第二章
胙(ひもろぎ)はその身を喰らわせ懊悩する 01
初めて参加させられた神事は、散々たる出来栄えだった。
倖姫は十一歳、涼子はまだ八歳だった。残暑の熱がまだ夜の空気に混ざる季節。
二人とも子供用の神事の衣装を大人達に着せられ、普段はもう寝なさいと言われる時間まで起きているように命じられた。
何をするかは聞かされておらず、涼子は初めての巫女姿に無邪気に目を輝かせ、倖姫は女の子が着るような華やかな着物と、幾重にも重なる単衣のその重みにすぐに疲れ果ててしまっていた。
「さあ、こっちよ」
巫女姿の怜子に連れられ、家の敷地の奥の奥、比与森神社に着くと、明々と篝火が焚かれ、そこには今まで見たことのない不思議な面をかぶった大人たちが境内の前に集まっていた。
面は鼻から上を隠すだけものなので、何となくどれが誰かは分かったが、皆一様に黙り込み身を寄せ合っている姿は、蠢く何かに別の生き物のように見えて気味が悪かった。
「ねえ倖兄ちゃん。こわい」
「――大丈夫だよ。みんな周りに住んでる人たちだ」
繋いだ手を握り締めてくる涼子はすでにベソをかいている。
「涼子、倖姫、こちらに来なさい」
神社の拝殿の扉は開け放たれており、そこから比与森家当主、護の呼び声がした。涼子も倖姫もぱっと繋いでいた手を離し、背筋を伸ばす。この家において家長の護は絶対であり、その機嫌を損ねるようなことはあってはならない。
階段を上り拝殿の中に入る。中は真四角の祈祷所になっており、幾人もの巫女姿、水干姿の者がすでに控えていた。部屋の中央には護摩が焚かれ、炎が竜の息吹のように一定の間隔で火の粉を舞わせている。
場の緊張が二人の子供にも伝わり、不安はすでに恐怖へと変わっていた。一体、自分たちは何故ここにいるのだろう?縋るように涼子は父の姿を探し、護摩壇の手前に控える水干姿の護を見つけて「お父さん」と小さく呟いた。
中肉中背の護は決して大柄な人物ではない。だが半分面で隠されていても窺える彫りの深い顔立ちと、覗き穴から見える意志の強い光を秘めた瞳から、部屋の中で一番の需要な役回りを担っているであるということは誰の目にも明らかだった。
「ここへ」
命じられるままに二人は並んで護に向かい合った。倖姫は重たい着物のせいで足元もすでに覚束ない。
「これから、お前たちは神事を執り行う。この藍ヶ淵での大事な儀式だ」
「しんじ……?」
「そうだ。栄誉な事だ。我等比与森の人間が、この藍ヶ淵の清浄を願い、大神の住まう霊山である御焚山を模した護摩の前で胙を捧げ祓いを行うのだ。そうやって、千年以上昔からこの地は平穏を保ってきた」
護の言葉は難しく、二人には半分ほどしか意味が理解できなかった。
その様子を無視して、護は粛々と神事の準備を始める。まず護が自らが着けているのと同じ面を持ち、涼子の顔にそれを被せた。
「涼子。お前は
そして、次に顔をすべて覆う、この場の誰も着けていない面を取り出して、倖姫の顔にそれを被せた。
「倖姫。お前は胙としてこの藍ヶ淵の清浄を祈り、その身を窶せ」
最低限の覗き穴しか開いていない面は、倖姫から『倖姫』という要素を根こそぎ剥ぎ取り、美しく華美な着物と紅い髪の『なにか』に変質させる。
「やおよろずのかみたちもろともにきこしめせともおす―――」
滔々と巫女と水干姿の者達が祝詞を唱え始めた。祝詞の声につられて、境内にいた面を着けた住人達がわらわらと祈祷所の手前に上がってくる。
「さあ倖姫。その祭壇に横たわりなさい」
のろのろとした動きで、倖姫が護摩壇の前の祭壇に身体を倒す。
「涼子、教えてもらった舞があるだろう?それをここで踊りなさい」
涼子はもはや半泣きで、唇をきゅっと噛んで微動だにしない。何が何だかわからないのだろう。
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