血肉を捧げ食ますは外道かされど畜生か 03

「朝練、遅刻だけど大丈夫なのか?」

 食後のコーヒーを飲みながら、倖姫が心配そうに涼子を一瞥する。

「今日は土曜日だから一日ずっと練習なの。午後は出るって部長には了承貰ってるから」

 真面目な涼子が珍しい。倖姫が腑に落ちない顔をしていると「愛されてはるねえ」とポルカが笑った。

「こらっ、ポー兄はすぐ変なこと言う!」

 若干眦を朱に染めて、涼子が大声を出す。その溌剌とした涼子の姿が眩しい。

刀を握り、夜毎自分を斬りつける彼女が、自分の身が切り裂かれたかのように傷ついた顔をするところばかりをここ数年ずっと見続けてきた。だからこそ、倖姫にはその表情が嬉しかった。

「部活はどうなんだ?」

 倖姫が休日の父親のような質問をすると、涼子が「夏の大会では団体戦のメンバーには選ばれたわ」と誇らしげに胸を張る。

「すごいな!うちの高校の弓道部とはえらい違いだ。部員も五人しかいなくてさ」

「そんなに少ないの?」

「ああ――ってかどこの部活もぎりぎりでやってる気がするな。入学したころは、俺でもいいから来てほしいって感じだったし」

「ふぅん……こんな女の子みたいに細い倖兄でもいいってことは、相当人不足だね」

「おい!一応身長はまだ伸びてるんだぞ!」

 飲み終わったコーヒーカップを下げながら、怜子がしみじみと呟いた。

「倖姫君の歳の子は、藍ヶ淵に少ないから大変なのよね」

「えっ?そうなんですか?」

「倖姫君は藍ヶ淵で生まれたけど、すぐに此処を出たから知らないのね。倖姫君のクラスっていくつある?」

「三クラスです。百人弱位かな」

「えぇ!?そんなに少ないの??」

 涼子の学年の人数を聞いて倖姫は仰天した。自分の学年よりも倍近く多い。高校や中学ごとに差はあるかもしれないが、確かにその年だけ子供が少ないのは明白だった。涼子は地域学習で習ったのか、理由をさらりと提示する。

「知らなかったの?そのころ公害があったらしいのよ」

「こーがい?」

 ノウィが知らない単語を耳にした時の反応をした。

「産業発展の過程で、環境汚染を起こして人の身体に被害を与えてしまう事よ」

怜子が話を補足する。

「ちょうど一六年前、その年と前後して三年位の間、藍ヶ淵で奇形での死産が大量に起こった時期があったの。原因が分からなくて、子作り自体を若い夫婦が控えたり、転出したりしてすごく問題になって。どうやら水か空気が悪いんじゃないかって、役所や調査機関が近くの工場を虱潰しに立ち入り検査したんだけど、そうこうしているうちに発生がぴたりと止んで、結局何が悪かったのかはわからないままその話は立ち消えになったのよね」

「そんなことがあったんだ……」

「調査は継続したけど、結局排水も排気も全ての工場が基準を満たしていたらしいのよ。それで噂止まりで終わってしまったのよね……だから倖姫君の前後の歳の子は藍ヶ淵で少ないのよ」

「末恐ろしい話やね。原因がわからんままやったら、また再発するかもしれんやん」

「怖いこと言わないの保留可ぽるか

「やーい怒られた!」

「うっさいボケ!」

 怜子には化け物達の掛け合いも兄弟のスキンシップ程度にしか映っていないらしい。涼しい顔でカップを洗っている。

思えば服装もバラバラで名前も適当、おまけに護の姿は無い。これでよく家族ごっこができるものだ。

つくづく、化け物たちの生活に入りこむ能力は恐ろしい。

 涼子が練習、怜子が外出して、化け物二匹と倖姫だけになってから、倖姫は溜まっていた鬱憤と質問を二人にぶつけた。

「わかってること、全部話してもらうからな……!!」

「いややわーそんな顔せんといてなひいさま。どきどきするやん」

 にやにやしながらポルカは倖姫の肩を抱く。四畳半の只でさえ狭い部屋に男が三人。気が狂いそうになってとりあえず隣室へ続く襖を外したが、ノウィもポルカも倖姫の周囲に擦り寄ってくるのでさしたる効果は無い。

「離れろって!!大体お前は誰なんだよ!?」

「ポルカでーす」

「知ってるし合ってるけど違う!じゃあ何者だ!!」

「僕は漆黒の羽を持つ古の、」

「あほうどりだよ!」

「おいぼんくら!だからその呼び方やめえって!」

 二人は旧知の中らしく、さっきから一度言い合いになるとなかなか終わらない。どうやら相性がよろしくないようだ。小さな黒髪の少年と大きな白髪の青年が両手を組み合って押し問答する姿はなんだか滑稽で、ついふっと笑ってしまって倖姫は俯いた。

すると途端に二人が静かになって、何事かと顔を上げると二人して倖姫をじっと見つめる。

「なんだよ?」

「――あほうどりと喧嘩すると倖姫が楽しそう。昔とおなじ」

「うーん。やっぱりええなあひいさんは。笑ってる時がいっちゃんいい」

 さっきまで言い合っていたのに、うんうんと二人で同意しているのだから自由なものだ。こんなやりとりを続けていたらいつまでたっても話が進まない。

「で、ポルカは古の何なの?」

「漆黒の煌めく羽を持つ、古の烏天狗やで!」

 言葉と共にばさっという音を立てて、彼の背中から黒い烏の羽が大きく広がった。

「決まった……!!」

演技過剰気味なポーズを決めて、ポルカは自分に酔いしれている。ノウィとはまた違った面倒臭さを感じて、倖姫は暗澹たる気持ちになった。

「棲家は京の鞍馬なんやけどね。今回は藍ヶ淵が墨の海に浸りそうになってるっていうから、一族から僕が派遣されたんやわ」

「だから関西弁だったのか……てか、天狗ってホントにいたんだ……」

 ノウィ以外に化け物がいるとは思っておらず少々面喰うが、逆に言えば一匹だけというのもおかしい話だろう。うようよいられても困り者だが。

「っていうか、じゃあノウィは何なの?」

 そこで湧いた素朴な疑問。枝にも似た金の角を掲げ、敵を薙ぎ倒す姿を一体何と呼べばいいのだろう。聞かれたポルカは少し間をおいて、苦々しげに答えを教えてくれた。

「……あのぼんくらは大神や」

「神さま!?」

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