#03 サミエルの事情

「さてと、昼飯だな。行きたい食堂があるんだが、そこで良いか?」


「勿論ですカピ」


 そうして、サミエルとマロは連れ立って歩き出す。


 いつもは宿のキッチンで作るのだが、今日は食材を買う時間も作る時間も無かった。


 理由はその都度変わって来るが、作るのが難しくなる事もあるので、そういう時にはこうして食堂の世話になるのだ。


 どこの食堂もサミエルにとっては微妙な味付けで、それはどんな評判店でもあまり変わらなかった。


 それらの中でも提供してくれるメニューに寄っては、少しの我がままを聞いてもらえる可能性の高いと思われる店を、いくつかピックアップしていた。


 やがて着いたのは小さな食堂だった。その規模もポイントなのである。


 今は昼時も少し過ぎ、外から見た店内は落ち着いていた。サミエルはドアを開ける。カウンタにテーブル席が数席と、小振りな店である。


「いらっしゃーい」


 両手に皿を持った女性店員が笑顔で迎えてくれる。その皿を先客の前に置くと、サミエルとマロの元へ。


「あ、このカピバラは能力持ちだから」


 ほとんどの飲食店は、ペット不可である。だが能力持ちは別である。理由は宿と同じである。


「こんにちはカピ」


 マロはそれを証明する様に挨拶をする。すると女性店員はにっこり笑ってくれた。


「はーい、大丈夫ですよ。お好きなお席にどうぞー」


 そう言い残して、女性店員は奥へ。サミエルは店内を見渡して、壁際の4人掛けの空いている席を選んだ。


 マロと向かい合わせで座り、早速メニューを広げる。


 ここは品数が多くは無く、メニューはたったの4ページ。しかも料理メニューは中面の合計2ページで収まっている。


 サミエルはメニューにさっと眼を通し、頷く。


「俺は食べるものは決めてるからよ。マロ、好きなの選びな」


 そう言って、マロの前にメニューを置いてやる。だがマロはメニューを見ずに言った。


「ボクもサミエルさんと同じものが良いですカピ」


「良いのか? パスタだぜ?」


「はいカピ。パスタ好きですカピ。特別に嫌いなものも無いのですカピ。それにサミエルさんがお好きなものが、1番美味しいのだと思うのですカピ」


「はは」


 マロに言われ、サミエルは笑みをこぼす。


 サミエルはホールを忙しなく動き回る、先程の女性店員を呼び止めると、注文をする。そこに少しの我が儘を添えて。


「はーい、大丈夫ですよー。少々お待ちくださーい」


 愛想を忘れない女性店員は笑顔を残して、注文を通す為にカウンタへ。そのカウンタの中では調理人と洗い人がせわしなく手を動かしていた。


 料理が来るまでの間、サミエルはマロのこれまでの旅の話を聞いていた。とある街に住まう少女に掛けられた厄介な呪いの解呪は、なかなか大変だったらしい。


 その呪いが解かれないと、その少女は呪いを掛けた悪魔の元にとつがねばならなかったとかで、両親はそれは大慌てだったのだそう。


 様々な祓魔師エクソシストに依頼したものの解呪はされず、たまたまその街に流れ着いたマロが、その強大な呪いの気配を察知し、訪ねたのだと言う。


 そして、無事に解呪された。


 この話だけで、マロの能力の高さがうかがえる。サミエルの解呪も簡単そうに行っていた。


 さて、そんな話をしていると、料理が届けられる。


「はーい、カルボナーラお待ちどうさまー」


 ほかほかと湯気を上げるカルボナーラが眼の前に置かれる。


 卵とパルミジャーノ・レッジャーノで作られた淡いクリーム色のソースが、ペンネと良く絡んでいる。パンチェッタもたっぷりと。


「はい、ブラックペッパーはこちらー」


 追加で置かれたのは、ミル付きの容器に入れられたブラックペッパーだった。


 これがサミエルの我が儘なのである。カルボナーラの味を左右するブラックペッパーを、自分の好きな量を振りたかったのだ。


「マロ、ちょっと待ってな。ペッパー掛けてやるからよ」


「はいカピ」


 サミエルはブラックペッパーを手にすると、まずはマロの皿に掛けてやる。ミルがガリガリと音を立て、降り注がれるブラックペッパー。丁度ちょうど良い量で手を止めた。


 続けて自分の皿にも。そしてスプーンで満遍まんべんなく混ぜる。


「ほらよ、どうぞ」


「いただきますカピ!」


 マロは早速カルボナーラに顔を埋める。サミエルもフォークを突き刺した。


 うん、丁度良いブラックペッパーの量である。カルボナーラは卵とパルミジャーノ・レッジャーノの割合はあるものの、そう下手に作れるものでは無いのである。


 パンチェッタもそのものに塩分が含まれているので、ソテーの時の味付けが必要無いのだ。


 シンプルだからこそ、素材の味が大事なのである。新鮮な卵に、しっかりと熟成されたパルミジャーノ・レッジャーノ、そして濃厚なパンチェッタ、ブラックペッパーの刺激。


 欲を言えば、もう少しパルミジャーノ・レッジャーノを多くして欲しかったところ。


 しかしこれはなかなか悪く無い。サミエルは続けてフォークを動かして行った。


「これは、ブラックペッパーの割合が絶妙ですカピ。サミエルさん流石さすがですカピ」


「ありがとうよ」


 夢中になってカルボナーラに取り組んでいるマロ。半分程になったところで、ふぅと顔を上げた。


「気になっていたのですカピが、サミエルさんも能力持ちなのですカピよね?」


「ん? まぁそうだな」


 マロに訊かれ、サミエルは素直に頷く。


「お料理の腕、なのですカピか?」


「いや、実はそうじゃ無くてさ」


 そう。サミエルの能力は。


「俺、味覚が異常に敏感なんだ」


「……成る程ですカピ」


 サミエルの答えに、マロは納得した様に頷いた。


「お陰でガキん頃から母親の飯ですら旨いと思えなくてさ。でも他の家族は旨い旨いって嬉しそうに食ってたから、そうなるとおかしいのは俺の方なんだろうなってよ。最初は味覚がおかしいのかと思って、親が医者に連れて行ったりしてたんだが、原因が判らんでさ。で、辿り着いたのが能力測定所。親もまさかと思って連れて行ったら、本当に能力持ちだったんだよな」


「それは、大変でしたカピね」


 確かにあまり良い思い出とは言えない。家での食事や外食ならともかく、友人の家などで食べる事になった時には困ったものだ。


 友人に「美味しい?」と訊かれ、まだ幼く場を読む事を意識していなかったサミエルは、「はは」と唇を震わす事しか出来なかった。


「まぁな。生き物って飯食わなきゃ生きてけないからよ、そりゃあ死活問題だよな。で、仕方無いから、出来るだけ自分で作る様になった訳だ。包丁の使い方なんかは母親に習って、自分の満足行く味付けにしてさ。それを食べた時の家族は本気で驚いてたな、旨すぎるって。今まで食べたどんなもんより旨いって」


「確かに昨日いただいた炒飯チャーハンも、ボクがこれまで食べたお料理の中で1番美味しかったですカピ」


 その味を思い出したのか、マロはうっとりと眼を閉じた。そんなマロを見て、サミエルは小さく笑う。


「ありがとうよ。で、それからは飯作りは俺の仕事になってな。幸いっつか、料理は好きになったからよ、楽しかったんだが」


「で、どうして旅をされているのですカピか? 同じお料理をするのでしたら、その街で食堂などを開こうとは思わなかったのですカピか?」


「それも考えたんだけどよ、能力とは関係無しに、ひとつのところでじっとしたられんたちでな。旅しながら料理して食って貰って金貰うって形にしたんだ。あちこち行ってその土地の名物使うのも楽しいしよ。しょうに合ってんだと思うぜ」


「そうなのですカピね。でもそのお陰でボクはサミエルさんに出会えて、美味しいご飯を食べさせて貰えて嬉しいですカピ」


「おっ、嬉しい事言ってくれるね! 今夜も楽しみにしててくれよな。これ食ったら市場に行くぜ」


「はいカピ。楽しみですカピ!」


 そうしてサミエルとマロは、残りのカルボナーラをやっつけた。

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