56:パジャマ捜査会議パーティ
「ちょっと待って。それじゃ、来香一人で抜け駆けして聞き込みしてきたってこと?」
「ごめんチカコ、なんかたまたま遭遇したっていうか、巡り合わせ、的な」
むくれたチカコの顔、初めて見た。
こんな表情でもかわいいな。
あ、でもいかん、この人はマジで怒ってるんだった。
「ホントにごめん、でも、話は聞けたんだよ、ちゃんと」
言いながら、俺はチカコの隣に腰を下ろした。
ここはチカコの部屋、そして俺達が座っているのはベッドの上。
ルームメイトはチカコのことを怖がってしまって、他の友達の部屋に入り浸っているらしい。
登校前に教科書を取りに戻ってくるだけなんだとか。
……やべ、どうしよう。密室で二人きりじゃん。
しかもチカコはなんか緩めのパジャマとか着ちゃってるし。
襟元は緩めで色々見えちゃってるし、手が隠れて萌え袖化してちゃってるし。
無防備感がすごいんですけど。
(うう……また、ドキドキしてきた)
なんか部屋全体から花っぽい匂いするし。
心臓に対する負荷がすごい。
もし
とか浮かれてる俺とは正反対に、チカコは至って真剣だった。
「言ったでしょう、どんな危険があるか分からないのよ? もし、あなただけで『悪霊』に襲われたら、どうするつもりだったの?」
「悪かったよ。ラッキーだと思ったの、生徒会長さんと、もう一人被害にあった『Kana』って子がいたから」
何言っても言い訳っぽく聞こえるのは、多分チカコが本気で怒っているからだろう。
あの真っ直ぐな目に涙まで滲ませて、俺の手を取る。
「一人で先走らないで。これ以上あなたに何かあったら、私、後悔してもしきれない」
「……うん。分かった」
「約束してね?」
俺はただ、頷くことしかできなかった。
反省しよう。俺だって、チカコに辛い思いはさせたくない。
こんな悲しそうな顔、見ているだけで苦しいんだから。
「……それで。どういう話が聞けたの?」
気を取り直したチカコは、ホットココアの入ったマグカップを差し出してくれた。
俺はかいつまんで、姉小路さんの話と『Kana』さんの話を伝える。
「……姉小路さんの件は、私も憶えてる。すごい騒ぎになったから」
「こっちは今回の『りかぴょん』事件と似てるね。怪しい影がいて、怪我人が出てる」
その時、チカコも壇上にいれば、照明の間にいた影がなんだったのか分かったかもしれない。
いや、でも、彼女が巻き込まれていなくてよかった。
「まさか私のせいにされてるとは思わなかったけど」
「……チカコ、人のこと言えないよね。『自分がどう見られてるか気にしてない』とかさ」
「だ、だって、そういう噂を教えてくれる友達とか、いなかったし……」
古傷をえぐってしまった。
ごめんよ、美少女ぼっち。
「明日、体育館に行って、現場を確かめてみましょう。私なら、何かの痕跡を見つけられるかも」
……どうかな。
あまり意味があるとは思えないな。
確かに、ブリュンヒルデ曰く、『何か』が異世界を出入りしたのだとしたら、『扉』の痕跡が残るらしい。昼間の『りかぴょん』事件のときもあったそうだ。
傷口と同じように、時間経過と共に自然と『閉じて』しまうけど。
仮に見つかったとしても、その『扉』は、誰にでも見えるものじゃない。
チカコだけに見えたとしても、事件の証拠にはなりようがない。
(こんなファンタジーな事件じゃ、フツーの証拠は役に立たない)
どうやったって、状況証拠を集めるぐらいしか出来ない……
「……来香? どうしたの?」
「ああ、ごめん。『Kana』さんの話も気になってて」
彼女の話はこうだ。
「お札のセールスを断ったら、急に部屋の窓や家具が音を立てるようになった。家具が壊れたり、気になって勉強に集中できず、成績が落ちた」
「……いかにも『悪霊』がやりそうなことよね。いわゆるポルターガイスト現象でしょう?」
「うん、そう。そうなんだけど」
『りかぴょん』と姉小路さんとは、手口が違う。
確かに「悪霊っぽさ」は十分だけど……なんだろうな、この違和感。
考えながら、俺はココアを一口含んで――
「ぅ熱ッ」
「あら、ごめんなさい! 大丈夫? 水、汲んでくるわね」
めっちゃ熱かった……痛い、舌が痛い……
チカコが差し出してくれた冷水を飲みながら、俺はひーひーと唸る。
「……来香って、なんだか猫みたいよね」
「はあ? え、猫舌だから?」
「ううん。まあそれもあるけど……マイペースというか、自由な感じがね」
言われても、いまいちピンとこない。
どっちかっていうと、チカコの方が、高級な猫っぽいような。
「私、猫って好きよ。一緒にいて、落ち着くもの」
チカコが微笑む。
どこか寂しそうに、けれど、嬉しそうに。
「……小さい頃ね、私、近所の野良猫のことを家族だと思ってたの」
ぽつりと。
彼女が漏らした言葉に、俺は何も返すことができなくて。
「私、兄弟はいないし、父は会ったことがなくて、母も……いなくなってしまって。お世話になってた施設の近所に猫がいてね。私が怖いものを見たりした時は、いつの間にかその子がそばにいてくれて。すごく賢くて、かわいい子で……家族みたいに思ってた」
ふと。
窓の外に、星の灯が見えた。
「だから、その子がいなくなった時は、必死で探したわ。もしかして、私だけには見つけられるんじゃないか、って思って」
そして、静寂。
チカコもマグカップに口をつけた。
「……多分、新しく餌をくれる人を見つけたりして。どこかで楽しくやってるんじゃないかな、その猫」
「そう、かな」
「だって、猫だからね。そのうちまた、思い出したようにチカコのところに戻ってくるよ」
結局、俺はそんなことしか言えなかった。
でもチカコは、笑ってくれた。
少しだけ。
「ねぇ、来香。今晩、私の部屋に泊まっていかない?」
「……え」
「さっき言ってたじゃない? 姉小路さんが部屋で待ち構えてる、とか、なんとか……」
あ、ああ、ええと、うん、そうね。
チカコは俺の心配をしてくれてるんだよね。
「来香は、その。男の子が好き……なんでしょ? だから、姉小路さんに誘われても応えられないのよね」
「え? あ、いや……その。男とか女とか言う前に。わたし、そういうのは、ちょっと」
「嫌なの? エッチなこと」
好きだよ!! 女の子とエッチなことするの大好きだよ!!!
早く異世界で俺だけのウルトラゴージャスハーレムでウッハウハしたいよ!!!!
って叫びたかったけど。
「えっと。急に誘われても困るっていうか。わたし、そういうことは、好きな人としたい、から」
「そう、なんだ。そうよね」
絞り出せたのは、自分でもびっくりするほど、乙女な回答だった。
畜生、またブリュンヒルデにバカにされるな。
(まあでも、姉小路さんはなんか、ヤバい気がする)
あのミサイルおっぱいはマジで魅力的だけど。
一度致したが最後、骨までしゃぶり尽くされそうな……底知れなさ。
今回のクエストどころか、異世界転生のチャンスまで棒に振りそうな予感。
童貞の勘なんて当てにならないって?
うるせー馬鹿にしやが……ちゃうわ! どどどどどど童貞ちゃうわ! バーカ!
(とにかく、姉小路さんに襲われるくらいなら、むしろチカコの部屋に泊まった方が安心な気が……)
いや! オイ! その理屈はおかしいぞ!
ちょっと待て俺! よく考えろ! 冷静にクールに且つ情熱的に!
…………
「あの。ごめん、ちょっとトイレ借りていい?」
「あ、うん、どうぞ」
煮え立ちそうな脳味噌を抱えたまま、俺は狭い空間に立てこもる。
(……なあ、ブリュンヒルデ)
「言っとくけど、あたしにアドバイスを求めないでね。恋愛沙汰には疎い戦闘民族なんで」
壁から顔を出してきたブリュンヒルデは、何故かものすごく不機嫌そうな表情だった。
あのな! 違うから!
俺は異世界でハーレムを作りたいんであって、現実世界でラブストーリーやるつもりはないから!
ていうか? そもそも? ここにいるのもクエストの為ですし?
チカコを『死の運命』から救ったら、この美少女学園ともオサラバですし?
(……万が一、俺がとち狂ったら、ぶん殴ってくれな。思いっきり)
「はいはい」
言うが早いか、ブリュンヒルデはご自慢の槍で俺の頭をひっぱたいた。
「ぃぃいってぇッ!」
「ちょ、ちょっと来香!? 大丈夫!?」
「あ、ごめ、ええと、だいじょうぶ、大丈夫だから」
うおおおおお、星が見えるとかそういうレベルじゃない。
首が丸ごと吹っ飛ぶかと思った。
ヴァルキリーの腕力、尋常じゃない。化け物かよ。
「正気に戻った、清実ちゃん?」
(ああ、助かったよ畜生……ってか、なんでそんなに怒ってんだよ、ブリュンヒルデ)
彼女は目を見開き、もう一度槍の石突を構えて、それから、
「……うるさいな。バカ」
音もなく、トイレの壁を抜けて姿を消した。
(なんだ、なんなんだ……マジで頭ふっとばされるかと思った)
何か割り切れない気持ちのまま――結局、俺はチカコの部屋に泊まらせてもらうことにしたのだった。
だって、姉小路さん、完全にセクシュアルな眼してたし……
くそう、俺がもしも
あ、もちろん、俺はルームメイトのベッドを借りて、チカコとは別々に寝たよ!
当たり前だろ! 紳士だからな!
……オイ誰だ、ヘタレとか言ったやつは。
お前か。お前みたいなやつはお布団かぶってスマホでR18タグとかでエロスなやつを検索すればいいんだ。
俺もそうする。
な。一緒だ。友達。
オレタチ、トモダチ。
あ。
俺、まだ十七歳だった。ごめん、バレたら怒られるからスルーして。
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