#07 能力+能力=最高の料理人

 宿に戻り、一夜明け、朝。


 簡単に朝食を済ませ、宿を一旦チェックアウト。今日はキッチン付きの部屋に宿泊するので、受付にトランクを預け、サミエルとマロは能力測定所に向かった。


 そこは診療所の様な造りになっていて、待合室には人が溢れ返っている。


 能力持ちは確かに特別なもので、そう人数はいない。だから親たちは子どもに何か特筆すべき、あくまでも親目線ではあるが、そう感じるものがあれば、可能性を信じて、能力測定所のドアを潜るのだ。


 能力持ちであれば、り方にも寄るが、将来は安泰と言える。現にサミエルはこの旅を始めてから特に苦労をした事は無い。


 営業をする為に借りたい食堂に話をする時でも、能力持ちだと言う証明を示せば、容易に借りる事が出来た。寧ろ歓迎された。


 サミエルの場合、食堂を借りた時には使用料は勿論、その時に作った料理のレシピを進呈している。


 食堂側にとっては使用料よりもそのレシピが何よりも重要で、後にその食堂の看板メニューになる事が多い。


 サミエルのレシピの料理。それはその食堂への大いなる客寄せになるのである。


 勿論サミエルの味をそのまま再現は出来ない。第1に使用している調味料が違うからだ。調味料の味は工房に寄って変わる。


 だがそれは民衆の舌を充分に満足させるものなのだ。何せサミエルのレシピなのだから、調味料の差異は微々たるものなのだ。


 きちんと再現するのなら、調味料も同じものを使えば良いのだろうが、サミエルにそれを教えるつもりは無い。


 サミエルが懇意こんいにしている調味料の工房は小規模なのだ。自分が使う分が無くなってしまうのは大いに困る。サミエルの舌を満足させる事が出来る調味料を作ってくれる、唯一の工房なのだ。


 それに工房のあるじはあまり人前に出る事が好きでは無い。紹介などしてしまえば、サミエルが恨まれかねない。それは心底困る。


 さて、そうこうしているうちに、サミエルの番が来た。


 診察室、おっと、測定室に入る。マロも一緒だ。


「よろしくお願いします」


 サミエルが頭を下げると、マロもそれにならう。妙齢の女性の測定者に促され、サミエルは木製の簡易な椅子に掛け、マロはその足元に腰を下ろした。


 測定者も、測定が出来ると言う能力持ちなのだ。


「では、貴方の能力を測定させていただきますね」


 測定の能力者は艶っぽい声で言うと、両手をサミエルの顔に持って行き、親指と人差し指で両の眼を開かせた。


 そうして真剣な眼差しで見つめられる。


 その間、サミエルはまばたきも出来ず、その辛さから目元の皮膚が震え、生理的な涙が浮かぶ。しかし測定の能力者はお構い無しである。気にしていては測定は出来ないのだ。


 能力は、測定の能力者だけが見えると言う眼の色に現れる。その色は赤だったり黄だったり緑だったり。そして濃淡も様々。


 測定の能力者は、その情報と、その色が訴えると言うものに寄って能力を測定する。


 10数秒後、やっと両目は自由になった。


「はい。貴方の能力は、絶妙に敏感な舌ですね。味覚が大変に優れている、神の舌、そう言えると思います。私は初めて見ました。大変珍しい能力だと思います」


 測定の能力者は、にっこりと笑ってそう言った。サミエルは涙をぬぐいながら口を開く。


「あ、はい、実はそれは判ってるんす。ですが」


 続きを引き受ける様に、マロが上半身を上げて言った。


「その能力以外に、あるのでは無いのかと思ったのですカピ。ボクは祓魔師エクソシストですカピ。その勘なのですカピ」


 すると、測定の能力者は考える様に黙り込む。しかし数秒後には「成る程」と頷いた。


「カピバラさん、貴方も能力者なのね。しかも祓魔師。ならその勘は信用出来ると思われます。サミエルさん、もう少し我慢してくださいね」


 測定の能力者はまたサミエルの眼を見開かせる。先程よりも真剣に、サミエルの眼を凝視する。その体感時間はサミエルにとって長く、なかなかに辛かった。


 なので解放された時には、流れ出てしまった涙を拭きながら、何度も深呼吸をした。


「ありました。味覚のカラーに隠れて判別し辛いのですが、確かに」


 測定の能力者ははっきりと言う。


「驚きました。私はこれまで、おひとりでふたつ以上の能力をたまわった方を見た事がありません」


 そう続ける測定の能力者の顔は、好奇心に輝いていた。


「ですので、是非ぜひ研究にご協力いただきたいと」


「無理です!」


 サミエルは咄嗟とっさに応える。


「そこを何とかお願いします!」


 能力の測定者は食い下がる。しかしサミエルははち切れんばかりに首を横に振った。


「本当に無理なんす。俺は旅の料理人なんすよ。ずっとこの村にいる訳じゃ無いんで」


 サミエルが言うと、能力の測定者は「ああ」と納得した様に頷いた。


「貴方があの有名な旅の料理人さんでしたか。以前いただいた事があります。本当に美味しかった……貴方のもうひとつの能力は、かなりレベルの高い料理スキルです」


「やはりそうでしたカピか」


 マロがうんうんと頷いた。


「神の舌を持っているから、それに合う味付けをすると言うのは納得なのですカピ。ですが、やはり能力が無いと難しいのではと思っていたのですカピ。サミエルさんは目分量でよどみ無く調味をされて、味見も最後にたった1度するだけですカピ。それは慣れと言うものだけでは無いのでは無いかと、ボクは思ったのですカピ」


「いや〜俺は本当にただの慣れかと思ってた。あ、でも確かに今まで2回以上味見したのは、1番最初に作った時だけだったか? 包丁なんかも最初は母親に教えて貰ったけど、2回目からは普通に使えてたな。能力は味覚だけだと思ってたし、皆そうなんだと思ってだけどよ」


「いえいえサミエルさん、普通は練習をして、ちゃんと使える様になるものなんですよ。指を切ったりしながら、覚えて成長して行くんです。魚をさばいたりするのも難しい事なんですよ」


 能力の測定者のさとす様な台詞に、サミエルは「はぁ〜」と感心した様に息を吐いた。


「魚を捌くのは、市場で魚商店の大将がやってるのを1回見て覚えたな。そっか、それも料理の能力ゆえって事っすか」


「そう言う事になりますね」


「じゃあ、レシピを渡した料理人が、俺の味を再現出来ないってのも、調味料の違いだけじゃ無く、もしかして」


「お察しの通りです。私は料理の能力を持つ方は数人見ましが、神の舌を持つ方は貴方以外に知りません。そうですね、両方をあわせ持つ貴方、サミエルさんは最高の料理人なのだと思います」


「……そう言われると、何か怖いっすね」


 サミエルは苦笑してしまう。過度な期待をされるのは出来れば遠慮したい。


 期待しててくれ。サミエルは料理を提供する相手に度々そう言うし、それは本心だし、美味しいものを作る絶対的自信があるのだが、あまりにも大き過ぎる期待は流石さすがに重い。


 つまりはただの軽口なのである。


「能力の証明書発行、どうされます?」


「止めときます。この事はどうか他言無用でお願いします。他に知られたら、面倒な事になりそうだ」


「そうですね、現状、私もそれが賢明けんめいかと思います。大丈夫です、他に言ったりはしません」


「お願いします。マロも、頼むな」


「勿論ですカピ。これは、3人の秘密と言う事ですカピね」


「そうだな」


 秘密。その何と無く可愛らしい響きに、サミエルは口角を上げた。




「さてと、昼飯だが、マロ、また店選び任せて貰って良いか?」


 能力測定所をした時には、昼に差し掛かっていた。のんびり歩きながらサミエルが言うと、マロは当然と言う様に頷く。


「勿論ですカピ。それが美味しいものを食べられる1番の方法なのですカピ」


「はは。いつも営業で世話になってる食堂でな。そこの大将も料理の能力持ちなんだ。だからよ、これまで渡したレシピで、結構俺の味に近いもん作ってくれるぜ」


「それは楽しみですカピ。ですがやはりサミエルさんの味には敵わないと、ボクは断言するのですカピ」


「はははっ! 本当にお前さんってやつは、俺を誉めてくれるな」


「本当の事なのですカピ」


 サミエルが嬉しそうに笑うと、マロは澄まし顔で応えた。

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