#06 美味しい食事は祓魔師と悪魔をとり持つかも知れない

 カロリーナは昼食を堪能たんのうしたら、とっとと空の向こうへと去って行った。夕飯は基本毎日来ると言っていたから、再会は数時間後か。


 馬のサムにも人参や水を与え、また少し休憩を取り、サミエルとマロはあらためて出発である。


「ま、ドルドラには夕方までに着けば良いからよ、のんびり行こうぜ」


 サムに無理をさせようとは思わない。サミエルは軽快に、しかしゆっくりとサムを歩かせた。それでも人間の徒歩より余程よほど早いのである。




 この国の名は、ニンクルメルの国と言う。中央部に首都ドルドラの街があり、その街を囲う様に他の街が成り立っている。


 なので、各街からドルドラの街へは、然程さほど遠くは無い。馬があれば半日から1日あれば充分なのである。


 調味料はドルドラで調達するので、こうしてしょっちゅう立ち寄っているのだ。


 素材は新鮮なものが良いし、その街の特産品を使う事をテーマとしているので、それぞれの街で仕入れるのだが。


 基本、国の機能は首都ドルドラの街に集約している。各街にも勿論役場はあり、その街に依存するまつりごとは各々行う。


 しかし、例えばサミエルも持つ調理師免許などは国の管轄かんかつだ。他にもこう言った資格は沢山あるのだ。


 マロの能力である祓魔ふつまも、営業をするのなら国の許可が必要なのである。


 マロは見返りにご飯や、時には金銭を受け取っていたと言っていたので、きちんと許可を取っていると思われる。


 他にも調香師や古物商など、いろいろな資格がある。


 そう言えばカロリーナから受け取ったルビーの指輪は、古物商に持って行けば硬貨と交換してくれるだろう。


 しかしあれは盗品だ。憲兵に届けが出ていたら危険かも知れない。


 となると、実質カロリーナには無料で食事を提供する事になるのだが、それは仕方が無い。


 盗品の時点でカロリーナは一銭も負担していないので、どちらにしても無料に変わりは無いのだし。


 あのルビーは、機会があれば陽の目も見るだろう。それまではトランクの奥底で眠っていて頂こう。


 さて、途中で休憩も取りつつ、ドルドラの街に差し掛かった頃には、太陽はすっかりと傾いていた。




 まずは馬車を返し、残金を支払う。


「サム、ありがとうな」


 そう言ってまた首を撫でてやると、サムは眼を細めて、ひひんと小さく鼻を震わせた。


 さて、キッチン付きの部屋は空いているだろうか。いつもドルドラの南部の村で使用している部屋である。


 ドルドラは土地が広いので、東西南北に分け、それぞれを村として運営している。南部はスーザの村と言う。


 サミエルはトランクを転がし、マロを伴って宿に向かう。カウンタで馴染みの受付嬢に聞いてみると、今夜は宿泊客が入ってしまっているとの事。


 なので、とりあえず動物用のベッドがある部屋を取った。


 申し訳無さげに何度も頭を下げる受付嬢に「大丈夫っすから」とにこやかに言いつつ、部屋へと向かった。


 明日にはキッチン付きの部屋が空くとの事で、ひとまず安い部屋にしたのでやや手狭ではあるが、ベッドの広さは充分だし、眠るには何ら問題無かった。


「さて、晩飯どうするかな。食堂でも良いけど、村外れで火起こすかな」


 言いつつトランクを開け、調理道具などを取り出す。


「楽しみですカピ。サミエルさんのお料理はいつでもとても美味しいのですカピ」


「マロは本当に褒め上手だよなぁ。嬉しいぜ。材料買わなきゃな。行くか」


 サミエルは道具を入れたバッグを担ぎ、マロを連れて部屋を出た。




 サミエルが市場で入手したのは、玉ねぎ、じゃがいも、人参、きゃべつ、水煮ひよこ豆、トマト、豚の腸詰ちょうづめ肉、鶏がら、ショートパスタのファルファッレ。


「今夜は何を作るのかしら?」


 既に来ているカロリーナが、興味深げに食材を覗き込む。


「場所が場所だから、あんま凝ったのは出来んけどな。ま、スープかな」


「お昼もスープだったわよね。まぁ良いけど」


 あまり良い反応では無いか? サミエルは何とも思わないが、マロは気分を害してしまった様だ。


「気にいらないのなら、帰ると良いのですカピ」


 辛辣しんらつにそう言い放つ。


「何よ、文句なんて無いわよ! この私が食べてあげるって言ってるんだから」


「頼んでいませんカピ」


「何ですってー!?」


 おっと、このままだと喧嘩けんかに発展してしまいそうだ。サミエルは野菜を切りながら「まぁまぁ」と宥める。


「何だよお前さんら、仲良く出来んのか?」


 サミエルが言うと、マロとカロリーナは揃って忌々いまいましげにふんと鼻を鳴らした。


「無理ね。悪魔と祓魔師エクソシストは天敵だもの」


 カロリーナは腕を組んで言い放つ。


「そうですカピ。サミエルさんがご飯を食べさせると言うので何もしませんカピが、本来ならこの悪魔は問答無用ではらう対象なのですカピ。サミエルさんへの呪い、ルビーの窃盗、人間に害する悪魔は放ってはおけないのですカピ」


 マロも険しい表情できっぱりと言った。


「ん〜そりゃあ解らんでも無いが、とりあえずは仲良くする振りだけでも良いから、そうしてくれんか。頼むわ」


 サミエルが苦笑すると、マロもカロリーナも渋い顔をしつつも「解ったわよ」「解りましたカピ」と頷いた。


「サミエルが言うから許してあげるのよ。感謝しなさいカピバラ」


「悪魔……こちらの台詞ですカピ」


 そう言い合うと、ふんっ!と両者顔を逸らしてしまった。


 ともあれ、喧嘩をしないのであれば、今はそれで良い。少なくともほぼ毎日顔を合わせるのだから、その内互いの良いところも見えてくるだろう。サミエルは楽観的に考える。


「ところでお前、食事はいつもこうして外で作っているのかしら?」


「いや、今夜はキッチン付きの部屋が借りられんかったからな。そういやお前さんと初めて会った日もそうだったな。大概は宿で作るんだ。宿だとスープ以外も作るから、ま、楽しみにしててくれよ」


「そうなの。ま、期待してあげるわ」


 さて、調理である。火の上で固定された鍋の中では、既にいくつかの野菜と鶏がらがぐらぐらと煮込まれている。


 薄くオリーブオイルを引いた鍋で、にんにくの微塵みじん切りを香りが立つまで炒め、ざく切りの玉ねぎを入れて塩少々をして炒めて、しんなりしたら角切りのじゃがいもと人参を入れる。


 オイルが回る様にさっと炒めたら、適当なサイズに割った鶏がらと人参の皮を敷き詰めて、水を注ぐ。


 火が通って行くに連れて灰汁あくが出るので、丁寧に取る。


 そうしていると、鶏がらや野菜から出汁が出て、水分が色付いて来る。そこで鶏がらと人参の皮を引き上げる。


 そこに細かく切ったトマトとざく切りのきゃべつにひよこ豆、一口大に切った豚の腸詰肉、ファルファッレを入れ、更に煮込んで行く。


 塩と胡椒、砂糖で味を整え、味見もして、風味付けにオリーブオイルを追加して、完成である。


 本日の夕飯、ミネストローネだ。


「ブイヨンをちゃんと取れなかったから、簡単版だけどな」


 サミエルがケースから器を出しながら言うと、マロとカロリーナは揃って首を振った。


「とんでも無いですカピ。とても良い匂いがしますカピ」


「そうね。とても美味しそうな香りだわ」


 ふたりは意識していないだろうが、マロの台詞をカロリーナが自然に引き継いでいる。もしかしたら和解する日もそう遠く無いのでは無いだろうか。


「旨くは出来てるぜ」


 サミエルは器に盛りスプーンを添えて、マロとカロリーナに渡してやった。自分も分もよそう。


「はい、どうぞ」


「いただきますカピ」


「いただくわ!」


 ふたりは早速口にする。温かく湯気のあがるそれをはふはふと味わい、うっとりと眼を細める。


「美味しいわ……このトマト甘いのね……」


「美味しいですカピ。他のお野菜も甘いですカピ。やはりサミエルさんは凄いですカピ!」


「ありがとうな」


 そう応え、サミエルも口に運ぶ。


 柔らかく味がしっかりと染みた甘い野菜。トマトの酸味は砂糖で程良く抑えられ、甘味を引き出している。ファルファッレも入っているので、腹持ちも良い筈だ。


 ブイヨンは簡単な取り方になってしまったが、鶏がらも野菜も水分と比較して多く入れていたので、どうにか充分出汁を出す事が出来ている。豚の腸詰肉からも旨味が染み出していた。


 端的たんてきに言うと、とても美味しく出来ました!


「ところでカロリーナ、お前さん好き嫌いとかあんのか?」


 それを聞かずに献立こんだてを決めてしまったので、気にはなっていた。


「私は肉が嫌いだわ。魚も嫌い。野菜も勿論嫌いよ」


偏食へんしょくにも程があるだろ。そもそも魚以外はこれに入ってるってのに」


 サミエルが呆れた様に言うと、カロリーナはふん、と鼻を鳴らした。


「お前の料理は別よ。有り難く思いなさい」


「ああ、そりゃあありがとうよ」


 尊大そんだいに言うカロリーナにサミエルはくくっと笑うと、またミネストローネを掬った。

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