16.脱出


 10日後。

 俺は牢屋で鎖に繋がれていた。


「おうい、聖剣士。飯だぞ」


 誘拐犯の一人が食い物を持ってきた。

 右手が繋がっているので、犬のように頭を下げて食うしかない。


「が、べぇ!」


 糞が、糞が入っていた。

 比喩(ひゆ)ではなく、動物の糞便を口にしてしまった。

 口一杯に苦いものが広がる。


「ブヒャヒャヒャ!」


「聖剣士様は豚の糞が好物であらせられる」


「今度は馬の糞にも挑戦して貰おうか」


 俺を馬鹿にしながら誘拐犯達(オーク)は鍵を閉めてどこかへ行った。


 俺の左手……はもう無いが傷口は塞がっていた。包帯が巻いてある。

 治療だけはちゃんとしていた。

 口も洗浄してもらった。

 清潔に保つということは、すぐに殺すつもりはないのかもしれない。

 逆に、長苦しめるつもりなのかもしれない。

 頭の中が思考の堂々巡りになる。

 恐怖でおかしくなりそうだ。


 俺の切断された左手は腐臭を放っていた。

 床に転がり、ネズミどもが食い荒らしてボロボロだった。

 これは流石に精神の方に来た。


 一度一晩泣き叫んだらスッキリしたが、腐敗して畜生に食われていく左手はまるで自分の未来を見ているようでジワジワと俺の心を蝕んでいく。

 処分したいが鎖に繋がれている身ではそれも叶わない。


 捕まってから10日にもなるのにまだ助けは来ない。

 そもそもここがどこかすら分からない。

 奴ら以外に声を聞いた覚えはないからセキュリテイーがしっかりしている場所なのかもしれない。

 となると、あいつらはただの誘拐犯ではなく、何か政治的な意図を持っているか、それに類した奴に雇われているのかもしれない。


 だとしたら、万事休すだ。

 俺を逃がすつもりはないだろう。

 ここまでするってことは、俺を利用する気もなく、本当にただいたぶって殺すつもりなのかも。






 俺、ここで死んじゃうのかなぁ……嫌だなぁ……。

 







「うたさん、宇田さん」


 はえ?


「せ、セリカ」


「大丈夫ですか」


「眼科行けよ、これが大丈夫なように見えるか。栄養全部おっぱいに行ってんだろ」


「セクハラ出来るくらいなら大丈夫そうですね」


 セリカは牢屋の鍵を開けてはいってくると、水袋とパンを差し出してきた。

 あぁ……女神だ、女神が目の前にいる。

 栗毛ロングのでかパイ女神、聖女や、聖女様や。


 俺は犬のようにガツガツと食べ、飲んだ。

 口は何度もゆすいだ。


「俺を助けにきたのか?」


「ごめんなさい、宇田さんが反ルアス勢力に捕まっているのは知っていたんですが、まさかこんな事になってるなんて」


「なんでルアス達は俺を助けにこないんだよ、あいつらは何をしているんだ」


 本来、敵であるセリカに聞く筋ではない。

 だが、今はセリカしか頼れる人間がいなかった。


「ルアスは私達同盟軍とスワンジー平野で開戦しました」


「え」


「王宮での交渉が決裂した瞬間、以前からルアスの行動に危機感を覚えていたパラディンの3人が連合軍を結成し、奇襲をかけたんです」


「そ、それで? あいつらはどうなったんだ」


「私達が勝ちました、私は同盟軍として参加し、ルアス達の軍を倒したんです」


「マジかよ」


「ルアスは崩壊した軍を再編成して自領に篭っていますが、もう以前のように戦う事は難しいでしょう」


「ほ、ほーん? それで、セリカさんは俺がいない間にガンバインで大活躍したんすか」


「えへへ」


「えへへじゃねーぞこのアバズレが! 俺がいたらなあ! おまえらなんかケチョンケチョンよまじで」


「だから、身柄を隠したんだと戦闘後に同盟軍のパラディンから教えられたんです。この王都の地下墓所に聖剣士宇田を確保していると」


 話が繋がった。

 セリカは誘拐犯の間接的な仲間だった、しかし全てを知っていたわけではない。


 敵のパラディンがオーク達を雇って俺を誘拐した。

 セリカは戦後それを知り、そんな卑怯な真似は許せないと俺を助けに来たのだ。


「くそ、じゃあ手まで切り落とすことねえじゃん」


「本当にごめんなさい、本当に……私に出来ることならなんでもします」


「ん? 何でも? なんでもって言った?」


「はい、とりあえず宇田さんをこの場所から連れ出して安全なところへ送りたいと思います」


「うるせー! んなの当たり前だろうが! 前提条件だ前提条件!」


「へ」


「おっぱい触らせろや」


 胃袋を満たし、安心すると同時に欲望が立ち上がってきた。


「ええ……まだそんな事を言ってるんですか」


「うううう。左手が切り落とされたんだぞ、どんなに痛いから苦しいかわかるか、ええ!?」


 俺は手首の傷口をアピールした。


「早くしないとあのオークの人達が帰ってくるかもしれませんよ。あの人たちは傭兵です、私の言う事を聞いてくれるかどうかわかりません」


「うるせー! おっぱい揉むかここで死ぬかの二択だお前が決めろ!」


 切断されてまだ痛々しい手首をセリカに見せつける。

 これは相当インパクトがあったようで、セリカは渋々承諾した。

 ここだ、ここで決めるんだ、これを逃せばチャンスは無い。

 やらいでか。




 10分後




「うう、どうしてこんな……」


「うほー! やわらけー!」


 俺はセリカのおっきいのを堪能した。

 命をかけて堪能した。

 それだけの価値はあった。


「ん……も、もういいでしょう。早くここを脱出しないと」


「……吸わせて」


「え?」


「吸いたい」


「は、はぁ? 本気で言ってるんですか貴方は」


「こっちは手を切り落とされたんだぞ! 揉んだぐらいでチャラにできるか!? こっちは片手だぞ、身体障碍者なんだぞ、両手が使えなかったから幸せ2分の1なんだよ」


 俺はこれ見よがしに手首をみせた。

 セリカの罪悪感に倍プッシュだ。

 こいつは他人の罪を自分で背負いこむ癖がある。

 そこに付け込んだ。


「痛えよぉ、体がだけじななくて心も痛いんだ。

 これ以上精神的に回復できないとほんとに命に別状でるかも」


「ほんとに、ほんとに少しだけですよ……」


 セリカは上着に手をかけた。


「っっしゃオラァッシャァ!!」


 俺はガッツポーズした。








 俺はセリカのガンバインでルアス城が目と鼻の先ぐらい手前に送ってもらった。

 ガンバインの機体はルアス城から目視出来るはずだから、もうすぐこの場にルアス軍が殺到してくるだろう。


「これで、貸し借りは無しですよ。戦場で会ったら正々堂々貴方を倒してみせます」


 狭いガンバインの操縦席である。

 必然的にセリカとは密着に近い形になっている。


「セリカって着痩せするタイプなんだね」


「……」


 ガチャンッ


「うぉぉ!?」


 ガンバインの出口が解放され、俺は外に放り出されそうになった。


「あんまりそういう冗談言わないほうがいいですよ」


「めんご」


 操縦席内に微妙な空気が流れる。

 セリカの乳輪の可愛らしさを褒めようと思ったが、やめておいた。

 次言ったら墜落死させられそうだ。


「あの、宇田さんって、私のことどう思ってるんですか?」


「は?」


「変な意味でとらえないで欲しいんですけど……」


「めっちゃ好きだよ、好きだから揉むんだよ」


 きっぱりはっきり言った。


「……え? あ、はい……、ええー、!?」


「セリカは……俺のことどう思ってるんだ?」


 超イケメンボイスで問う。


「えと……普通にしてれば……あの……宇田さんて格好いいと思いますし、嫌いじゃないですけど……」


「殺し合いしてるのに?」


「それとこれとは別っていうか……」


 どうやら、まんざらでもないらしい。

 実はそれは最初から分かっていた。

 俺はそこそこイケメンだったりする。

 そしてこの女、イケメン好きだ。


 嫌いなら助けにもこないし、ましてやビーチク吸わせるとかありえねー。


「セリカが助けに来てくれて、嬉しかった。ありがとうな」


「あ……宇田さん……」


 後ろからそっと抱きしめる。

 拒否はされなかった。

 二人で危険な場所から脱出した吊り橋効果と、狭く薄暗い操縦席の空気が、なんとなく悪くない空気を作り上げていた。


 いける、いけるでこれは。

 出血多量で頭が痛くクラクラするが下半身に血がたまっていくのが分かる。


 頭を撫で、顔を近づける。

 吐息が少女のうなじにかかった。


「あ、あのこれ以上は……」


 構わず体をまさぐる。

 だが、嫌とかダメですとか言う割に抵抗は少ない。


「あっ、だめ!」


 下半身に手をかけたところで拒否。

 おっと、急ぎすぎた。


「ごめん」


「あの、その、別にいいんですけど……私は別にいいんですけど……」


 いいんすか。


「宇田さんにはリアムさんがいるじゃないですか、その、悪いっていうか……」


「あーあいつねうん。別に何でもないから、あいつとは全然何もないから」


「え、てっきりお付き合いしてるものかと……」


「いやほんと何でもないからー」


「そ、そうなんですか? じゃあ……」


「俺が好きなのはセリカだけだから」


「ほ、本当ですか?」


 それに答えず、キスした。


「あ……ん」


 目がとろんとして、俺のなすがままになる。

 リアムで慣れといてよかったー。

 こいつかなりチョロいわー。


 聖剣士セリカ、いただきます。



 と思って身をのり出した時、それは起こった。



 ガツンッッ!


 パカッ


 ヒューーー



「は?」


「う、宇田さぁぁぁぁああん!」


 俺の体が、宙を舞っていた。

 

「う、あああああああああああ!」


 俺はガンバインから放りだされて空中に居た。


「お、お前ー! 入り口のロックしてなかっただ――ぶべあ!」


 べきばきぼき


 俺は木の上に落ちた。

 枝がクッションになって勢いを落としたので助かった。


 仰向けになって上を見ると、ガンバインとでかい崖が見えた。

 どうやらセリカが感じている最中に流されて勝手に動いたガンバインが近くの崖にぶつかり、そのショックで入り口が開いてしまったらしい。


 まあよく考えたら空の上でパイロットにちょっかい出したらあかんよな……。




「大丈夫ですか、生きてますかーーー!?」


 俺は心配するセリカに手を振った。

 



 そして、恐らくルアス軍の物であろう軍馬が向かってくる音を聞きながら、俺は意識を失った。

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