66:召喚者と魔法使いの転生を阻止せよ!
「飛ばすよ、清実ちゃん! 掴まってて!」
「どわ――あぶねーな、びっくりするだろ!」
ブリュンヒルデが手綱を操ると、ペガサスはいつもどおり勇ましく嘶きながら空を切る。
(ちょっと待て、どういうことだ、キリコとラスト・ウィザードが転生候補者? なんで?)
キリコ――俺が
文字通り、候補者を異世界に召喚する為に、その命を絶ってきた。
この世界を管理する性悪セクシーグラマラス女神――ユミルの意志に従って。
(なんでも、この世界の文明を他世界に伝播させることで、多元宇宙での版図を広げたいとかなんとか――要するに他の世界を侵略したいんだと。女神様ってあくどいこと考えるよな)
ラスト・ウィザードってのは――あるクエストで偶然遭遇した、この世界で唯一人生き残っていた魔法使いだ。手前勝手な都合で人の命を弄んできたユミルに復讐することを誓った女。同世界転生という禁忌魔法を使って、千年以上の時間をこの世界で過ごしてきた、とんでもないヤツ。
(あの二人が殺し合ってるのか?)
どちらにも殺されそうになった俺に言わせりゃ、もう勝手にしろって感じだけど。
(でも、異世界に転生しそうなら、話は別だ!)
あんな連中が転生してきたんじゃ、俺のハッピー異世界ライフが台無しになってしまう!
――ペガサスに乗った俺達は、あっという間にヨモツタワー上空に辿り着く。
タワーが建つ広場には、大きな人だかりができていた。
その中に、キリコとラスト・ウィザードがいた。
二人が戦っている――何と?
「ドラゴン――ドラゴンゾンビだよ、清実ちゃん!」
「めちゃくちゃファンタジーなモンスターじゃねーか! なんでこんなところにいるんだよ! ラグナロクの影響か!?」
驚く俺達のそばを、何かが落ちていった――グリフォンだ! 他にも、ゴブリン? オーガ? 違う何だアレ、なんかすごいの落ちてきてるぞ! タコとミカヅキモとハンバーグが融合したみたいな――直視したらSAN値減るヤツだ!
ファンタジー世界だけじゃなくて、なんか完全に相容れない世界まで融合し始めてるのか。
……嘘だろ!? 信じられるかよ!
「まずいよ清美ちゃん、異世界のモンスターに殺されたら、その魂は異世界に転生しちゃう。でも、転生先の異世界も今滅びかかってる――どこにも逃げ場がなくなる!」
「転生する度、生まれた世界が滅ぶってことか? それアレだろ、終わりがないのが終わり的な――とんだ無限地獄だな、オイ!」
細かい理屈は省くけど、要するに異世界に「近づいた」魂は、死をきっかけに転生のチャンスを得る。
今、全ての世界が融合しつつある状況は、まさに異世界転生のバーゲンセールだ。
誰が死んでもすぐ転生して、どの世界に生まれても即死んで転生、次も即死転生、次も、その次も――
間違いなく世界の終わりだな、マジで。
『清実さん! またです! 新しいクエストが! 一つ、二つ、三つ――十、百、万――』
「ちょっと待て、スクルド――」
オイオイ、まさか。
「――七十億! いえ、まだ増えてます――そちらの世界に生きる全ての命が、転生候補者です!」
……あーあ。
「異世界に転生したければこの世界を救え、ってか」
目眩がしてくる。
クリアすべきクエストの数は七十億――いや、もっと増えてるって?
いくらなんでもインフレがすぎる。
バトル漫画じゃないんだぞ。
「俺が人一人救うのにどれだけ苦労してきたと思ってんだ、ウルザブルンめ」
「……どうやら夢の実現のためには、もう一山越えなきゃいけないみたいね、清実ちゃん」
「気軽に言うなよ……山っていうか、なにこれ、もう、なに?」
ぐったりする俺の肩を、ブリュンヒルデが気軽にこづいてくる。
「大丈夫、今までと同じ。君ならできるよ。お姉さんを信じなさい!」
「……流石、女神様。ありがたい祝福をどーも」
「最悪、骨ぐらいは拾ってあげるからさ。どーんと行こ!」
……分かったよ。
せいぜいやってやるさ。他に道はないんだからな。
(まずはあの二人を止めて――協力させないと!)
俺はペガサスから飛び降りると、二百メートル近い高さを自由落下した。
昔の俺だったら、このまま落っこちて地面にでっかい穴――人型のやつ――を空けてる所だけど、もうそんなことはない。
着地の直前にくるりと身を翻して、華麗に着地を決め――
ようとしたら、ちょうど吹っ飛んできたキリコの馬鹿をかわしたせいで、無様に地面にめり込んだ。五センチぐらい。
「馬鹿、お前、いきなり飛び出してくるなよ、危ないだろ!」
「なっ、オマエ――カイラジ・キヨミ! ボクの邪魔をするなッ! 今日こそあの魔法使いを仕留めてやるんだッ」
黒い服は焼け、身体のあちこちに傷を作りながらも、キリコは元気よく吠えた。
コイツは本当に変わらない。
以前、一度は死にかけたところを助けてやったのに、相変わらずこの態度。もうちょっと愛想良くしてくれてもいいだろうに。
「お前は……夜見寺来香か。失せろ。お前達に関わっている暇はない」
「……そりゃこっちの台詞だよ、ラスト・ウィザード。お前こそ、状況分かってんのか?」
大きなとんがり帽とローブはいずれも漆黒。
その容貌の妖艶さを含めて、これ以上無いほど魔女らしい魔女――ラスト・ウィザードは、ため息交じりで頭を振った。
「そこの狂犬よりは、よほどな。今はこの世界の住民同士で争っている場合ではない」
「誰が狂犬だ! オマエがこの事態を引き起こしたんだろっ! ユミル様の世界に傷をつけるなんて、許せないっ」
あーもう、めんどくせえ。
時間がないってのに――あ、ホラ、またなんか新しいの落ちてきた。
なにあれ? 金属製のカビ? 動き回る壁のシミみたいなのも出てきたんだけど。アレ、魔法で倒せるのか?
「とにかくだ。お前ら、喧嘩する元気があるなら協力してくれ。降ってくるモンスターどもを倒しながら、普通の人達を逃がすんだ」
「どうやらこの状況を把握しているようだな。言え。事態の元凶は? 一体何が世界同士を融合させようとしている? どうやって対処するつもりだ?」
矢継ぎ早に繰り出されるラスト・ウィザードの質問に。
俺は人生最大級に深い溜め息をついた。
「俺の大ファンがいてね。ワンダラーとかウルズとか、変な渾名がいっぱいあるやつなんだけど――全部そいつがやってる。オーディンの爺さんから盗んだマジックアイテムを使って。この前、叩き折って、もう二度とできないようにしたはずなんだけど」
「ワンダラー……まさか、チアキ先輩のことか!」
そう。
キリコの先輩“
この俺の前世――“
時も世界をも飛び越えて、過去の残像を置い続ける執念深き者。
「俺はあいつを見つけて、決着をつけてくる。それまでなんとか保たせてくれ」
「……言われるまでもない」
心得た顔で、ローブの裾をひるがえすラスト・ウィザード。
敵に回ると厄介だけど、味方なら頼もしい復讐の魔女。
「……ねえ、カイラジ・キヨミ。あの人は、もう元には戻れないの?」
「戻るも何も、アレが本来のアイツだ。誰よりも本気で、誰よりも正気のつもりだ。本人はな」
チアキはキリコの師で、いい友達だった。
以前、本人達から聞いた話だけど。
キリコは何かを言いたそうにして――でも、それを言うことは出来ずに。
ただ、
「戻ってきたら、オマエも倒すからな。今度こそ」
「残念だったな。俺はようやくこの世界からおさらばできるんだ。お前と揉めるのも、これで最後だよ」
キリコは、本当に最後まで面倒なヤツだった。
ようやく顔を見ないで済むのかと思うと、晴れ晴れとした気分だ。
「……ふん。それは、いいニュースだね」
キリコは妙な表情で負け惜しみを呟く。
手近なモンスターに飛びかかっていく二人の背中を見届けて、俺はヨモツタワーを見上げた。
空の様子を見る限り、世界の融合はここから始まっている。
ということは、ここが事態の中心地だ。
(だよな、ブリュンヒルデ?)
「空間の融合深度が一番高いのは、ヨモツタワーの上空。そこが、運命が決まる場所――グーングニルが世界に空けたワームホール、だと思う」
どうやら間違いなさそうだな。
俺は“
――先端部分で跳び、羽ばたくペガサスにしがみつく。
ペガサスはさらに速度を増して、流れ星じみた光へと変わる。
雲を超え、空を超えて。
ついには大気圏の終わりが見えてきた。
広がる蒼き星の光景と、覆いかぶさる無明の闇。
その狭間に展開された魔法陣。
そこで、あの女が待っていた。
「……必ず見つけてくれると思っていましたよ。あなた」
「見つけてほしけりゃ、もっと低いとこにいてくれよ。ここ、めちゃくちゃ寒いんだけど」
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