63:花を隠すなら花園に
「残念だわァ、花井さん。あなた、素質はあったのにねェ」
目眩がする。
それは多分、大浴場に満ちる湯気とか、バスタオルからこぼれそうなチカコの胸に当てられたわけではなく。
(なんで、この人がここにいるんだ!?)
予想外の闖入者に、死ぬほど驚かされたからだ。
「あ、せ、先生……
「センセイと約束したわよねェ。『魔法は誰にも見られちゃいけない』、って」
セクシー縦セタレディこと、養護教諭の美原礼子センセー。
やはりブレずに、ハイネックセーターと白衣という格好のまま、風呂場へ足を踏み入れた。
「センセイね、秘密を守れない子って大嫌いなの。分かるゥ?」
「ち、ちが、違うんですッ、これは、その、仕方なくて、そこのッ! そこの、夜見寺来香が、無理やり、アタシの
礼子センセーはまったく動じた素振りを見せなかった。
どうやらずっと状況を監視していたらしい。どうやってかは知らないけど。
(なんだこれ、どういうことだ? 魔法使いのバーゲンセールか?)
「あたしも分かんないけど。このセンセー、普通の人間じゃない。この人の周りだけ、マナの密度が異常に高い」
そうだな、まあもう認めよう。
この現実世界にも魔法使いは存在する。
でも、美原センセーの口ぶりは、確かに『Kana』とは格が違う気がする。
「誰とお話してるの? 夜見寺さん」
――なんだって?
(嘘だろ。ハッタリだ)
「ハッタリじゃないわよォ。センセイ、あなたの心の声ぐらい聞き取れるもの」
ヤバい。コイツは本当にヤバい。
反射的に、俺は思考を打ち切った。
「ふふ。もう遅いわよォ。伝えちゃったんでしょう? あの
ちょっと待て。何を言ってるんだ?
ユミルって、あの、クール&超乳でお馴染みの謎美女か?
「残念ねェ。あなた、花井さんより、よっぽど素質があったのに。あんなオンナのお手つきじゃなかったら、手取り足取り、みっちりと教えてあげたかったわァ」
(いや待て待て、誤解だ、俺はユミルの部下なんかじゃ)
「弁解は結構。死ね」
言葉と共に。
火球が膨れ上がって、大浴場が消滅した。
――――
―――
――
―
まあ、もちろん俺は消滅しなかったけど!
当たり前だろ、異世界転生の夢を叶える前に死んでたまるかよ!
とはいえ、それじゃ面白くないよな。
少し遡ってスロー再生で説明しよう。
美原礼子センセーこと
「上級魔法、
(なにそれ絶対ヤバいヤツ!)
「下手したらこの学校が全部吹っ飛ぶヤツだよ!」
ここまで〇.二秒。
俺、
ここで〇.四秒。
「無理だよ、それじゃ防げない!」
(良いんだよ、軌道が逸らせれば!)
クソデカい火球が上に飛んでいくように、地面に対して斜めに展開。
さらにそれを放置して、チカコを抱きしめながら浴槽へジャンプ!
この辺りで〇.八秒。
仕方なくついでに『Kana』に体当りして、諸共に湯船へどぼん!
そして障壁にぶつかって、天井へと跳ねた大爆発魔法がどっかーん!!
ここで一秒ジャスト。
――――
という訳で。
いくら爆発の勢いを上に逃したとはいえ、崩壊した建物で大浴場は敢えなく消滅。
山になったコンクリと鉄骨を
「……驚いた。まさか生きてるとは」
なんて一言だけ。
コイツ、人の命を何だと思ってやがるんだ。
俺は、例の物理無効キャンセルが解除されていたことを、心の底から神に――あの
魔法を避けて瓦礫に潰されるなんて、死んでも死にきれないぞ。
「驚いたのはこっちだ、クソ魔法使いめ」
「流石はユミルの配下。不意打ちだけでは仕留めきれないか」
てか、すっかりキャラ変わってんじゃねーか。
メガネもないし縦セタ白衣も消滅して、黒い三角帽子に黒いローブの黒ずくめ。
おまけに全身に光る刺青まで入っちゃって、すっかりファンタジー世界の住人だな。
「だから話を聞け! 俺はむしろユミルと戦ってんだよ、あの面倒臭い
「……つまらない嘘を吐くな。ならば、その身に纏った”
教えてブリュンヒルデ先生!
「こっちの世界の魔法使い用語だね。要するに、
分かりやすい! ありがとう!
……俺は、シリアスな顔を崩さずに。
「オイ、あんた。ユミルの企みを防ごうとする神様を知らないのか?」
「……念話の相手はブリュンヒルデ――
ううむ、また知らないワードが出てきた。でも、まあいいや。
雰囲気だ雰囲気。
「……あんた、本当は何者なんだ。どうして魔法が使える? なんでユミルと敵対してる?」
「名など、とうに捨てた。この世界に残る、
何そのダークファンタジー。
出るとこ間違えてない? 別作品のキャラじゃない?
「それで? その偉大なる魔法使い様が、どうしてあんな被害者ヅラの馬鹿に魔法を仕込んだんだよ」
「戦いには一つでも多くの駒が必要なのでね。例え粗悪品でも、素質があるなら種を植えるしかない。我々は追い詰められているのだから」
『Kana』も『Kana』だけど、コイツも大概だな……自分の都合ばっかり押し付けやがって。魔法使いってこんなヤツばっかりか?
俺は溜め息をついた。
「どこから目線だよ、この野郎……まあいい、どっちにしろ魔法使い様はご退場の時間だよ」
「なんだと?」
俺はだいぶよく見えるようになった星空を示して、
「聞こえないか? パトカーのサイレン。今の口ぶりじゃ、あんた、ユミルから逃げ回ってるクチだろ。こんな派手な事件の首謀者になっていいのか?」
エロエロ養護教諭こと美原礼子センセー……じゃなかった、ラスト・ウィザード殿は、やれやれと言った風情で頭を振る。
「仕方あるまい。花井香奈の心は君が手折ってくれたようだしな。君の話はまたの機会に詳しく伺おう、”
そして彼女は、呪文のようなものをつぶやいた。
急激に吹き荒び始めた風が、ラスト・ウィザードの身体をやすやすと押し上げ、そのままさらっていく。
その姿が夜空に紛れるまで、数秒とかからなかった。
退場まで派手なヤツ。
でもまあ……俺も、人のことは言えないか。
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