#02 まずは根回しから
朝である。
……否、実はもう昼も近いのである。呪いが解けた安堵感からか、野宿だと言うのにサミエルは大いに寝過ごしてしまったのだ。
慌てて起きた時には既にマロも起きていて、サミエルが起きるまで静かに待っていてくれたマロの腹がぐぅと鳴ってしまったのを聞いた時には、申し訳無さに慌てて謝った。
現在午前10時30分頃。サミエルとマロはホルストの街にいた。サミエルが野営していた林から1番近く、呪いを受けていた間、食料などを買っていた街である。
とりあえずサミエルもマロもお腹が空いていたので、屋台でホットドッグを買って
パンにソーセージとケチャップ、粒マスタードを挟んであるだけのシンプルなものである。
「まずは今夜の根回しだな。間に合うかな」
食べ終わり、マロを連れてサミエルが向かったのは、1軒の食堂である。この街の中でも大きめで、席数も多い大型店だ。
まだ開店前で、扉には「CLOSE」のプレートが掛かっている。だが仕込み中の筈で、ドアの鍵は開いている筈だ。サミエルはドアノブを捻った。
「大将、いますか!? サミエルです!」
無人のホール、その奥の厨房に向かって叫ぶ。すると布製の
「おお、サミエルか! 久々じゃねーか。どうしてたよ。入って来いよ」
「済まんです大将、ちょっと今
すると大将と呼ばれた中年男性は、ドアから動かないサミエルに寄って来てくれた。
「いや、構わねーさ。確かに汚れてるか? 何してたんだよ一体よ」
「まぁ話すと長くなるもんで」
サミエルが苦笑すると、大将は「ふぅん?」と眉を
「おいおいサミエルどうしたよ。えらいまた可愛いガキのカピバラじゃねーか」
「でしょ? 一緒に旅する事になったんすよ」
「そりゃあ良いな! 名前は付けたのか?」
それはマロにでは無く、サミエルへの問いである。だが応えたのはマロだった。
「マロと申しますカピ。サミエルさんと旅をさせていただきますカピ。よろしくお願いしますカピ」
すると大将は驚いて眼を見開いた。
「おっ! このカピバラ喋れるのか。つー事は能力持ちか。へぇ、凄げーじゃねーか」
大将は感心した様に笑った。
「おっと、それよりサミエル、久々にうちに来たって事は、あれか?」
「そう、出来たら今夜頼めたら助かんですが。急で申し訳無いっすが、難しいかな」
サミエルが頼み込む様に胸元で手を合わせると、大将はガハハと嬉しそうに笑った。
「良いに決まってんじゃねーか。何、皆も俺らのよりオメーの飯の方が嬉しいってよ。オッケー、宣伝しとく」
「本当にいつも助かるっすよ大将。ありがとうっす」
サミエルは言うと頭を下げる。足元でマロもぺこりと頭を下げた。
「楽しみにしてんぜ! また後でな!」
大将は言うと、厨房に戻って行った。それを見送り、サミエルは息を吐く。
「あー良かった。これでいろいろと何とかなるぜ。じゃあマロ、次行くぞ」
サミエルは安堵して言うと、食堂のドアをそっと閉めた。
「次に宿だな。空いてっかな」
サミエルはそう言いながら、また大きなトランクを引きながら歩き出し、マロはそれに並んで付いて行く。
「呪い掛けられてからこっち、あんま金使うのが怖くて泊まれなかったんだけどよ、それまで使ってた宿があるんだ」
「そうなのですカピね。では夜の間、ボクは適当なところで休みますカピ」
「おいおい、何言ってんだよ」
サミエルは足を止め、ぴくりと片眉を上げる。
「能力付きの動物は宿を取る事が出来んだぜ。知らんって事は無いだろ」
宿には様々なタイプがあり、ペット可も
そして能力のある動物は喋る事で意思の
勿論普通の部屋に泊まる事も出来るが、そういう動物用に部屋を用意している宿もあるのだ。部屋の広さ的に料金もお得になるので、その界隈に人気なのである。
「勿論知っていますカピが、ボクは今お金を持ち合わせていないカピので」
「そんなん、俺が払うに決まってんだろうが。一緒に旅するんだからさ」
サミエルが言うと、マロは焦った様に首を震わす。
「そこまでお世話になる訳には行きませんカピ。ボクは料理のお手伝いが出来る訳では無いのですカピ。ご飯を食べさせて貰えるだけで充分なのですカピ」
「うーん……」
マロに恐縮され、サミエルは困ったと言う様に腕を組んだ。
「俺は、マロも一緒に泊まってくれたら嬉しいなぁ。それに飯は宿で作るんだぜ。マロが外にいたら、食べてもらえないじゃ無いかよ」
「で、でもカピ」
「俺の為だと思って、一緒に泊まってくれんか。どうせなら楽しく旅がしたいんだ。お前さんと一緒なら、それが出来そうだしさ」
マロはまだ迷っている様だ。眼を瞬かせてふるふると頭を震わせている。しかし数秒後、決心した様に大きく頷いた。
「そう
そう言って嬉しそうに小首を傾げた。
「おう!」
サミエルも嬉しくなって、口角を上げた。
「じゃあ宿に向かうぜ!」
「はいカピ!」
サミエルとマロは片腕を突き上げる勢いで気合いを入れ、再び歩き出した。
「ここだ」
サミエルが指差した建物を、マロは感心した様に見上げた。
「これは大きなお宿ですカピね」
辿り着いた宿は、その街の中では1番大きな宿だった。しっかりとした
とは言え他の宿より部屋数が多く、部屋の種類のバリエーションが多いと言うのが理由で、特別に高価な訳では無い。
先述した能力付き動物専用の部屋も、この宿には豊富なのだった。だからと言って勿論マロをその部屋に泊まらす訳では無いのだが。
サミエルは早速ドアを開け、カウンタに向かう。
「あらサミエルさん。お久しぶりですね」
カウンタの内側に立つ若い受付嬢が、
「こんちは。ご無沙汰になっちまって」
「来られないし、ご飯もいただけないしで、オーナーも他の従業員も残念がってましたよ。でもお元気そうで良かったです」
「ちょっとトラブルがあったもんで。でも早速今夜やるからさ、楽しみにしてくれよ」
「本当ですか!?」
受付嬢が嬉しそうに眼を見開いた。
「楽しみにしてます! 今夜は何を食べさせてくれるんですか?」
「それは後のお楽しみっと。ま、市場に行ってから決めるかな。おっと、部屋は空いてるか?」
「いつものキッチン付きのお部屋ですね? 大丈夫ですよ。今回もサミエルさんおひとりで?」
受付嬢は言いながら、カウンタ下から鍵を取り出す。
「いや、今回からはもう1匹」
サミエルはそう応えると、視線を足元に落とした。受付嬢がその先を追い、カウンタ越しに身を乗り出した。
「あらっ、小さなカピバラさんですね! 可愛いですね〜!」
そう盛大に頬を緩ませる。
「だろう? 昨日から俺の相棒なんだぜ。和むだろ」
「はい〜。癒されます〜」
「あ、ありがとうございますカピ」
マロは恐縮した様子でぺこりと頭を下げた。
「あら、能力持ちさんなんですね。あのお部屋はペットさんも大丈夫ですが、能力持ちさんでしたらますます安心ですね。この場合、能力持ち動物さんのお代は、人間のお客さまの半分となっておりますので、ご安心くださいね」
受付嬢はそう言って、サミエルに鍵を差し出した。
「まだ時間早いが、もう部屋入れるのか?」
鍵を受け取りながら訊く。
「はい。キッチン付きはご利用が多く無いんですよ。ご旅行で来られる方は、やはりお外の食堂などで名物をお求めになられたりしますしね」
「そりゃあそうか。けど助かる。ありがとな」
「ごゆっくりお寛ぎください」
そう言って頭を下げる受付嬢に見送られ、サミエルとマロはエレベータに向かう。
1階に
ドアが閉まると、エレベータはガタガタと音を立てながらゆっくりと上昇して行き、着いたのは5階。最上階である。
いつも泊まっている部屋なので、迷う事無く部屋に向かう。エレベータを降りて右方向の最奥が、キッチン付きの部屋である。
ちなみに逆、左側に行くと、富裕層によく利用される豪華な部屋がいくつかある。そういった部屋があるのも、この宿の特色なのである。
鍵を使って部屋に入る。鍵は鍵穴に差し込んで捻るだけのシンプルなものである。
最上階ですぐ近くに豪華な部屋があると言っても、ここは庶民も泊まれる部屋なので、シンプルなものである。
壁に絵画が飾られている訳でも無し、ベッドサイドのランプも至ってシンプルなものだ。
その代わり、広さはそれなりにある。セミダブルサイズのベッドが2台置かれていて、宿泊人数に寄っては簡易ベッドも入れるらしい。
キッチンが付いているので、利用するなら家族連れが多いのだろう。
ペット可な部屋なので、ベッドの近くに動物用のベッドも
そして洗面所に風呂、トイレ。
最後にサミエルのお目当て、キッチンである。
ホテルの設備なのでそう大きくは無いが、コンロは2口付いているし、冷蔵庫もそれなりのサイズのものがあるので充分である。
さて、久々のベッドである。綺麗にメイクされているそれを見ると、つい飛び込んでしまいたくなる。しかし。
「まずは風呂だ風呂! マロ、お前さんも一緒にどうだ? 洗ってやるぜ」
するとマロは少し照れた様に頷いた。
「で、ではお言葉に甘えてお願いしますカピ」
「よっしゃ。風呂っつっても今は湯浴びだけな。まずは身体綺麗にして、服も洗濯して貰わなきゃよ」
サミエルは服を脱ぎ捨て、
身体を
髪の毛も濡れたままだが気にしない。何せ洗いたてなのだから。
ああ、久しぶりのふかふかの布団。気持ち良い事この上無し。
今朝寝坊する程にたっぷり寝たとは言え、やはり疲れは溜まっていた様で、ついうとうととしてしまう。しかし慌てて身体を起こした。
「あっぶね! うっかり寝ちまうところだったぜ」
「お疲れなのでは無いですかカピ。少しお休みになってはカピ」
動物用のベッドで
「そうしたいのは山々なんだが、夜の支度をしないと。マロ、市場に行くぞ。今夜の準備だ!」
「はいカピ」
サミエルは言うとベッドから降り、トランクから洗濯済みの服を出して身に着けた。
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