化け物は胙(ひもろぎ)に出会い歓喜する 13
御焚山の中腹、七合目を知らせる鳥居の上に、腰掛ける小さな人影がある。
「あらら、おらんやないの、あのぼんくらちゃん~」
少年は手で庇を作って周囲を眺めながら「ぼんくらちゃーん」「ぼんくらー」「のろまー」とおおよそ呼ばれた本人は無視を決め込むのではないかという呼び名を撒き散らした後、「ほんまにおらんのかー?」と雲の一つない空を仰ぐ。その途端天を向いた鼻がひくりと動き、切れ長の目にざわりと苛立ちと不審を浮かばせた。
「くっさいわー、此処まで墨の臭いが上ってくるなんて、相当やで……それに、何やこの匂い?」
ふんふんと鼻をひくつかせるが、やがて困ったように鼻先を指でつまむ。
「無理、鼻が墨で馬鹿になっとる――今なんか懐かしい匂いした気がしてんけどな~」
得る物が無いと諦めたのか、少年は鳥居の上に仁王立ちになって伸びをした。
その背中に、ばさりっと大きな羽音が鳴る。
「ほんま、東に下るとすぐ碌なことにならん。かなわんわ~」
身を包むダークスーツに鼻を寄せて「臭い、移ってへんやろな」と確認してから、少年は鳥居を踏み切って宙へと翔け上がる。
後には、無数の黒い羽根と、太陽の光がそれに反射して描きだした黒い虹が残るのみだった。
そしてその虹も、すぐに幻のように、はらりと宙に溶けてなくなった。
「で、犯人の姿は」
「無地のパーカーを着ていました。フードをかぶっていたので顔は見えませんでした」
「服の色は?」
「黒、いや限りなく黒に近いグレーだったかな……うーん」
「じゃあ身長は?君と比較してどうだった?」
「同じくらい……ですかね?」
刑事の顔にじわじわと蓄積される不審に、倖姫はしょうがないじゃないかと泣きたくなる。
駆け付けた警察に無事保護されたまではよかったが、倖姫と重症だった笹鹿が別々に取り調べされたのは誤算であり災難だった。
記憶を改竄された笹鹿がベッドの上でどんな証言をしているのかわからない中で、具体的な犯人の特徴や襲われた時の体験を話すのは危険だ。二人の証言に矛盾が生じるようなことはなるべく避けたい。
それを気にするあまり倖姫の証言は曖昧になり、それが警察の不審を買う結果となって悪循環を繰り返す。
「君、友達が怪我をしているんだぞ!?もう少し真面目に」
「すいませーん」
天の助けとばかりに現れたのは若い刑事だった。たしか地場の不動産屋の次男坊じゃなかっただろうか。ということは、こいつは藍ヶ淵のルールを知っている奴か。
「比与森さんのお家からお電話で、そろそろ倖姫君を帰すように、だそうです」
若い刑事が先輩刑事に耳打ちする。
「はぁ!?お前、やっと今回目撃者を喋れる状態で保護できたんだぞ!?」
思わず「喋れない状態で見つかった人がいるんですか?」と倖姫が呟き、二人の刑事がはっとして倖姫を見つめた。
「――倖姫君。もう今日はいいから、お帰りなさい」
若い刑事が、狐のように目を細めて告げる。横で苦々しい顔をしつつも、先輩刑事は何も言わない。彼は多分外からの転勤者で、ここのルールを良く思っていないのだろう。
それはそうだろう。異邦者から見れば、きっとここは異常に違いない。
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