幼年期

1ー1 ハローわたし!




 私の名前はアルティメイア・グエンサー、推定年齢5才よ!


 こんな言い方なのは私の正確な年齢が面倒くさいことになってるからね!

 何しろ身体と心で生きてきた年月が違うんですもの。

 2つの意味でね!


 なんで2つかって?

 そんなの決まってるじゃない。

 私が人工的に作られたよくわかんないナニカで、さらに前世の記憶があるからよ!




 ちなみに前は異世界の日本ってところで暮らしていたわ。

 身体が動かなくなる難病だったからほぼ寝たきりだったんだけれど、まあそれなりに生きたんじゃないかしら。

 物心ついたころには来なくなかったから親の顔なんて知らないないけどね!


 とにかく生まれ変わったからには自由に動いて、好きなことして生きていきたい!

 お料理だってして、旅もして、ゲームに出てきたみたいな素敵な恋をするぞー!




 なんて意気込んでいたんだけど、目が覚めたらわけわかんない液体の中。

 身体はもちもちやわはだようじょぼでー。

 おまけに名前を呼ばれたと思ったら記号と番号!

 服だってペットに着せないでしょって感じで全身ぴっちりのウェアって呼ばれてたものだけ。下着すらなかったのよ?




 ふざっけんじゃないわ!








 ――なんて思っても、もちろん口には出さなかった。

 だって下手に意思があるなんて思われたら処分されちゃうじゃない!

 あいつら私のこと使い捨て電池かなにかだとしか思ってないんだから。


 だから従順なふりして力をつけて、機会を待って脱走してやったわけ。

 のっぺりしたばけもんみたいなお兄ちゃん(お姉ちゃんかな?)と戦わされるわ、少しでも意に沿わない行動をするたびに意味なくびりびり鞭で打たれる。ご飯は変なスティックとよくわかんないゲロマズドリンク。

1年は経っていないはずだけど、あれは辛かったなあ。


 知識もついて、身体の動かし方もだいたいわかってきたって頃に、ついに計画実行。

 戦闘訓練中にいきなり調子が悪くなったように見せかけて、兄ちゃんに思いっきり腹を蹴らせたわ。

 今まで怪我らしい怪我なんて鞭でしかなかったからあいつら大いに慌ててた。

 不具合の原因や攻撃に反応できていたかなんて気にしちゃって、女の子のお腹が蹴られてんのよ? そっちから心配すべきじゃないの?


 あいつらの姿を見て改めて思ったわ。

 ここにいたら私は幸せになれないって。




 で、怪我をしたらめったに行かない調整室ってところで水槽に浸けられるんだけど、その時だけ周りの目が減るのよね。

 物が出入りしてるのもそこっぽかったから、ついてきた白衣の変態をぺいやってしてやった。

 今までの恨みも込めて蹴ってやったら潰れたカエルみたいな声出してた。

 ざまあみろ。






 で、見事にばれました。

 てか人が気絶したら警報が鳴るなんて誰も思わないわよ!

 おかげで予定してた道中の食べ物と服は手に入らず仕舞い。

とっさに取れたのがほこりよけの布しかなかったからそれを体に巻いて搬入口へと飛び出した。


 視界に入ってきたのは見渡す限りの木、木、木。

 そんな森の中で、幼女が全身タイツで全力疾走……。

 わかっていたことだけど泣きたくなるわ。


 というか私が脱走した直後から追ってきたあのおっさんは一体何さ。

 強いのはだいたい私の訓練に充てられてたはずなのにどっから出てきた。

 のっぺら兄ちゃん相手に無双してた私よりよっぽど強いじゃない!


 そんなおっさんが連れてるのはこれまた見たことない兄ちゃん二人組。

 身体の大きさは前の1.5倍、腕の長さは約2倍。

 足の速さは4割増しのマジもんの化け物じゃない。


 そんなニューあにーズをおっさんが指揮してたけど、どう見てもそれについてきてるおっさんの方がヤバい。

 全力で走ってる私についてくるだけでもヤバいってのに、目を離さずに命令出して、なおかつ毒入りナイフも投げてくるってどんな化物よ!

 近接攻撃しかできない兄ーズだけだったらとっくに撒けてるはずなのに、おっさんがいるだけですっごくやり辛い。

 こっちから石やら何やら投げつけても平然としてるし、絶対おっさんの方が有能よ。


 こんなか弱い女の子よりおっさん量産しなさいよ!


 必死になって逃げまわりながらどうやってこの状況を打破するか考えていたら、兄ーズの一人から何やら不吉な言葉が。


 何事かと思っていたら妙な感覚が体に走った。

 そしたら慎ましやかな私のお胸の中がぼんっ。

 いやあうかつだったわ。

 兵器が暴走した時の対処をしていないわけなんてないものね。

 普通だったら死んでるはずの臓器損傷。

 死にかけてる私連れ帰るって言うことはそんな状態でも生かす技術があるってことだし、おそらく今回のような遠隔じゃなくて物理的に拘束される。

 そうなったら今度こそ逃げられない。




 胸の中をぐちゃぐちゃにされてぶっ倒れた私を、追ってきたおっさんは旧魔術師に倣った魔力補給をするっていうんだから背筋が凍ったわ。

 看護士さんたちが持ってきてくれた本やゲームで、そういうことはよく知っていたもの。

 それが終わったら徹底的に辱められて、好奇心と獣欲を満たすためのおもちゃにされる。

 変な機械でちょくちょく成長させられたから、大人にするのもわけないんでしょうよ。

 苦しくて、痛くて、怖くて、震えて泣いてる私を見て、あいつは笑ってたわ。

 その方がそそるって。






 そんな絶体絶命の時、助けてくれたのがあの人だった。

 傷だらけの私を抱えて、怒ってくれた。

 労わるように頭を撫でてくれた。

 初めて感じた人のあったかさに、こっちに来てから初めて安心して眠れたっけ……。




 まあ、ちょっと普通じゃない苦労もあったけど、今はその人の下で養女やってます!

 んふふ、まだまだ新米親子だけど愛情いっぱい幸せいっぱいよ!

 名前にだってお父さまおとうさまの愛情があふれてるわ!




 アルティメイア、素敵な名前でしょう?

 なんでもお婆さまとおばさまから頂いた名前らしいわ!

 家族ってちゃんと思ってもらえてる気がして、名付けてもらった時はとっても嬉しかった。

 自慢できるくらいに整えられた黒髪を撫でられながら、お父さまにアルティって呼んでもらった時なんてもう胸いっぱいよ!


 そんなお父さまはアウグスト・グエンサー。

 大国である聖国で十数人しかいない金級探求者で何でもできる、燃えるような赤い髪のハイパーイケメンよ。

 金級は上から3番目。

 ちなみに階級は神金オリハルコン級、聖銀ミスリル級、金級、銀級、鉄級、胴級、石級、木級って感じで分類されてるわ。


 それに今まで積み上げてきた功績で名誉子爵になったお貴族さまである。

 けど、立ち振る舞いから見て前世隔離病人だった私でもわかる。成り上がりなんかじゃなくて、この人たぶんもともと高貴な生まれの人だ。だって動きの一つ一つがすっごくキレイなんだもの!

 顔もよくて地位もある、おまけに優秀だなんて神かっ!




 神だった!




 今日もお父さまと顔を合わせると挨拶と一緒に手を合わせて拝む。

 紅茶を飲みながら新聞を読んでる姿はすごいサマになってる。

 やるたびに何とも言えない顔でこっちを見てくるけど、そんな顔も素敵よお父さま!

 手を合わせるなんて風習はこの辺りにはないから、ちょっとおかしな子だと思われてるかもしれないけれど知ったこっちゃないわ!


 一通り拝み倒した後、お父さまの足元から潜り込んで膝の上に座る。

 最初にやった時は叱られるかと思ったけど、それどころか落ちないようにぎゅって抱きしめてくれたわ。

 今回もティーカップから手を放して私の腰に回してくれる。

お父さまの何気ない気遣いがあったけえぜ。


 膝の上に乗った私はお祈りを済ませてから目の前の朝食をいただく。

 食べかけですか? いいえ違います、これは私のモーニングです。

 お父さまは私よりも早く起きてご飯を食べているらしく、食後のお茶をしながら私が起きてくるのをこうして待っていてくれているのです。

 ハムとたまごサラダのホットサンドにちっちゃなサラダがついたプレート、牛乳がついている。子供でも食べやすくなっているのがうれしい。

 ちなみにここには私とお父さましか見ていない、あとはわかるな? そういうことだ。

 はじめは私がやろうとしたんだけど、子供は子供らしくって怒られた。

 うへへ。






 あー、おいしいなぁ。

 たのしいなぁ。


 ここで暮らし始めてちょっとは慣れたけど、やっぱり食べられるって幸せだわ。

 感慨にふけりながらもぐもぐしているとお父さまがハンカチで私の目元をぬぐってくる。なぜだ。


 手と顔周りを汚しながらも朝食を食べ終え、お父さまが読んでいる新聞に目を向ける。お父さまといっぱいお話するためにも、話題は仕入れとかないとね。




『第三近衛騎士団、卑劣なる魔王軍を撃退。戦線を下げさせることに成功』

『二週間前に郊外で起きた謎の発光現象、同日の森林爆発と関係性が?』

『聖光教会の今日の聖句』『意外と知らないモンスターの生態』

『りょうりやシン、従業員募集中』


 ほうほう?

 あっ、モンなまやってる。これ好きなのよねー。

 それにしても森の爆発かあ、これ私が拾われた日にあったのよね。

 きゃーこわいわー。

 というか、まだ拾われてからそれくらいしか経ってないのか。




 ――じゃなかった。お父さまの興味がありそうなものを見つけないと。








「……おとーさま、つまんないです」


 とは言ったものの、あまり難しい話を振っても子供っぽくないし、ここは素直にお父さまに丸投げだ。正直学の無い私はインプットされた知識だけでどうこうできるほど頭の回転はよくない。

 肩越しにかまえーと視線を送れば、逡巡ののちに人形のような顔をわずかにほころばせて抱き直してくれる。


「なら、少し体を動かすとしましょうか」

「――!! はいっ!」


 やった、お父さまと訓練だ!

 お父さまと訓練するのはまだ二回しかないけれど、決して厳しくないし、丁寧に教えてくれる。何より剣を振るうお父さまはまるで舞を踊っているかのようにめちゃくちゃカッコいいのだ!

 たまに暴走するけど。

 お父さまはみゅんみゅんはしゃぐ私を抱き直して、そのまま中庭へと歩いていく。








「アルティ。何度も言いますが、少しでもいやな気持になったら止めますからね?」


 訓練場としている庭の一角でお気に入りの木剣を取り出していたら、お父さまが声をかけてきた。

 身体を動かすたびにこんなことを言われているのも、私がなんなのか、何があったのか知ってるからでしょうねぇ。

 新聞の大見出しに出てた発光現象もお父さまによるものだろうし、ここは気にしてないアピールを前面に出しておかねば!

 アルティはできる幼女なのです。


「だいじょーぶです! アルティはからだをうごかすのがすきですから!」






 だから問題なし、と言ったつもりだったのだけど。




 一瞬。

 ほんの一瞬だけ。

 辛そうな顔をのぞかせた。

 すぐにいつもの優しいお顔に戻ったけれど、あれはダメだわ。

 頭の中で難しく考えてる人が、いろんなものをごまかす顔だ。私の専属のお医者さんが、不安を与えないようにしていた顔だ。よく知ってる。


 選択肢まちがえたかー。

 そもそも高貴な生まれのはずなのに、探求者やってるっていうのがおかしいのよね。

 荒事がメイン、それも泥臭い職を好んでやりたがる貴族なんてふつうはいないだろう。

 やるなら商売か、お国や別の貴族のもとで文官、腕に覚えがあっても騎士をやると思う。




 きっとお父さまは何か事情があって探求者業をやっているんだわ。

 それも、私に似た境遇の人が関わってくるタイプの。

 じゃなきゃ私を拾ったりしないだろうし、あんな目で見ない。




 くわえて、私のような小さい子があんな過酷な訓練やってたら身体を動かすことがトラウマになっているだろう。

 そんな子が自分から剣を振りたいと言って、明るくふるまってる。

 拾われて最初の数日はかなり遠慮して接していたから、きっと今も気を使ってると思われてるんだろうなぁ。




 私は違いますけどねー?

 むしろ自由に動けるのが楽しくて仕方なかったから好き勝手に暴れさせてもらってたわ!

 ホントに平気だから気にしないでー。




 って言っても伝わらないし、余計に悪化させるだけだろう。

 仕方ない、こうなったらアレだ!






「おとーさまのけんはとってもきれーだから、きょうもみたかったのに……」


 剣を胸に抱いて、ゆっくりお父さまに向き直ってうつむく。


 必殺、しょんぼりようじょ!


 これで落とせない父兄はいないのだ!

――って漫画とゲームで言ってた!

 数少ない会話相手だった看護師の姉ちゃんたちもこうして彼氏や旦那を落としたんだって。

 娘もよく使ってるってことだから、お父さまにだって効果は抜群だろう。


 おまけにうるうるおめめの上目づかいもつけてやる。

 大盤振る舞いだもってけ泥棒!!


 ふるふると震えながら今にも泣きそうな私を見て、お父さまが顔を覆った。

 うし、落ちたな。

 念のためにとどめもきっちり刺しておこう。


「おとーさま、ダメ……?」






 ぐぇ。

 何が起きた? と目を白黒させていたら、視界の端にお父さまの赤髪が映った。

 抱きつかれたのか。一瞬過ぎてわからなかったわ。


「いいでしょうとも! アルティのお願いならばお父様はどんなことでもしちゃいますよ!! 運動の後はおやつもつけましょう!!!」


 テンション爆上げしたお父さまが私のちみっこい体をひょいっと抱き上げる。

 普段のお父さまからは想像もつかない満開の笑顔。

 悩んでたこともどっかに吹っ飛んだようだ。

 あとはもうたのしいうんどうのおじかんだけですね!


 うわははは、我ながらこのぼでーの魅惑ぱうわぁが恐ろしいわ!

 そして聞き逃さなかったぞ、おやつ!

 最近はようやく物が食べられるようになったから今生、いや人生初のおやつだ!!

 胸が高まるぜぃ!!!











 ――けど、ちょおっと焚き付け過ぎたかな。

 あんまり張り切らないでいいんですよ?




 ちょっ、ちょっと!?

 締め付ける力が強い!

 間に木剣はさまってるから余計に痛い!!

 お父さまいつもは冷静なのに興奮すると加減忘れるんだから落ち着いて!!




 そんな私の心中は届かず、るんるんで広場の中心に向かうお父さま。

 一向に腕の力が緩まる気配がない。

 はは、振ってる木剣の風圧がすげえぜ。








 ――んにゃあああああああああ!!!!????








 この日、私は初めて空を飛んだ。





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