化け物は胙(ひもろぎ)に出会い歓喜する 04

「そ……そうだよ。俺は胙だ。藍ヶ淵が常世に平和であるように、この身を捧げる役目を負っている」

「ほら!だから俺の餌だ」

「いや、知らねえよだから!気持ちわりいこと言ってねえでさっさと離せ!」

 話にならない。助けを求めようと周囲を見渡すが、住人は相変わらず見当たらない。

「気持ちわるくないよぅ……俺はただの化け物だもん……」

 ノウィは倖姫の言葉に傷付いたように蒼と翠の虹彩を揺らして、困り切った声で呟いた。

 化け物。そう、はっきりと自分の口で言った。それが何の比喩なのかは倖姫には分からなかったが、どうやら相手は自分とは少し違う思想の元に生きているようだと、ノウィの言葉の端々から理解する。

 ならばしょうがない。その前提に合わせて、俺も会話をしていくしかない。

 この藍ヶ淵に連れ帰られてから話の通じない奴等と折り合いをつけて暮らし続けていた倖姫には、それは別段変わったことでも難しい事でもなかった。

「わかった。ノウィは化け物なんだな?」

「うん」

 ノウィは素直に頷いた。

「んで、俺……っていうか人間を食べたいんだな」

「ん――人間はおいしくないねえ。胙の倖姫がたべたいなぁ」

「俺は人間だ!~~~あぁ何だ今の台詞、俺が人外みたいじゃないか!」

 何てことを言うのか、いや言わすのか。

 だがここまで話してみて分かった。ノウィは世間一般と比較して少し考えが幼い。上手く言いくるめれば、とりあえずこの場は逃げ切れるかもしれない。倖姫は頭をフル回転させて、少なくとも今自分を食べられなくなる、もしくは食べたくなくなるような言い訳を考える。

 美味しくないから、は今までのやり取りの中で通じないと判っている。じゃあ、今日は筋肉痛で肉が硬いからは?あぁ何で自分の体を食材として考えないといけないのだ。だが惜しい、もう少し魅力ある言い訳か提案を――その時、倖姫の脳裏に閃いた言葉があった。

 昔読んだ童話。お菓子の家に釣られて人食いの魔女に捕まった幼い双子は、どうしてすぐ食べられなかった?

「俺を、今食っても勿体無いぞ!」

 その言葉に、咢を開いて迫るノウィの顔が止まった。

「なんでー?」

「俺、夏バテで今すっっっっごい痩せてるんだ」

「なつばて……??」

 ノウィは重さを量るように倖姫の体を上下させる。

「……たしかに倖姫かるいねーガリガリ君だねー」

 嫌味の無い感想に男として若干のショックを受けつつも倖姫は必死に頭を回転させ、彼の思考が納得する言葉を選び続ける。自分の想いなど二の次にして。

「これから秋になって涼しくなるだろ?そうしたらまた食欲も戻る」

「食欲の秋だしねー。天高く馬肥ゆるだねー」

「そうそう。冬になる頃には、俺は今よりもっと超え太って丸々してるぞ」

 頭の中にプギーと鳴くピンクの豚の映像が過ぎる。何が悲しくて自信満々で自分が太る事を宣言しなければいけないのか。だが、ここは過剰なまでの演技が大切だ。現に、話すにつれてノウィの目に迷いが浮かびつつある。

 目の前に餌があり、それを食らうことを我慢すればもっと多い餌を与えられる環境にあったとする。鼠や鳩などの単純な生き物は眼前の餌に群がって、餌をより増やそうとする判断はできないそうだ。

 だが、それが思考の複雑な、人の姿をした自称化け物だったらどうだろう。

「ふくふくのおいしそうな倖姫……」

 何て失礼な想像をしてるんだこいつは。だが目の前の化け物は迷っている。もう一押し。倖姫はノウィの鼻先に指を付きつけて止めとばかりに言い放った。

「じゃあ、おまけに俺ん家の猫のナイトも付けてやる!」

「それで買った――!!」

 やったよナイト。でも勝手にごめんよナイト。そう心の中で涙しながら倖姫は交渉

 成立に小さくガッツポーズした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る