12.ガッシュ領の戦い


---セリカ視点


 セリカにとって、両親ほど尊敬する人間は居なかった。


「パパ、お仕事いつ終わるの?」


 父と母は国際弁護士だった。

 日夜、依頼者の期待に応えるべく奔走し、家にいないことも多かった。


「ごめんな芹香(セリカ)、パパとママがいなくて寂しい思いをさせて」


「ううん、お手伝いさんが家にいるから寂しくないよ」


 それは嘘であったが、世のため人のために働く両親が心の支えになっていることもまた事実であった。


「芹香、もうしばらくすれば仕事が落ち着く。そうしたら一緒に遊びに出かけよう」



 夢を見ている自覚はあった。

 睡眠が浅くなっているのだ。

 ルアス家を出奔してから、安眠できる日は一日たりとも無い。

 いや、正確には転生してから安眠出来た試しは無かった。


 だが、目覚めなければいけない。

 自分のやるべき事は定まっている、ならばそれに突き進むだけだ。





---ガッシュ領





「聖剣士、聖剣士セリカ」


 睡眠を破ったのはセリカが身を寄せる領地の領主、ガッシュであった。


「すいません、少し眠っていました」


 短時間ではあるが眠れたらしい。

 セリカは自分の頭が少しだけすっきりしているのを感じる。

 ガンバインの操縦席は狭く、膝を抱えるようにして眠っていた。

 睡眠を取るには向かない。

 だが、今ではセリカにとって唯一落ち着けるプライベートルームだった。


「ルアス軍に動きがあった。やはり我が領内に攻め込むつもりのようだ」


 戦士であり、領主であるロード・ガッシュ。

 その重厚な顔には疲労の色が見えた。


「やっぱり彼らは侵略の野望を隠すつもりはないようですね」


 すぐに出撃する事になるだろう。

 魔力を機械ゴーレム、ガンバインに注入する事を意識する。


 ゴォォォ……

 ガンバインがセリカの闘士と魔力に応え、その息吹が聞こえる。




「貴君はこの世界に本来関係ない女性、むしろ被害者だ。無理にこの戦いに加わる必要もないのだぞ」


「お心遣いありがとうございます。でも、私は彼らの暴虐を見逃すことはできません。それに、一時は私も彼らに手を貸していました。私は無実の人間ではありません……それに、ガンバインを修理して貰ったりこの城に泊めて頂いた恩もあります。日本には"一宿一飯の恩義"ということわざがあるんですよ。私も戦いに加わらせてください」


 セリカはガッシュに感謝していた。

 初めて出会ったヴェルンガルド人がルアスという悪人であった。

 その分、ガッシュという誠実な為政者に出会ったことは、セリカがこの世界に希望を持つ十分な理由となった。


「すまん……名高い聖剣士が操るガンバインが加わってくれるのは私としても助かる。我が方にあるは旧式のゲバラと練度の低い戦士ばかりだ。我らだけでルアスの軍を凌ぐのは難しかろう」


 ガッシュも機械ゴーレム自体は有している。

 だが、元々敵から買い入れた旧式の機械ゴーレムと限界まで訓練してギリギリ乗れるだけの戦士達だけでは強靭なルアス軍に対抗する事は難しいと思われた。


 そんな折、尾羽打ち枯らしたガンバインが聖剣士セリカを伴って庇護を求めたのだ。

 ガッシュはセリカを厚遇し、食客として迎え入れた。

 ガンバインの修理も面倒見たのは戦力になってくれとの下心が無かったわけではないだろう。

 だがガッシュはそれを表に出さず、セリカの自由意思を尊重した。

 その誠実さは、セリカに義勇心を与えた。

 ルアスに虐げられる人々を守る事が自分の役目なのかもしれない。

 自分には自慢できるものは何もない、ただ両親から受け継いだ正義の心があるだけだ。

 それが、恐らく二度と会う事が無いであろう両親との絆だと少女は感じていた。



 その時、鐘がなった。

 敵が来たのだ。


「ガンバイン、出ます!」


「聖剣士セリカに加護があらん事を」


 ガッシュが祈るのと、ガンバインが空へ発つのはほぼ同時だった。

 機械ゴーレムの全身から魔力と鉱物の粒子が噴出し、場にきらめきを残した。




---数時間後 ガッシュ領内上空




 既に、戦局は覆すことは出来ない。

 それは確かだった。


 戦闘開始から暫くたった。


 ルアス軍の膨大で巨大な戦力に、貧弱なガッシュ軍は一網打尽にされかけている。


 セリカは空中から戦場を俯瞰してみることができるのでそれがよく分かった。

 至る所で戦線が突破され、既に戦闘からルアス軍によるガッシュ軍への掃討戦に移りかけていた。

 ガッシュは負けたのだ。



「ルアス・バルタン、もうあんなに機械ゴーレムを揃えているなんて……」


 セリカが見ただけでも複数のドーガが投入されていた。

 宇田やアイーダが乗るゴーレムより格段に動きも力も劣るが、機械ゴーレムに他ならない。

 だがガンバインの相手ではない。

 既に聖剣士として覚醒しつつあるセリカにとって、取るに足らない相手であった。


 しかしそれでも、生身の兵士では全く相手にならないであろう。

 如何に機械ゴーレムが空を飛び、騎兵やドラゴンを凌駕する機動力を有していようとセリカ単体では全ての敵を相手にすることは難しい。

 既にガンバインが防衛に参加出来なかった場所ではルアス軍のドーガや新型機が暴れまわり、戦いの決着はついていた。

 機械ゴーレムの数は力だ、そしてルアスは確実に力をつけていた。





「ガンバイン、覚悟!」


 敵の量産型機械ゴーレム、ドーガが空中戦を仕掛けてきた。


「うっ!」


 セリカは大剣を受け、それを防ごうとするが、既にかなりの魔力を消耗している。

 魔力は機会ゴーレムの燃料だ、既に数時間の戦闘をこなしているセリカは力が尽きかけていた。


「このぉ!」


 返す大剣で一閃。

 なんとか、ドーガを撃退する。

 一体、ルアス軍は何体の機械ゴーレムを投入しているのか。

 既に三体は葬っている。


 こちらのなけなしの戦力であったゲバラは緒戦で全て撃破されてしまっていた。


 機械ゴーレムの無い軍ほど無力なものはない。

 それをセリカは誰よりも早く理解していた。

 空中から襲撃してくる巨人に抗う術はないのだ。


「せめて、宇田さんかアイーダだけでも!」


 セリカは白き巨人兵ガンバインに魔力を注ぎ込み、背中の推進力を強め、速度を上げる。

 雑魚をいくら相手にしてもしょうがない。

 自分がやるべき仕事はまだある。敵の戦力の中核を叩いて後々ルアス軍の侵略をうけるであろう人々を助けるのだ。

 戦場を飛び、目指すは敵のエース。



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