リバースト・アルティメイア
藤代りょうし
プロローグ
硬く閉まっていたはずの扉を蹴り破って、走る。走る。走る。
はじめて触れた外気が、肌を焼いても。
木々の間をすり抜けながら、走る。走る。走る。
はじめて踏みしめる大地が、足の裏を傷つけても。
追われる恐怖を必死に押し殺しながら、走る。走る。走る。
はじめて全力で稼働する身体が、悲鳴を上げていても。
「―――逃が――――――勇―魔――――血――検体―――――殺してでも――」
後ろから追手の怒号が聞こえる。
捕まるわけにはいかない。
投薬、性能試験、戦闘訓練。
生まれ育ったあの場所では、人らしいことは何一つさせられなかった。
食事はスティック状の栄養剤とどぎつい色をした味のしないドリンク。
寝床は自分が
まともな服も与えられず、実験動物として扱われる日々。
心なんて持つはずもなかったのに、何故自分はそれを持って生まれてきてしまったのだろう。
こんなものがなければ、こんなに苦しい思いなんてしなくてよかったのに。
何度も何度も自分に問いかけた。
兵器として造られたなら、そんなものは必要ないはずだったのに。
だけど。
そんなものが胸に宿っても、持ってしまった以上は、生きたい。
生きていたい。
兵器としてではなく、人として。
それは前世を持って生まれてしまった私の当たり前で、異端な想いだ。
だから逃げ出した。
電磁鞭を振るわれながら行われた戦闘試験も、歯を食いしばって実力を隠し通した。
心を持っているなんて思われないように、研究者たちの下卑た視線にも表情を変えずに耐えてきた。
潜入工作のために植えつけられた知識の中で文字の読み書きもできたし、周辺地域と施設内の構造もある程度あたりがついている。
生活するうえで必要になる物資の所在も掴んであるし、出口になりえる搬入口の場所も把握した。
何か月もかけて情報を蓄え、自力をつけた。
そして全てがそろって、訓練中に怪我を装った。
滅多に行かない調整室へ移動させて、この施設から脱出する手はずだ。
そこが最も施設の外に近く、かつ身を隠しながら移動するのに最適だったからだ。
完璧なはずだった。
施設内にある戦力も設備も、おおよそ把握しているつもりだった。
しかし、付き添った研究員を無力化した瞬間、警報が鳴り響いた。
おかげで物資を得ることも、無傷で脱出することも叶わなかった。
運よく機材に布が掛かっていたことだけは僥倖だった。
なければ顔を隠すものも、やわらかい体を守るものもなかったのだから。
幸いにして施設内からの脱出はできたものの、戦闘力、追跡力の高い追手が自分の元へと向かってきてしまった。
さばききれない投擲物を行動に支障のない部位で受け止めながら、魔術で毒を中和する。
戦闘試験では一度も出てこなかった種類の同胞に、予定が狂わされる。
試験で使用される個体は六割ほどの力でも圧倒できていたのに、どこにこんなものを隠していたのやら。
せめて指示を出している者さえ妨害できれば余力ができるのだが、 投げ返したナイフや石はすべて叩き落されている。
ただでさえ魔力が減っていたのに、身体強化の上更なる魔術の行使。
この体は爆発力はあるものの、成長しきっていないために持久力が極端に低い。
これでは予定していた隣国へのルートが取れない。
連れ戻されたら、今度こそ何をされるかわからない。
様々な手段を用いて心を砕かれ、反抗心を叩き折られ、自我をはく奪されるだろう。
あるいは、欲望のはけ口にされるか。
奴らは唯一の成功体と呼んでいたのだから、生かされはするだろう。
どんな手を使っても生かされ、実験が続けるだろう。
考えただけでも怖気が走る。
「―――コードBの使用許可を申請」
追跡者の一体から言葉が発せられた。
それなりの距離が開いているはずなのに、その言葉がやけにはっきり聞こえる。
あいつら、何をするつもり――
「承認を受諾、実行します」
むねにいたみがはしった。
こみあげてくるなにか。
ちからがぬける。
そくどがのっていたからだがせいぎょをうしなってなげだされる。
いたい。
なんだ?
なにがおきた。
「ぇぅ」
てつのにおい。
てつのあじ。
それはくちをつたってつちにひろがっていく。
「何が従順な戦闘人形だ、しっかりご主人に逆らってんじゃねえか」
しかいについせきしゃとおとこがうつる。
「なんにせよ無駄な努力だったわけだ。おまえの魔核は破壊した、飼い主から逃げ出す悪い奴はきちんと首輪を付けなきゃあいけねえな」
「……」
まかく。
いきものがもつまりょくのみなもと。
いのちをつなぐたいせつなもの。
それをつくるところが、こわされた。
ふつうならそこでしぬはずなのに。
しねるのに。
あいつらはそうさせないらしい。
おとこがちかづいてくる。
あたまからかぶっていたぬのがはがされた。
やだ。
とらないで。
「おーおーちいと小せえが別嬪さんじゃねえか。調整槽で強制促進もするだろうし、こりゃ後で俺も使わせてもらうか」
よくにみちたかおがこちらをみてわらっている。
きもちわるい。
やだ。
「ハハハ、人形の癖にいっちょまえに泣けんのか! そそるねえ」
めからなにかがながれた。
「その前にこのままじゃおっ
そのひとことで、からだがこおった。
こころがつめたくなっていく。
おとこのめいれいでどうほうがちかづいてくる。
こわい。
じぶんのなかのなにかがひめいをあげている。
こわい。
どうされるのかわかる。
わかってしまう。
ぎゅっとめをとじる。
やだ。
やだぁ。
だれか、たすけて。
「美しくないな」
こえがした。
つめたくて、あったかいこえ。
きがつけば、こえのひとにだきしめられていた。
いやなきもちがきえて、あったかいでいっぱいになる。
なにかがながれこんでくる。
あったかい。
こんなの、はじめてだ。
さいしょにめにはいったのは、もえるような赤いかみ。
ちいさな手がやさしくあたまを撫でてくれる。
手の主はがんばったねと言ってくれてるきがした。
もうだいじょうぶだよと言ってくれてる気がした。
それを聞いてわたしは、生まれてはじめてゆっくりと眠りに落ちていった。
これが、私とお父様の出会い。
私が私になった、この世界に生まれた瞬間だった。
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