6.離反のセリカ
戦後、ルアス軍はその場で略奪を始めた。
いまだ血と悲鳴の匂いが香る戦場で、獣たちの飽食(ほうしょく)が始まる。
「死体から剥ぎ取るのかよ」俺はドン引きした。
兵士達は戦争中の整然とした行動からは想像できないほどの混沌とした行動を取り始めた。
倒れている敵兵から武具を剥ぎ取り、食料を奪う。
そこに慈悲(じひ)を感じることは無かった。
「これは俺のだ!」
「いいや俺が先に見つけんだ、寄越せ!」
金目の物を持っていそうな騎士階級の死体には雑兵が殺到し、物品を争いながら奪い合う。
俺は像の死体に群がるハイエナやハゲワシを思い出した。
「ひげぁぁぁぁぁあっ――」
指輪をしていた敵兵の指を、ルアス軍の兵士は刃物を使って切り取った。
「いや、普通に引き抜けばええやん。わざわざ指切る必要無くね……?」
俺の突っ込みも空しく、屠畜場(とちくば)と化した草原。
「戦場の慣習(かんしゅう)だ、覚えておくといい。この者(ぞうひょう)らも必至だ、勝ち戦の戦利品がそのまま彼らの給料になる。お前達もその内部下を持つことになるやもしれん、いちいち自分の財産を恩賞(おんしょう)に当てていれば生活も立ち行かなくなるぞ」と、アイーダが話しかけてきた。
「部下ぁ?」
呟いてみて、なんとなく納得する。
なるほど、この世界にガッツリ関わっていくなら、いずれ俺もそういう境遇を得る事になるのかもしれない。
10代で部下持ちの管理職かぁ……、うーむ……。
「この世界の"ならい"には今のうちに慣れておくことだ」
アイーダは、一つ手本を見せてやると言って俺とセリカを案内した。
アイーダは、一人の高貴そうな騎士の前に立ち、剣を突きつける。
この女騎士はいちいち絵になるなと思った、胸もでかいし。
「身代金か、奴隷か選べ」
「麗しき姫騎士殿、私は貴族だ、奴隷にするには及ばない。私の身の安全を買おう」傷ついたギト軍の騎士はおべんちゃらを使って命乞いした。
「金額次第だな」
「身につけている鎧とミスリル鉱のロングソード、それに金子に1000ゴールド払おう」
このヴェルンガルドという世界の金銭感覚は全く分からんが、恐らく大金であろう事は容易に想像できた。
敵の騎士、めっちゃ震えてるし。
「少し安いな、手を切り落として帳尻を合わせるか」
「1500払う、ただし500分については刈り入れた収穫物を換金するまで待ってもらいたい」
「交渉成立だな、立て、私のサインをやるから我々の軍の捕虜にして貰うが良い」
「感謝する、アイーダ殿」
まるで買い物をするかのように商談がまとまっているの見て、思わず感心した。
なるほど、騎士はこうやって身代金(みのしろきん)で稼ぐのか。
「敵なのに殺さないんだな」
「一銭にもならん事はせん、オークやゴブリンのような怪物は即座に処分するがな」
「大したもんだなー」
「……」
俺は俺とあまり年が違うようには見えないこの世界の女騎士の生活力に素直な感想を述べたが、セリカは複雑な顔をしていた。
「ぐ、うぅぅ……破産だ、もうダメだ。命は長らえたが……私はもう……」
傷つき、多額の身代金を支払う予定のギト軍の騎士は嗚咽を漏らしながらよたよたと歩いて行った。
「あの人、大丈夫なんですか?」
「今後は騎士としては立ち行かなくなるだろうな。財産を失えば奉公人(ほうこうにん)を養うこともできなくなる、果ては平民か農奴か。私には関係の無い事だが」
「かわいそうですね」その言葉には、若干の嫌味のニュアンスが含まれているように感じられた。
「気にするな。我々とて戦争で負ければああなる。ルアス様の元に来れた自分の運に感謝するのだなセリカ殿」
「……感謝なんて!」
セリカは吐き捨てるように言った。
空気が悪くなったので、場を和ませようと
「なんか機嫌悪いな、もしかして生理?」と言った。
「……」
俺の気遣いに帰ってきたのは冷たい視線だった。
怖い。
そうだ、ナプキンが無いのか、この世界じゃ手に入らないもんな。
俺は何かないかとズボンを漁った、すると、布があったので取り出して渡そうとした。
「これやるよ、使ってくれ」
「……」また、冷たい視線。
「んん?」
ふと見ると、俺が差し出したそれは布切れと言うか、リアムのパンツだった、しかも黒。
そうだ、こないだ脱がせた後返してなかったんだ。
「めんご」
どうやらセリカの機嫌を取る事は叶わなかったようだ。
「そろそろ自分の立ち位置を理解しようぜ、俺たちは無敵なんだよ。いつまでもグズっててもしゃあないだろ、そろそろ現実を見ようぜ。他人の事よりまずは自分の事を考えないと」
正直、セリカの気持ちも分からないわけでもない。
こいつらは残酷だ、嫌悪する事はあっても好きになれはしない。
だが現実として俺達はいまだこの世界の事を何もわかっていない。
この場は自分の事を優先すべきなのではないか?
その辺のことは彼女も理解していると思うのだが。
「そう簡単に割り切る事なんか出来ませんよ」
「俺たちは超エリートになってんだよ、 この世界じゃ名士(めいし)だぜ。選ばれた人間になったんだ」
「そうですか、貴方はそういう認識なんですね、宇田さん」
俺が説得を続ける中、セリカの顔には空虚な表情が浮かんでいるように見えた。
---
突然の事だった。
ボンッ! と音を立て、味方ガンバインが爆発した。
「宇田、セリカ、た、助けてくれ。うわーぁぁぁあああ!」
「は? なんだいきなり」
「見てください、味方のガンバインが同士討ちしてます」
セリカの指さす方向には、巨大人型兵器同士が争う姿があった。
「いや、違うぞあれは味方ではない。"ゲバラ"だ、ギト家の機械ゴーレム。動かせる奴がいたとは」と、アイーダ。
「なんで敵に機械ゴーレムがいるんだよ、お前んとこの専売特許じゃなかったのか」
「ルアス様は聡明な御方だ、先を見越し外貨を獲得すべく技術を他領へ貸し出した。その財貨で我々の機械ゴーレムがある」
「敵国に技術流出させるのはどこでもいっしょだなー」
日本も企業が北朝鮮に核ミサイルに転用できる部品を輸出して逮捕者出てたりしてたなあ……。
「流出ではない、ルアス様は大局的な物の見方をしておられる――」
「自分の大将の弁護はいいけど早く助けに行かないと味方やばくね? あのゲバラってのがどんどんガンバインぶっ倒してるけど」
俺達は走ってガンバインに戻り、起動した。
だが、その時にはこちらの機械ゴーレムの大半がやられていた。
「ひぃひぃ、アイーダさん、宇田君、助けてくれー」
米田というおっさんがボロボロになりながらやってきた。
確か、転生組の中で一番操縦が下手な40代のおっさんだ。
おっさんのガンバインの両腕は無く、もう歩く事ぐらいしか出来ない。
「他は?」
「皆やられてしまったよ、後は君達だけだ」
「貴重な聖剣士を……機械ゴーレムをここまで失うとは」
「これが貴様たちのもたらした結果だ、この暴力を、殺戮を。ルアス、貴様を討ち機械ゴーレムを滅ぼす。こんな大量破壊兵器はこのヴェルンガルドに必要は無い」
ゲバラと呼ばれた機械ゴーレムは、俺達の前に立ちはだかる。
「ギト家の長子、ヴェイル。貴様か、愚かな真似をしたものだ。そのまま逃げおおせれば助かったものを。いや、よもや貴様が聖剣士として覚醒しようとは。ならば私に力を貸せ、そうすればギト家は存続させてやろうぞ」
ルアスは馬上から、目と鼻の先で剣を振りかぶっている機械ゴーレムを挑発する。
よく生身で巨大兵器に啖呵(たんか)切れるな。ただ残虐な男なだけではないらしい。
ヴェイルと呼ばれた敵機械ゴーレムの聖剣士はそれに応えず、ゴーレムで大剣を構える。
「ハァハァハァハァ」
ガンバインを通してセリカの息遣いが聞こえる。
「ガンバインの聖剣士たちよ、諸君らはこの世界とは関係ない無辜(むこ)の民だ。私の説得に応じるなら見逃してやってもいいぞ、いや、力を貸してくれ。この男を止めなければ、この世界は誤った道を進んでしまう」
「ぶぁぁああああああああっか! なんで俺らを殺そうとする相手に協力すんだよこのボケッ!」
「成り行き上仕方なかったのだ。しかし、分かってくれ。私は決してお前達を殺したいわけではない。約束しよう、ルアスの野望を打ち砕くため協力してくれれば必ず恩義に報いる」
「あ、あなた達は何をしようとしているんですか」
「耳を課すな、セリカ」
「ルアスを討ち、機械ゴーレムをこの世界から駆逐する。この世界に大量破壊兵器は必要ない。美しく平和なヴェルンガルドを人々の手に取り戻すんだ」
その演説を打ち切るかのように
「旧式のゴーレムで私のガンバインに勝てると思うな!」
アイーダが切りかかり、ヴェイルと呼ばれた男のゴーレム、ゲバラとつばぜり合いとなる。
だが
「ゴーレム同士の戦いは魔力のぶつけ合いだ、今日一日働きすぎた貴様に魔力は残っていない、アイーダ!」
ギュイイインと機械ゴーレムが音を立てる。
確かに、敵の言う通りアイーダのガンバインは押されているように見えた。
なるほど、奴は俺達が戦争で消耗し弱体化するのを待っていたのか。
「くっ、宇田、セリカ、援護しろ!」
「はいよ」
俺がガンバインを操り後ろから敵のゲバラに斬りかかろうときたその時、セリカが立ちふさがった。
「なんだ、どういうつもりだ?」
「私はもうあなた達に力は貸せません。ルアスの言う事は聞けない、彼に手を貸します」
セリカのその声には何か決意じみた物を感じた。
明瞭に、くっきりはっきり己の意思を伝えている、そう感じた。
俺達を袂(たもと)を分かつ、つもりらしい。
「正気かお前」
「宇田さんこそなんとも思わないんですか」
「俺的には初めてあった奴の味方するお前の行動が信じられないんだけど」
「あの人が良い人かどうかは分かりません。でも、ルアスやアイーダが正義じゃない事は間違いないです。宇田さん、もうこんな事やめましょうよ」
「セリカ殿、貴公は我が軍を裏切るつもりか!? おのれぇ……宇田、セリカを斬れ」
そういうアイーダはかなり押されているようだ、ガンバインの背中の魔力噴出口からモワモワと煙のような物が出ている、かなり一杯一杯の様子だ。
これ、早く助けねーとやられるぞ。
俺は考えた。
見知らぬ世界、残虐な連中とこのままつるむか、それとも同じ日本人のセリカを信じるか。
しかし、俺の答えは初めから決まっていた。
「一回やらせてくれたら付いてってもいいよ」
「え? ど、どう言う意味ですか?」
「カマトトぶってんじゃねー!! そのでかいおっぱい揉ませろって言ってんだよ!」
初めて見た時から俺は彼女の胸に目を奪われていた。
おっぱい鑑定士(かんていし)一級を持つ俺としては、この機会を見逃すわけにはいかなかった。
しかし、俺の無垢な願いは
「い、嫌です。好きな人相手じゃないと無理です」
無残に打ち破られた。
「アイーダ! お前はどうなんだ!? 俺におっぱい揉ませてくれるか?」
「い、イイゾ! だから早くしてく――」
今にも敵にブチ殺されそうな女騎士は一も二もなく答える。
これが俺達三人の行く道を分けた。
この事件は後に、俺の心の中でおっぱい事変と呼ばれる事となった。
「よっしゃーーーーーー!!!!」
「なっ、早っ」
瞬殺。
俺はセリカのガンバインの両脚を横なぎに切断した。
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