてサミエルとマロは市場に買い出しに。


 マロには袋に入って貰って、肩に担ぐ。ここの市場もまた、人が多く活気溢れているのだ。小さなマロが足元をうろうろしていたら踏まれてしまう。


 まずはニジマスだ。魚の商店に向かう。昨日リサーチの為に立ち寄った商店だ。


「ようサミエル、マロ! ニジマス大量に入荷してあんぜ。いつもの食堂に届けておけば良いな?」


「いつも助かるっす、大将」


 サミエルが小さく、マロが大きく頭を下げると、大将はガハハと豪快に笑った。


「他の商店の大将らも協力してくれてな。皆オメーの飯楽しみにしてんだからよ」


「それは嬉しいっすね。楽しみにしててください」


「おう!」


 快活な大将に見送られ、サミエルとマロは野菜の商店へ。次にハーブを買いに。続けて小麦粉。そして卵。最後にエールと白ワイン。


 そうしてサミエルはマロを下ろし、持てる物は両手に担ぐ。


「今夜は何を食べさせてくれるのでしょうカピ。商店の大将さんも、皆さんも楽しみにしていましたカピ。ボクも楽しみですカピ」


 マロがサミエルを見上げ、嬉しそうに言う。


「んー少しだけネタばらしすると、揚げ物だな。後はお楽しみっと」


 サミエルは言うと、口角を上げる。


「あ、ユリンとこ寄らないと。出来てるかな」


 ふたりはまず、調味料工房に向かって歩を進めた。




 食堂に着くと、大量のニジマスとじゃがいもに玉葱たまねぎ、卵、エールと白ワインが届けられていた。持ち帰った小麦粉と乾燥ローズマリー、マヨネーズを始め各種調味料も準備して、下拵え開始だ。


 今回も食堂の料理人が雁首がんくび揃えてサミエルに注視する。大将は紙片メモを片手に最前列に陣取る。後でレシピを渡すと言うのに。本当に勉強熱心だ。


 まずはニジマスをさばいて行く。5枚おろしにし、中骨の部分を丁寧に切り落とす。それを横に半分にカット。


 そうして卸したニジマスに、塩と白ワインを振り掛けて臭み取り。風味付けも兼ねている。


 続けてじゃがいも。こちらは良く洗い、皮付きのままくし切りにして、水に晒しておく。


 ニジマスから出た水分も、しっかりと拭き取っておく。


 次に大鍋に水と卵を入れ、火に掛ける。その間に玉葱を微塵みじん切りに。


 その玉葱を布で包んで揉み洗い。絞って水分をしっかりと取っておく。


 ふたつの大きな鍋にオリーブオイルを大量に投入。火に掛けて。温度に注意。


 出来た茹で卵の殻を剥き、マッシャーで潰して行く。そこにマヨネーズと玉葱を入れて、しっかりと混ぜる。


 最後に衣作り。小麦粉、塩、ビール、乾燥ローズマリーを混ぜ合わせる。


「よっし、後は営業が始まってからだな」


 サミエルが一息着くと、従業員に混ざっていた大将が声を上げる。


「サミエルさん、そろそろ営業時間になります。よろしければ開けますよ」


「ああ、そうっすね。じゃあお願いします」


 サミエルが応えると、大将を始め従業員は開店の為に動き出す。マロも「出番ですカピ!」と気合いを入れて立ち上がった。




 ニジマスに塩と胡椒こしょうで下味を付け、衣に潜らせたらそっと熱いオリーブオイルの中へ。水分を拭い小麦粉を叩いたじゃがいもも入れ、じっくりと揚げて行く。


 ほぼ揚がったら少し温度の高いオリーブオイルの鍋に移す。2度揚げだ。


 からりと揚がったら一旦油切りのトレイに上げて、1分程馴染なじませて。


 フライドポテトに塩をまぶして、ニジマスと共に皿に盛り、タルタルソースを添え、ニジマスのフィッシュアンドチップス出来上がり。


「はい、5人前上がり!」


「はーい!」


 サミエルの声にホール係が応え、速やかに運んで行く。


 今回も大繁盛だ。揚げても揚げても追い付かない。ふたつの鍋には常に食材が音を立てていた。


 熱いオイルの前なので、何せ暑い。サミエルは汗を拭いながら、黙々と揚げて行く。


 そんな中、ホールから届く賛辞さんじの声。


「美味し〜い!」

「さくさくでふわふわでしっとりで!」

「このソースに凄っごく合う!」

「じゃがいもかりかりほくほく〜塩加減も凄いね!」


 そう言ってくれて有難うよ。サミエルはそう心中で応えながらも手を動かす。


 途中、ホール係が注文を伝えに来るついでに、サミエルに言う。


「村長さんが来られていて、お礼を言いたいって仰ってるんですが」


「あー済まんがそんな余裕無いわ。お気持ちだけ有り難く受け取っておくって言っておいてくれ。あ、4人前上がりな」


「解りました」


 ホール係は言い、上がったばかりの料理を運んで行った。


 嬉しいが、今調理の手を途切れさせる訳には行かない。サミエルはまたニジマスとじゃがいもを鍋に滑らせた。


 その時、裏口が大きな音を立てて開かれた。


「来てあげたわよ!」


 カロリーナだ。機嫌はすっかりと直った様で、期待からか笑顔を浮かべて。


「おう、来たか。そこに座って待ってろ」


 サミエルは厨房の隅の台を指した。


「ここでも座らなきゃいけないのかしら?」


「皆の邪魔にならなきゃ浮いてても良いけどよ」


「ま、良いわ。変な眼で見られるのも面倒だし、座ってあげる」


 従業員にはカロリーナの説明はしていたが、やはりいざ眼の前にすると、畏怖いふの気持ちも沸くもの。ちらちらと恐々と、視線が注がれていた。


「こんなごちゃごちゃしたところで食べさせるんだから、美味しくなかったら許さないわよ」


「はいはいっと」


 サミエルは軽く返事をして、カロリーナの分を揚げて行く。そうして出来上がったそれを運んでやった。


「はい、どうぞ」


「いただくわ」


 サミエルはまた直ぐ調理に戻る。そうして続けていると、カロリーナの歓喜の声が響いた。


「これ魚なのね? 凄く美味しいわね! 良くやったわ!」


 今夜も満足して貰えた様だ。サミエルは小さく息を吐いた。




 カロリーナが満面の笑顔で帰って行ったしばらく後、怒涛どとうの営業が終わり、従業員は揃って安堵の息を吐いたり、達成感でハイタッチをしたり。


 サミエルも大きく息を吐いた。


 山の様にあったニジマスもじゃがいももすっかり無くなった。


 さて、後は従業員の賄いだ。サミエルは続けて手を動かす。


 フィッシュアンドチップスが全員に行き渡り、マロも戻って来て、遅めの夕食である。


「いただきまーす!」


 嬉しそうな従業員の声がホールに響く。皆争う様にフォークを手にした。


「うま、うまっ!」

「揚げ具合も抜群だし!」

「衣のこれ、ローズマリー? さっぱりさせてる〜」


 さて、サミエルも食べ始める。フォークでニジマスを挿し、かぶり付いた。


 やや厚いめに潜らせた衣の表面はさくさく、中の方はふんわりと。混ぜてあるローズマリーが仕事をしてくれていて、しつこさはまるで無い。


 ニジマスに臭みは全く無く、脂乗りが良くてふわふわだ。そしてほんのりと甘い。ローズマリーともとても合う。


 衣で包まれて蒸されている様なものなので、しっとりとした食感に、旨味が閉じ込められているのだ。


 次にフライドポテト。塩加減は丁度ちょうど良く、表面はかりかりで中はほくほく。素晴らしい揚げ上がりである。


 今日も巧く出来たと、サミエルは満足である。


「今日も美味しいですカピ! サミエルさんはやっぱり凄いのですカピ!」


 マロも嬉しそうに口を動かしている。


 今日も無事終了。サミエルは最後のひと口を、口に放り込んだ。

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