14.誘拐



 アイーダはルアスの護衛隊長として主人と共にヴェルンガルド王国を訪れていた。


「ルアスよ、久しいな」


「陛下、お会いしとう御座いました」


 贅を尽くした玉座の間。

 そうとしか表現できないほどこの世の富を収集し尽くしたような広間でルアスはヴェルンガルド国王に頭を垂れていた。


 王の周囲には宦官や兵士達、王都貴族等が控えていたが、それらは全て棒である。


「余のパラディンとしておまえは長年よく勤めていると市政では評判じゃ」


「ありがたく思います」


 ヴェルンガルド王ベルドリアスは鷹揚(おうよう)に己の部下をねぎらう。

 王の前ではルアスとて地方の1領主に過ぎない。



「しかしなあ……ルアスよ、近頃よくない噂も耳に届いている」


「ほぉ!」ルアスは、今初めて聞いた。という風を装った。


「そちがギトールやガッシュを滅ぼしたのを余が知らぬと思うてか。両方とも余のパラディンであるぞ。余の家臣は余の許しなく他の家臣を滅ぼすのか? これっ! 余を馬鹿にするでないぞ」


 王の部下であり守護者であるパラディンは王に任命され、その地方の領土を守護するという名目である。


「ははぁ。陛下の広き眼(まなこ)に感服致しております」


「本当であれば余の家臣への攻撃は余への裏切りと同じぞ、どう弁明するつもりじゃ」


「恐れながら陛下、私めはその裏切りを正したかったのでございまする」


「なに?」


 ここで、国王を取り巻いている宦官達が横から口を挟んできた。


「陛下、パラディンルアスこそが真の忠臣でございます。我ら宦官が陛下の奸臣を突き止めたのです」


「余の知らぬところで主らが何を」


「陛下の御心を木津つける者を許しては置けなかった我らの弱さをお許しください」


「ギトールとガッシュは陛下への謀反めを画策しておりました。これがこの証拠でございます。お確かめくだされ」


 ルアスの横に侍っていたアイーダが、文書を宦官たちに手渡す。


「これは誠かパラディンルアスどの」


「如何にも」


 ルアスと宦官が結託し捏造した証拠を宦官自らが承認する。

 その茶番をベルアドリアス王はポカンと見守るばかりである。

 この齢40になる国王は、今まで宦官を通さずに政治を行ったことは無い。


「陛下ぁ~、お怒りをお沈めください。このルアスこそが真の忠臣、我らが宦官が保証致します」


 国王はあっさり騙された。


「誰が怒るものか、余は幸せ者じゃ。このような忠臣に囲まれている。うむ、余は安心したぞ」



 その時、玉座から遠い場所にいる若い文官が異を唱えた。


「し、しかしながら陛下。ギト家もガッシュ家も長年忠実に陛下に仕えておりました。彼らの遺族や他のパラディン達の訴えも聞くべきでは――」


 いくらかの賛同の声が上がる。

 だが、宦官勢力に比べればさざ波のような小ささである。


「ううむ、万民の訴えを公平に聞き判断するのが王の務めであるなあ」


「その必要はございません陛下。このルアスの忠義心こそが本物でございます。我が国に機械ゴーレムという力を与え民を怪物や魔族の脅威から救ったのはパラディンルアスです」


「うむ、たしかに! あの、機械ゴーレムゲバラは凄いぞ! 余は感心した!」


「し、しかし陛下。その機械ゴーレムを買い上げたせいで国庫が底をつき治水工事に遅れが出て各地に水害が――」


「だまらっしゃい! 川の工事など土木ゴーレムを増やせばなんとでもなる」


「あのゲバラというゴーレムは欠陥品です、既に軍の稼働率は8割を切っているとか」


 喧々諤々(けんけんがくがく)


 玉座の間は宦官達と若い文官達の論争の場となった。


「ええい、うるさいしつまらんぞ。結論を出せ結論を。余は長い話は苦手じゃ、そろそろワインを飲みたいぞ」





 アイーダは宇田をこの場に連れてこなくて良かったと思った。

 あの男ならばこの茶番に吹き出してしまうかもしれない。


 城下街は荒れ果て、下水からは糞尿とネズミが溢れ、路上では商人が腐敗した肉を売っていた。

 街角は失業者と薬の売人、娼婦、ありとあらゆる不幸に満ち溢れていた。


 自分が主人の忠実な犬でなければ今すぐ暗君を成敗していたところだろう。


 結局国王は宦官に丸め込まれ、ルアスに白紙委任状を渡した。

 これでルアスがどこの誰と戦争をしようが、それを咎める者はいなくなった。


---


「陛下、いやベルドリアスは愚鈍でありますな」


「口を慎め、どこでスパイが聞いているかも分からぬ。我々の抱き込んだ宦官以外の手の者が潜んでいるやもしれん」


「はっ……」


「ふっ、だがおまえの率直な物言いは嫌いではない。あのお方が前々王のように聡明であったならば私が野心を持つこともなかった」


「手はずは整っています、聖剣士隊はすぐに出撃可能です」


「勅は得た、後は行動するのみだ。前線で待機している部隊を動かし、三領主を討つ」


「は、しかし――」


「なんだ?」


「いえ、なんでもありません」


 アイーダは黙した。

 宇田が休暇を取りここ数日姿が見えない事に不安を覚えていたが、杞憂であると思い直した。

 どうせ、娼館かどこかへ遊びに切っているのだろう。



---王都 娼館「ぱいぱいスライム」



「きゃー素敵ですご主人様ー!」


「わははー飲め飲め! 金はいくらでもあるぞ!」


「魔王様すごーい! 金満政治家」


 俺はリアムとミーを連れて娼館に来ていた。

 流石この世界に中心だ。

 日本とは比べるべくもないがルアス領の街よりはずっと都会だった。





「性剣士様」


 娼館の支配人が腰を低くしておすおずと話しかけてくる。


「なんだー」


「おあし(代金)の方なのですが……」


「ふっ、心配するな。ほらよ!」


 俺は金貨のぎっしり入った袋を支配人に放り投げた。


「は、ははー! 聖剣士様。今すぐ我が娼館の"商品"を連れて参ります」




「ぐはは! 女の子どんどんもってこいや! 酒もなー」


「流石ですご主人様、さすがですぅ! さすごしゅです!」


「それはそうと」


「はい?」


「お前いつやらせんの?」


「ままま、ご一献」


 ミーは俺のコップに並々と酒を注いだ。


「おっとっと」



「ねー魔王様ーリアムはいつでもいいんだよ?」


「いやお前飽きたし」


「ふえ?」


「やり過ぎたんだよな、後もちっと肉をつけろや。胸の方にな」


「ぶえええええ!」


 リアムは泣きながら去っていった。




「さっ! お前たち、高貴なお方の前で粗相しないようにな」


 支配人が女の子を沢山連れてきた。

 皆エロい衣装を着ている。

 乳首とあそこ以外はほぼ丸見えである。

 獣人、エルフ、人間よりどりみどりである。皆カワイイ。

 異世界ってスゲーーーー!


「お、きたきたきましたよ」


「あ、あの。私、お酒をつぐだけって聞いてたんですけど。こんな格好するなんて聞いてないです」


 女の子の一人が抗議の声を上げた。


「あっ! お、、お前は!」


「う、宇田さん……」


 宇田の前に現れたのは、ほとんど裸同然のセリカであった。



「ぐふふ、いい格好してるじゃねえか」


「くっ!」


 セリカは近くにあったナイフを持ち、構えた。


「おいおい、よしとけよ。ここで暴れたら衛兵がすぐに飛んでくるぜ」


「それにここは中立地帯ですよセリカさん。さらに言うと、ご主人様は貴方のお客様です」と、ミー。


「ええ……」


「そういう事だ、さあ、こっちへ来い。お酌してくれ、ぐふふふ」


 楽しい時間が始まった。


---


「ちょ、触らないでくださいよ!」


「おおーん? 小さい事でケチケチ言うなよ、ちょっと尻に手が当たっただけじゃないか」


「次に触ってきたらすぐに帰りますから」


 セリカの決意は硬そうだった。


「ちっ、しょうがないなあ。じゃあ王様ゲームをしよう」



「王様ゲーム!? ご主人様、なんですかそれ」


 ミーがピクリと反応した。


「クジを引いて王様役を決めるんだ。王様になった奴は好きな命令を出来る」


「すっごくすっごく面白そうですねご主人様。私、王様になりたいです」


「凄く嫌な予感がするんですけど」セリカは嫌な顔をした。


 そしてゲームは始まった。




「一番と五番がキスをする~~」


 店の女の子が王様だった。


「あーん、私です」

「あの、私です」


 セリカとミーが唇を合わせた。

 それはそれで悪くない光景だったが、俺は納得いかなかった。


「なんで、なんでや……20回ぐらいやってるのに一度も俺に当たらねえ」


 さっきから俺以外の女の子同士でキスしたり体を揉み合っているが、俺にはカスリもしなかった。


 ともあれ、俺はとっても楽しい時を過ごした。

 女の子侍らせて豪遊なんて元の世界にいたら出来なかっただろう。


「ぐふふ、セリカちゃんよー。楽しいよなあ」


「楽しくないです」


「おじさん悲しいよ、セリカちゃんがこんなところで働いてるなんて。どうしてこんな事してるの?」


「宇田さんには関係ないです」


「俺は客だぞ」


「……生活費を稼ぐためです」


「なんで? 聖剣士何だしどうにでもなるだろ」


「やっぱり、自分の力でお金を稼がないといけないと思うんです」


「ふーん、真面目だねえ」


 セリカが何故王都にいるのか。

 ガンバインをどこに隠しているのか。

 そんな事はどうでもよかった、俺には関係ない。



---



「い、せ、か、い、さ、い、こ、う……と」


 俺は便所でしょんべんしながら呟いた。

 さあて、今夜はどの子にしようかなあー

 一番抱きたいのはセリカだが、あの調子だと無理臭い。

 ミーはまだ一度も手をつけてないけど、自分の奴隷だ、その気になればどうにでもなるから今夜は除外。

 やはり高級クラブの娘だな。

 あのブロンドの娘にしようか、それともあのエルフにしようか。

 ぐふふ――


「あぇ?」


 なんだ、なんで目の前に地面があるんだ?


「おい、さっさと袋に入れちまえ」


 頭がグワングワンする。

 なにこれ。


「へへへ、聖剣士もゴーレムから降りちまえば大したことないな」


 そこで俺は気が付いた。

 俺はしょんべんしてる最中に後ろから頭をぶん殴られて、地面に寝そべっている。


 俺の体が何者か達によって抱えられ、何かに入れられる、目の前が真っ暗になった。


「さぁ、ずらかるぞ――」


 え、ちょっとまって。

 ここお店の中だよね、なんで俺誘拐されてんの……?


「はえ、はふへへ」


 助けて、と口にしたかったが、言葉にならない。

 大声も出せなかった。


「大将、観念するんだな。お前はやりすぎた」


 男の声がすると同時に、腹に拳か何かしこたまぶち込まれ、俺は意識を闇へ追いやられた。

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