第43話 踏み出した一歩
「結局、記憶の鍵になりそうなものは無かったな」
カフェのテラス席で少し遅い昼食を取り、食後のコーヒーを飲みながら海斗たちは今後のことを話し合っていた。あれから記憶探しを兼ねてアーケードの中を巡ってみたものの、ミサキの記憶に繋がる手掛かりは見つからなかった。
「ごめんなさい、せっかく付き合ってもらったのに」
「いいのいいの。これはこれで楽しめたんだし」
収穫が無かったにもかかわらず、前向きにとらえる美波にミサキは少し感心する。
「羨ましいな……そんな強い気持ちを持つことができるって」
「私一人の力じゃないけどね。カイくんや
「海斗と一緒に行動していた時も思ってたけど、本当にいい友達関係なのね」
「うん……お母さんが亡くなった時も、カイくんたちがいたから立ち直れたし、今も心の支えになってくれてる。でも、
美波が目を伏せる。ほんの少しの間でも、そんな大切な存在を「いらない」と切り捨てたその気持ちは彼女にとっても辛い記憶だ。
「お母さんのことに加えて、お父さんのことがあったんから仕方ないわよ」
「そうそう。悪いのはそんな美波の心に付け込んだ
三人は病院の屋上で出会った顔のない少年。
だが人の神経を逆なでするあの言動を思い出すと今でも怒りが込み上げてくる。
「誰かを絶望に落として、その心の隙に付け込む……あんなやり口、私は絶対に許せない。たぶん、海斗の先祖や春さんも同じだったんだと思う」
「御琴と静宮先輩も同じ目に遭わせたんだろ……どこまで悪趣味なんだ」
これまでに発生した怪異も、勾玉と心の闇が具現化した
「そう言えば、豊秋さんはあれから何ともないのか?」
「それが……」
美波の反応に、二人は嫌な予感を抱く。ミサキは邪気を祓いはしたが、既に体に影響が出ていたとしたらそれを見逃したことが悔やまれる。
「過労で胃潰瘍できてた……あ、昨日のこととは別だよ。前から患ってたのに私に秘密にしてたみたいで」
「よかった……って、あんまりよくないな」
「昨日、倒れたことでお父さんもまずいって思ったんだろうね。自分から徹底的に治すために入院するって。だから一週間は一人暮らしかな」
結果的に豊秋の健康に繋がったものの、そのきっかけが
「じゃあ、私が一緒についててあげる?」
「え?」
「
これまでも深雪は教室で、御琴は芦原大橋の河川敷で、美波は海斗たちから離れた直後に屋上に誘われて
「じゃあ、悪いけどお願いしようかな」
「任せて。同じ抹茶オレンジアイスを愛する仲じゃない」
「……それが信頼の証と言うのもどうかと思うぞ」
ミサキが実体化した今、これまでのように海斗と同じ家に一緒に居ることはできない。霊体として動けなくなった彼女は連絡手段も持っていないため、誰か事情を知り連絡を取れる者がそばにいる必要がある。美波を危険にさらす可能性は以前よりも高まったが、連携は以前よりも取りやすくなったと言える。
「それじゃ、お泊りに必要なものも買っておかなくちゃね」
「そうね。着替えも必要だし、洗面道具に……色々必要よね」
「うん。すぐそこにデパートもあるし、買いに行こっか。カイくんも行く?」
「……いや、俺はこの辺で時間を潰してるよ。買って来たら荷物持ちくらいはするから」
泊まり用の物を買うとなれば下着を含めて着替えを買うという事になる。さすがに一緒に行く度胸は海斗にない。
「じゃ、早速行きましょ」
「終わったら連絡するねー」
先に会計を済ませ、二人は買い物へと向かった。一人残された海斗は珈琲を飲み終えると、時間まで本屋で時間を潰そうと思い立ち、会計に向かった。
「あ、海斗じゃん。おーい!」
カフェを出て本屋に向かっている途中、聞き慣れたもう一人の幼馴染の声が海斗を呼び止めた。声のした方を見ると、人の間を縫って御琴が姿を現した。
「偶然じゃない。海斗は買い物?」
「美波とその友達の買い物の付き合いだ」
「あはは、荷物持ちにされたんでしょ」
「まあな。御琴はどうしたんだ?」
「ん? これよ」
そう言って海斗の前に掲げたのはゴミ袋とゴミ拾い用の火ばさみだった。既にいくつかゴミを拾ったようで、袋の中に入れられている。
「ゴミ拾いのボランティア。この商店街、人がたくさん来るからたまにうちの町内でやってるのよ」
説明している間にも御琴は道端に転がっているコンビニ弁当を食べた跡と思われるビニール袋を拾い上げ、ゴミ袋に放り込む。
「この商店街は、昔からお世話になってるからね。ちょっとでも恩返しってところ」
「……それを言われたら、俺もやらないわけにいかないだろ」
「へへー、海斗ならそう言うと思ってた」
先ほどの買い物の様子から考えて、ミサキと美波の買い物はかなり時間がかかりそうな気がした。せっかくならその時間も有意義に使った方がいい。そう考えた海斗は御琴に付き合い、アーケードを来た方とは逆に歩き始めた。
注意して見ると思った以上にゴミが落ちていることに海斗は驚いた。手で拾えるものは海斗が、汚れているものは御琴がはさみで拾い上げる。
「最近、マナー悪い子が増えてるみたいなのよね。夏祭りも暴れる人が増えてきてるみたいだし」
「父さんから聞いたんだけど、今年はハロウィンイベントもやるみたいなんだ。変な奴らが来なければいいんだけど」
「東京の方とか凄いよね。酔っぱらった人とか、何かに憑りつかれたみたいだし」
「……」
おそらく御琴は冗談交じりで言った言葉なのだろう。だが、最近の事件を経た海斗にはそれを笑うことが難しかった。
「どうしたの、海斗?」
「いや……
「たくさん人が来るからね。そう言えば海斗は料理部の手伝いなんだっけ?」
「ああ、美波にハメられた」
「あはは、さすが
「ん?」
御琴が視線を泳がせる。今の今まではきはきと受け答えしていた彼女の突然の戸惑う姿に海斗も不思議に思う。
「あたし、
それはいつもの誘い方とは違っていた。いつもなら、御琴は気軽に遊びに誘う感覚で言ってくる。
「あ、えっと。忙しいのはわかってるよ。でも、休憩時間にちょっとだけでよければ……って」
そんな彼女が海斗に対して初めて見せた遠慮するような申し出。もしも断られたらという不安を抱きながらも、勇気を出して御琴は海斗を誘ってきたのだ。
「……わかった。昼頃でいいか?」
「……っ! うん!」
いつも自然体の御琴は自分の気持ちを隠して人と付き合っていけるほど器用ではない。だから海斗に自分の好意がバレているのはこの一週間で御琴も自覚していた。
そんな中で、海斗とどう接していけばいいか、彼女なりに今は頑張っているところなのだろう。今後の関係がどうなるかわからないが、海斗はそんな御琴を応援してあげたいと思った。
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