化け物は胙(ひもろぎ)に出会い歓喜する 03
「こうき~~~~っ!」
「うわっ!?」
抱き着かれた、方がまだマシだったかも知れない。事態はもっと深刻で、倖姫は見知らぬ大きな青年に勢いのまま抱き上げられ、子供のように高い高いをされていた。
まさか、高校二年にもなって。そんな。
「あいたかったよ――っ!ずっとずっとさがしてて、でもみつからなくてひさしぶりに藍ヶ淵にもどってきたの。倖姫はあいかわらずちいさいねえ」
いやいや俺も一応百六十五センチはあるし、と思わずつっこみたかったが、それ以上にに状況についていけず、倖姫は普段より高い視界を精一杯楽しむという現実逃避を行うことで、男子高校生としてのプライドをなんとか維持しようとする。
青年は首を傾げて持ち上げた倖姫を見上げる。
「あれ、あほうどりとすおうは?ふたりはいないの?」
「誰のこと?ねえあんた、人違いしてるよ」
「そんなはずないよ。だって倖姫の匂いだもん」
匂いってなんだ。怯える倖姫を前に白髪の青年はお構いなしに、頬を紅潮させて話し続ける。
「倖姫、倖姫!ねえ、ノウィとの約束覚えてる?」
ノウィ。その聞きなれない響きが彼の名前らしかった。空中で揺らされながら倖姫は半端諦めた顔で「いいや」と答える。
まずお前の事知らないし、っていうか人違いですよきっと、とまではここまで喜びを露わにするノウィに言うのは躊躇われ、倖姫は黙する。
名前を連呼され抱き上げられ揺らされるという、非日常感と異国感がたっぷりと含まれた彼の再会を喜ぶ様は、迷惑だったが、気味の悪いものではなかった。
それに赤の他人と間違えられているとはいえ、ここまで自分という存在にポジティブな反応を示してもらえたことも久々で、単純に倖姫の心は喜んでしまったのだ。
みじめだなあ、などと思いながら悪戯に「どんな約束だっけ?」と倖姫はノウィに問う。
「えっとね、」
長い前髪の間から覗くオッドアイをきらきらと輝かせて、ノウィは大きく口を開いた。犬歯の無い、訓練された兵隊のように弧を描いて並ぶ臼歯だけの白い歯が、嫌に倖姫の目につく。
ノウィは無邪気に、まるで何でもないことのように言い切った。
「倖姫は俺の餌になるの」
「は?」
唐突にノウィが倖姫に噛み付いてきた。奇跡的な反射神経で倖姫は上半身を逸らし避ける。
自分の首があった空間を、ガチンッとギロチンが落ちるような音を立ててノウィが齧りとった。もし避けていなかったら――間違いなく顔が食い千切られていた。倖姫の血の気が引く。
「なっ…………!?」
餌?俺が?
突然の凶行に動転した倖姫は、ノウィの手から逃れようと我武者羅に腕や足を振り回した。だがノウィの大きな手は、倖姫の薄い体を掴んで放さない。
「餌ってなんだよ!俺は人間だ!」
「ん――?倖姫は、とってもおいしいよ?」
会話が噛み合わない。背筋が凍るような事を平然と言ってのけて、ノウィは首をかしげる。漂白されたように白い髪がさらりと流れ落ちて夕日を弾く。
「待て待て待てっ!」
とんだ異常者だ。倖姫はノウィに怒鳴りつける。
「俺なんか食っても美味くないぞ!」
「うそつき――おいしいよう。だって、倖姫は胙でしょう?」
ひもろぎ。その単語に、倖姫は目を見開く。
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