#08 陰気な調味料職人、だけど。

 このスーザの村での営業は、明日の夜に決まった。昼食の時に交渉を済ませておいたのだ。


「はい、是非! こちらこそよろしくお願いします。楽しみです!」


 料理の能力者でもあるその食堂の大将は、勢い良く嬉しそうにそう言ってくれた。


 大将はサミエルよりも年上であり、この村で1番とも言える料理人なのだが、腰が低く、誰にでも丁寧に接してくれるのだ。


 そしてとても勉強熱心で、過去営業をさせて貰った時には、誰よりも熱心にサミエルの手元を凝視していた。


 そうなると、今日中に調味料を調達しておかなければ。サミエルとマロは歩いて調味料工房へと向かう。


 さて、到着したのはまるで家の様な、石造りの建物。ぱっと見工房とは思えない。看板も何も出ていないのだ。


 商売する気があるのか無いのか。……無いのかも知れない。


 サミエルはドアをノックし、返事を待たずにドアノブを回した。


「邪魔すんぜ」


 そう言いながら、遠慮もせずに入って行く。マロは初めての場所だからなのか、それとも何かを感じたか、躊躇ためらいがちに前足を踏み入れた。


 一応客とり取りをするであろう小さなカウンタはあるが、メインは奥の工房。そこへと繋がるドアが開き、陰気な雰囲気の女性がだるそうに顔を出した。


「……サミエルか。何か用か」


 そう、聞こえるか聞こえないかの小さな声でぼそぼそと言う。


「調味料買いに来たんだよ。つか、お前さん相変わらずだなぁ。看板も出してないし、カウンタに人もいないし。商売しようって気はあんのか?」


 サミエルが呆れる様に言うと、女性はカウンタに両肘を付き、嘲笑する様に応える。


「無いよそんなの。面倒だし人前に出たくない。本当はずっと工房にこもっていたい。お前とおろし先の食堂と仕入れ商店の相手するだけで充分」


「折角カウンタもあるのに。小売りのお客さんとか来ないんか?」


「来ないよ。だってここで調味料作ってるって知ってる人、多分いないし」


「本当に変わらんなぁ、お前さんは」


 サミエルは溜め息を吐いた。


「それよりサミエル、足元のそれは何だ」


 サミエルが足元を見下ろすと、マロがなかば呆然とした様子で女性を見つめていた。


「ああ、一緒に旅する事になった。マロって言うんだ」


「ま、マロですカピ。よろしくお願いしますカピ」


 紹介され、マロはおずおずと言う感じで口を開いた。


「……喋るんだ。能力持ちなのか。ふぅん、可愛いかな?」


 心なしか女性の白い頬が、ほんのりと赤く染まった気がした。


「だろ? 礼儀正しいし、良い子なんだぜ」


 サミエルが言うと、マロは照れた様にうつむいた。


「マロ、こいつはユリン。ユリンは調味料作りの能力持ちなんだ」


「調味料作りですカピか? そういう能力もあるのですカピか?」


「正確には料理の能力。けどこいつは人と一緒に働いたり人前に出たりするのが嫌だってんで、調味料職人になったんだ」


「そうなのですカピね」


「まぁそんなやつだからさ、学校卒業して働きに出なきゃならんて時に親と相当揉めたらしくてさ。結果、母親が勤めてる食堂に、作った調味料をおろすって事で片が着いたんだと」


「……うるさいなぁ」


 ユリンが機嫌を損ねた様に唇を尖らす。


「俺がユリンの調味料に行き着いたのは、たまたまその食堂で飯食ったからなんだけどな。味付けは確かに微妙だったんだが、調味料そのものはそれまで味見した中で1番だった。で、ユリンのお母さんにこいつを紹介して貰ったって訳だ」


 料理旅を始めるにあたって、当時サミエルは自分の口に合う調味料を探していた。様々な工房を訪ねて味見をさせて貰ったが、どれもピンと来なかったのだ。


 なのでこの出会いは、サミエルにとっては奇跡の様なめぐり合わせだった。


 そこからサミエルのアドバイスで更に改良をし、完璧な調味料となった。


 それが出来たのは、やはり能力のお陰だ。それが無ければいくらサミエルが介入しても、そこまで完成度を上げる事は出来ない。


「マロ、こいつこう見えて凄いんだぜ。昨日の昼に食ったスープあんだろ。あれの味付けに使った大豆発酵パテ(味噌)とか、他にもいろいろオリジナルの調味料開発してんだぜ」


 ユリンは能力持ちだと言う事もあってか、創作力も優秀なのだ。


「確かにあのスープは初めていただいた味でしたカピ。とてもふくよかで美味しかったですカピ。ユリンさん、凄いですカピ」


 マロが敬意を込めてユリンを見る。が、ユリンは特に表情を変える事は無い。だが少し頬を赤らめている。プラスの感情を表に出すのが苦手なのだ。


「お陰で料理の幅も広がってな。本当にここに辿り着けて良かったぜ」


 サミエルは笑って言うが、ユリンは渋い表情を崩さない。


「……母さんも余計な事をしてくれた。けど売り上げが格段に上がって、工房も造れて、父さんも母さんも喜んでくれたから、良しとするよ」


販路はんろ広げる気は無いのか? ひとりで作れる量は限られてるだろうし、俺に回ってくる分が減ったりするのは困んだけどよ」


「それなら広げろなんて言うな。調味料作りは手間も時間も掛かるんだ。お前と食堂に卸す分で精一杯だ。そもそも広げたら関わる人間が増えるだろう。それは嫌だ」


「解った、解ったよ」


 サミエルはそう言って苦笑した。


 ユリンは陰気な雰囲気ではあるし、声も小さくて喋り方もはっきりしないが、無口と言う訳では無い。


 人と関わるのが嫌だと言う事と矛盾している様に思えるが、気心の知れた相手にはそれなりに饒舌じょうぜつになるのだ。


 サミエルがここに出入りし始めた頃には、こちらの質問などに言葉少なく返してはくれていたが、会話はほぼ成り立たなかった。


「それより調味料を買いに来たんだろう。何がるんだ」


「おっとそうだ、ええとな」


 サミエルは背中に背負っているバッグから、必要な調味料と量を書いた紙片メモを取り出した。




 買った調味料を詰め込んだバッグのひもが肩に食い込む。サミエルはふうふうと息を荒くしながら歩いていた。


「だ、大丈夫ですカピか?」


 そんなサミエルを、マロが気遣きづかう。


「少しでもボクの背中に乗せていただきたいですカピ」


「大丈夫大丈夫、何時いつもの事だからよ。ああ、でもそろそろ荷車とか買った方が良いんかな。最初はもっと荷物も少なかったんだぜ。どんどん客が増えてくからなぁ。嬉しい事なんだが」


「荷車があれば、トランクを運ぶのも楽になりませんカピか?」


「そうだよなぁ。ちょっと考えてみるか」


 そんな話をしながら、サミエルとマロは宿へと向かった。




 宿に着いた時には、もう部屋に入れる時間になっていたので、サミエルはカウンタで手続きを済ませる。


 調味料のバッグに加えて、預かって貰っていたトランクをも引きって部屋へと向かった。


 その総重量はなかなかなもので、サミエルはさっきよりも息を切らしつつ荷物を運ぶ。


「そ、そのバッグをボクの上に乗せてくださいカピ」


「幾ら何でもお前さんにこの重さのもんを運ばせる訳には行かんさ。大丈夫だからよ」


 2回に分けて運べば良かったのだが、往復が面倒だった。幸いエレベータを3階で降りたら、部屋はすぐそこ。サミエルは荷物を部屋に運び込み、大きく息を吐いた。


「はー! 流石さすがに重かったぜ」


「何もお手伝いが出来なくて、申し訳無いのですカピ」


 マロは恐縮し、項垂れてしまう。


「いやいや、本当に大丈夫だっての。明日の営業ん時にはまた手伝って貰うからな。お客さんの相手、よろしく頼むな」


「は、はいカピ!」


 マロは顔を上げて、元気に言った。


「さてと、晩飯の材料の買い物だな。マロ、市場に行くぜ」


「はいカピ」


 サミエルはバッグから調味料を出して、空になったそれをまた背負い、マロと並んで部屋を出た。

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