化け物は胙(ひもろぎ)に出会い歓喜する 11

どうすればいいかなんてわからない。あの黒い泉から笹鹿を引き上げ、背負って走るくらいしか思いつかない。でも足はもう動いている。やるしかない。

 振動を感知して、宇宙柄のウミウシが倖姫の方向へ身体を動かした。あの姿でどんな攻撃をするのだろう――その疑問はすぐに解消された。ウミウシの体表を這い回っていた白い星々がぴたりと停まり、倖姫のいる方向の白い星がちかちかと点滅する。

 そして、ぱあんっという音を立てて、その星々がウミウシの身体から射出された。白い散弾が倖姫に殺到する。なるほど、笹鹿もこれに撃たれたのか。納得するがもちろん倖姫にも、それを避けられるような技能などない。

両腕で顔を庇って目を閉じた。豪雨が屋根を打つような音が響き渡る。体中を襲うであろう衝撃と痛みに身構えていたが、何時まで経ってもそれは訪れることがなかった。

「――――?」

 薄っすらと目を開ける。目の前に白い壁がある。

「もぉー、こんなのあたったら、倖姫しんじゃうよ?」

 壁がしゃべる。倖姫が視線を持ち上げ、新雪のように真っ白な髪が視界に入った。

「……ノウィ。どうしてここに」

「だって、あいつらの墨の臭いと、しらない奴の血の臭いと、倖姫の匂いがいっしょになってたから」

 振り向いたノウィの身体には傷一つ無い。ノウィは両の拳を握っていて、それを倖姫の頭上でぱっとひらいた。ぱらぱらと、霰のように小さな白い弾が倖姫に降り注ぐ。

「おいっ!!ちょっと何すんだ!?」

「わー、むかし雪遊びしたときみたいだね!」

「してねえよ!」

 能天気に目をキラキラさせて喜ぶノウィの身体から窺い見ると、黒い泉に肩まで身を沈ませる笹鹿の姿と、ぶよぶよとした体を大きく波打たせて威嚇する黒いウミウシの姿がある。

「なあ、ノウィ、お前強いのか?」

 ノウィの服を縋るように掴む。ノウィは目をぱちくりとさせ、それから服を掴んでいた倖姫の手を自らの薄く大きな手で取り上げる。

「怪我してる」

 散弾がかすったらしい傷跡に、ノウィの視線が釘付けになっている。

「かすり傷だ!今はあっちのことを話してんだよ!!」

 手を振り払おうとすると、存外に強い力でそれを制された。

「これ、食べていい?」

 血が流れている左手の甲――ちょうど親指の付け根のところ――を凝視しながらノウィが問うた。そこでようやく、ノウィがお腹を空かせているのだということに倖姫は気づく。

「ねえ、食べていい?そしたら、あのウミウサギ、たおしてあげる」

 あまりに軽いその言葉に対して、ノウィの目に宿る光は真剣そのものだ。

「い……嫌――」

 倖姫の言葉が詰まった。駄目だ。そう言えば笹鹿は死ぬ。

じゃあ食べさせるのか?俺を、こいつに?馬鹿を言うな、おかしいだろう?いや、それをいうならこの状況がすでにおかしい。異常だ、此処は倖姫の知る日常ではない。

 そうか。だったら、下す決断も理性的であれるはずがない。

 頭が割れそうに痛かった。拒否したくてしょうがなかった。だけど、それ以上に、拒絶して逃げ出すことで、あいつらと同じになることの方が嫌だった。

「~~~~っ!!わかった!!さっさと食え!!んでさっさと倒せ!んであいつを助けろ!!」

 自棄のように怒鳴り挑むようにノウィを睨むと、対した化け物は蕩けるような笑顔を浮かべて、倖姫の手を捧げ持つ。

「じゃあ、いただきます」

 ノウィが大きく顎を開く。草食動物のように居並んだ臼歯が、人の肉を求めるとは禍々しい。

 がぶり。

 食い込んだ歯が易々と皮膚を突き破り肉を食む。あまりの痛みに反射的に倖姫は暴れ出しそうになるが、空いた手で口を塞ぎ、悲鳴を飲み込み痙攣を抑え込んで何とか耐えた。生理的な涙の滲む目で傷を確認する。骨を砕き食い千切ることまではされなかったが、食い破った皮膚から溢れる血を、組織をノウィが食んでいるのを感じる。じゅるじゅるという悍ましい音が彼の口元から漏れる。

 そうしているうちに見下ろすノウィの白い頭、耳の後ろの辺りに、きらきらとした金の細かな光が舞い始めた。それは集まり、小さな角を形作る。金に輝く角は奪った倖姫の血肉を吸って見る間に伸び、何度も枝分かれし、頭の大きさに不釣り合いなほど大きく育った。美しく立派な金の角を掲げ、ノウィがそっと倖姫の腕から口を離す。

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