第64話 いつか、行逢う日まで
「やっ……た――」
「美紗希!」
「美紗希ちゃん!」
最後の一撃を放ち、
「しっかりしろ、美紗希!」
「美紗希ちゃん、死なないで!」
「おと…う…さん……おかあ…さ、ん」
海斗と美波が両側から助け起こす。胸元まで真っ赤に染まった服。絶え絶えの息はいつ止まってもおかしくなかった。
「良かった……二人が、無事で。これで、私が……」
「でもだめだよ、美紗希ちゃんが死んじゃったら何にもならないのに!」
「何とかできないのか……助ける方法は!」
『一つだけ……可能性があるわ』
紗那が美波から抜け出て姿を現した。そして、海斗へと言う。
『海斗君、あと一つ私の勾玉が残っているでしょ?』
「はい……でも、これじゃ無理なんですよね?」
『ええ。傷を治すことはできないわ。でも、他の方法に賭けることはできるわ』
「他の方法?」
「お母さん、それって?」
『美紗希ちゃんを、元の時代に送り返すのよ』
「そんなことできるんですか!?」
海斗は思わず勾玉を見やる。これまで、数々の超常的な力を発揮した勾玉だが、それもまだ力の増幅と言う範疇での話だ。紗那の言うことはそれを明らかに超えている。
『元々、この子はこの時代に精神だけで送り込まれたわ。それなら、術を逆転させることで逆の道筋で戻ることができるはず。致命傷を負った肉体から離れて、精神だけを未来へ送れるはずよ』
「でも、それって美波の力だけでできるんですか?」
美波が表情を曇らせる。まだ力に目覚めたばかりの美波では霊力の総量が足りていても、そんな高度な術を使えるはずがなかった。
『方法は簡単。勾玉の力で、私の全てを美波に継承させるの。そうすれば力と術の使い方がこの子に伝えられる』
それは、かつて
『でも、美紗希ちゃんを未来へ送っても無事であるという保証はないわ。それを確認する方法が私たちにはないから。もしかしたら術の反動に彼女が耐えられないかもしれないし、送った未来で彼女は死人となっているかもしれない』
「そんな……」
紗那の言葉に海斗が当惑する。だが、今にも息絶えそうな美紗希を見ていて、このまま死なせたくはないと強く願う。
『いいの? 未来の自分たちに最愛の娘を死なせて送り返すことになるかもしれないのよ』
「それでも……」
「……うん。お母さん、それでも私たちは、その方法に賭けたいよ」
自分たちの選んだ結果がわかるのが一体何年先になるのかわからない。だけど、このまま美紗希が死んでしまうことの方が耐えられない。二人は勾玉を使う意志を紗那に伝えた。
『そう……それじゃ、始めてちょうだい』
「お母さん……」
美波が寂しげな表情で紗那を見る。最後の勾玉を使うと言うことは、紗那ともう会えなくなることを意味している。
『泣かないの。私はもう死んでいるのよ。こうしていられることの方が有り得ないことなんだから』
「でも……せっかく会えたのに。まだ、お話したかったのに」
『それは、美紗希ちゃんも同じ思いだったと思うわ……でもね、まだ彼女には未来があるかもしれない。死んだ人間にとらわれて、誰かの未来を閉ざすことだけはしちゃだめなの』
「うん……」
『結局、孫を抱くことはできなかったけど、こんなにいい子が二人の間にできるってわかっただけでも満足よ。これで思い残すことなく逝けるわ』
「お母さん……元気でね」
美波が海斗の手の上に自分の手を重ねる。共に勾玉を握り、思いを注ぎ込む。
『伊薙と
「もう……ぶち壊しだよ」
『ハッピーエンドに涙は似合わないでしょ。海斗君、美波を頼んだわよ』
「はい、紗那さんもお元気で」
紗那の姿が光に包まれていく。霊力の塊となってその力が美波の中へと入っていく。
「ずっと……一緒だから。お母さん」
美波が顔を上げる。紗那から受け継いだ力を解き放ち、美紗希に向けて祝詞を唱えていく。
「
持ち得る全ての力をもって、美紗希がこの時代へ来た
「見つけた!」
現在と未来を繋ぐ、時の道をこじ開ける。本来美波の力では行使できない術だが、紗那の力を上乗せしたことで、自分の限界を超えた力を引き出している。
「……お父さん……お母さん?」
「美紗希ちゃん、もうちょっと頑張ってね」
「……うん」
自分の体を包む温かな光の中で、美紗希が目を開ける。自分にかけられている術が何かを悟り、安心した笑顔を浮かべた。
海斗も、そんな美紗希の手を取る。既に冷たくなり始めているその手を海斗は両手で強く握った。
「そう言えば……一つだけ……気に…なってるん…だった」
「……なんだ?」
「どうして……未来の、お母さんは……私の記憶を、封じたんだろう……って」
「簡単だよ」
美波がにっこりと笑う。術はかなりの負担を彼女に強いているはずだが、それでも気丈に美紗希へ笑いかけた。
「美紗希ちゃん、絶対にカイくんと私をくっつけようとするでしょ。来たばかりの時にそれやってたら、未来が変わっていたかもしれないのです」
「……そっか。まだ、お母さん」
「うん。カイくんのことが好きだって気付いていなかったからね。カイくんだって警戒していたはずだし」
「あはは……お節介で自分を消しちゃうかもしれなかったんだ。それなら……納得」
美紗希が目を閉じる。そして、ぽつりと囁くようにその口を開いた。
「……これで、さよならだね」
「違うぞ、美紗希」
「え……?」
美波も笑う。その言葉はこの場では相応しくないと。美紗希に諭すように、そして精一杯の笑顔で彼女を送り出す。
「またな、美紗希」
「うん。未来で、待ってるよ」
それは、彼女が生まれる時。そして、彼女をこれから返す未来での話。必ずまた会おうという誓いの言葉だった。声に出せば、きっと叶うと。言霊になると信じているから。
「うん、待ってて……大好きだよ、二人とも」
「
海斗の手の中の感覚が徐々に失われてきた。美紗希の姿が薄く、まるで幽霊の時のように消えていく。
「在りし日の
美波が、最後の力を解き放つ。開いた時空の道へと美紗希を送り込む。
そして、夕陽が沈んで広がっていく夜の闇と、まだ残る金色の空に溶け込んでいくように、美紗希が光になって消えていった。
「……はあっ……はぁ……」
「大丈夫か、美波」
力を使い果たし、膝をついた美波に海斗が駆け寄る。二人の間にいた美紗希の姿はもうどこにもない。果たして無事で未来にたどり着いたのだろうか。もしかしてどこかで術を失敗したのではないだろうか。そんな不安が美波に残る。
「大丈夫」
「……カイくん?」
そんな美波の手を海斗が握った。考えてみれば思春期以降、海斗から手を握ったのは彼女の記憶の中にはない行動だった。
「絶対に、また会えるさ。俺を信じろ」
「……うん」
肩を寄せ合って空を見上げる。山の向こうからは金色にも似た明かりが空に向けて伸びていた。深雪はこの時間を
「……でも、これから大変だねカイくん」
「え?」
「だって、
「……お前な、このタイミングでそれを言うか」
意識した途端、海斗は頭が痛くなってきた。自分が答えを見つける前に答の方から来てしまったのだ。過程を丸々すっ飛ばされてしまっているので、これからどうすれば美紗希のいる未来へ繋がっているのかを考えて行かなくてはならない。
「ふっふっふ。どう切り抜けるのか、カイくんの手腕を楽しみにしているのです」
「あ、ズルいぞ。先がわかってるからって」
「未来を変えないように頑張るのです」
「いや……それ、お前にも言えるんだからな」
「へ?」
美波が首をかしげる。どうやら本当にわかっていない様だった。
「調子に乗って、俺に嫌われたらアウトじゃん」
「はうっ!?」
二人のこれからによって未来が変わってしまう可能性だってある。もしかしたら紆余曲折の末に、結局美紗希のいる未来にたどり着くのかもしれない。だが、それは誰にも分らない。だから二人は最善と思う行動をしていくしかないのだ。
「それは、それはだめだよ! 私、カイくんと子供作らなくちゃ、美紗希ちゃんが生まれないよ!」
「もうちょっと言い方があるだろ!?」
まだ付き合ってもいないのに子供の話だ。いったいどの段階から二人の関係を始めればいいのか、既にこの時点で手探りだ。
「うう……カイくんに好きになってもらう努力を頑張るのです」
「よろしい。お互いに頑張らなくちゃな」
「うん。だって、美紗希ちゃんとの約束は守らなくちゃいけないもん」
「……そうだな」
美紗希と交わした約束。再会を誓った言葉が現実のものとなるように、言霊となって縁を結んでくれるように願う。
「そのためにも、一歩一歩進んでいかなくちゃな」
「そうだね。だから……」
次第に星が増えていく夜空を見上げていた海斗の影に、もう一つの影が重なった。二人の間に時が止まったような静寂が流れ、そしてようやく言葉を発せる状態に戻った。
「えへへ……まずは、一歩前進かな」
「お前な……ああもう!」
頬を染めてクスッと美波が笑った。彼女が誰よりも大好きな男の子はそれ以上の真っ赤な顔で一本取られたと顔を伏せた。
「……いつか覚えてろ」
「いつでも受けて立つのです」
「言ったな」
顔を上げた海斗が美波を引き寄せる。予想していなかった反撃に美波はパニックになった。
「挑発したのは美波だからな」
「はわわわわ!? 宣戦布告は外交ルートを通じて然るべき手順にのっとってお願いするのです!」
「黙れ」
「ぶれーいく! ぶれ――」
その中で、また誰かの
だがその時、あなたの下にやって来る「ミサキ」は果たしてどちらなのか。
それではまた――
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