最終話 縁の言霊

 いつもと変わらない一日が始まろうとしていた。今日も朝から三十度近くの暑さを記録して、学生たちがボヤキながらも通学路を歩く一日になる。

 だがそんなある日の始まりは、街中に轟いた雷鳴からだった。


たた……何が起きたの」


 目を覚ました時には周囲が真っ白だった。目を覚ます前に大音量が聞こえた気がしたことから、もしかして落雷があったのかもしれない。そう彼女は考えた。


「……なんだか、どこかで見たことがあるような」


 天井を見れば、真っ青な夏の空が広がっていた。真下に向けてスポットライトのように日光が注いでいる。その光景は神々しさすら覚える。


「お父さんの部屋?」


 それは、初めて海斗の下へやって来た時に見た光景によく似ていた。落雷で突き破られた天井、部屋に充満する煙、部屋に散乱する木片。


「嘘……これ、まったくあの日と同じ!?」


 慌てて自分の体を確認した。体は間違いなく自分の物、自分の通っている芦原高校の女子の制服だ。海斗に憑依しているようなことはない。勝手に体が動くようなこともない。


「お父さんと、お母さんと……ぬえを倒して。でも、致命傷を受けて……どうなってるの?」


 最後の記憶が曖昧だった。朦朧とする意識の中で、何か言葉を交わした気がするが、果たして何だったのだろう。


「まずはお父さんを捜して――え?」


 そして煙がやっと収まり始めた頃、美紗希はそこがいつもの場所と違うことに気が付いた。


「この机……このベッド……この、通学カバン」


 見覚えのある品物の数々。見覚えのある部屋のレイアウト。それは海斗の物ではない。共に過ごしたあの部屋は、今は彼女の部屋として存在している。全てが記憶の中にある部屋そのものだった。カレンダーの西暦も、彼女がいた年のもの。元号も海斗たちの頃には誰一人知らなかった言葉、「令和」と書かれている。


「それじゃあ……私」


 廊下から足音が聞こえて来た。過去では音に驚いた曾祖父、武志が海斗の様子を見に来ていた。だが、今回は二人分。それも小走りで近づいてくる。その歩調には聞き覚えがある。

 とても懐かしい気がした。離れていたのは二週間半ほど。だけどその間に美紗希は命を懸けた大冒険を果たしたのだった。

 土産話を……いや、あの後どうなったのかを逆に聞かせてもらわなくては。まずは、心配していたであろう二人に元気な姿を見せてあげることこそが最大の親孝行に違いない。


「美紗希!」

「美紗希ちゃん!」


 部屋に飛び込んできた二人にあの日の姿が被る。笑顔で出迎えたかったのに、自然とその眼から涙が溢れ出て来ていた。


「お父さん……お母さん……!」


 まず最初に、美紗希がしたのは口よりも体で示すことだった。何も言えずに二人の下へ走り、その手を広げて飛び込む。


「良かった、無事で……!」

「良かった……良かったよ!」


 二人も泣くことしかできなかった。二十年以上に及ぶ不安からようやく解放された海斗と美波は心の底から美紗希の帰還を喜び、痛いほどに抱きしめる。


「ただいま!」


 あの日の約束を信じ続けて。あの言霊がえにしを繋いで、現実になるように願い続けた二人の戦いはこの日、遂に終わりを迎えたのだった。




 ミサキ~四つの御魂と縁の言霊~ 完

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ミサキ~四つの御魂と縁の言霊~ 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki

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