31:クレイジーサイコ復讐鬼

 エザワ・シンゴがヤクザを殺したのは、四方津市内の高級住宅地だった。

 四方津市では最も勢力の強い鷹月会たかつきかいの幹部は、自室で殺されていた。

 遺体は全身の腱を切られ、関節を砕かれ、切り裂いた局部を口に詰め込まれた状態で発見されたらしい。


 ……計画的にそこまでやったんだとしたら、『ただのシリアルキラー』より、よっぽどクレイジーだと思うけど。


 とにかく、鷹月会幹部の邸宅への侵入は、流石の勇者エインヘリヤル候補でも荷が重かったみたいだ。

 現場からは、幹部と警備の他に、第三者の血液も見つかっている。


 それが「エザワ・シンゴの血液と推測される」と警察の内部報告書には記されていた。

 俺達は姿を消した状態で、生々しい痕の残る現場を確認したが、マジで吐くかと思った。

 血の匂いって、ホント胃に来るわー。


 さて。


 そんな血で血を洗うバイオレンスが繰り広げられた邸宅の徒歩圏内には病院が三つ。

 どれも、個人経営の小さな診療所に見える。


「ふーむ……どこから探す?」


 スマホに表示した地図を眺めながら、ブリュンヒルデ。


「まあ、普通に考えて、三つとも警察が聞き込みに行ってるよな。でも、報告書にそれらしい情報はなかった。ってことは、三つともハズレ」

「え? いきなり手詰まりってこと?」

「いやいや。怪我の治療ができて、警察が行かなそうなところがあるだろ」


 地図の検索条件を変えてみると、一件がヒット。

 多分、当たってみる価値はあるだろう。


「ーーあのさ、ここで一番偉い人、出してくんない?」


 やってきたのは、槇田動物病院。地域でも評判のいい獣医がいるとか。

 出来るだけ、精一杯、悪いチンピラっぽいポーズで俺は凄んでみせる。


 受付に座っていたベテランっぽいお姉さんは、若干怯えた表情で、


「しょ、少々お待ちください」


 奥へと引っ込んでいった。

 ごめん、お姉さん。あなたは何も悪くない。


 間もなく奥の来客用スペースへ案内される。

 待っていたのは、思ったよりもずっと若い女性だった。


「あー。私が代表の槇田です。どういったご用件でしょ?」


 グシャグシャの髪に薄化粧、分厚い黒縁メガネ。白衣を着てなきゃ、予備校にこもってる浪人生みたいな。

 ただ、レンズの向こうの瞳だけが、やけに凪いだ空気を漂わせている。


「あのさあ。アンタんとこって、人間も治療してたりするワケ?」


 不躾な質問。槇田医師はどんなリアクションを返してくるのか。


「おっしゃっている意味が、分かりませんねぇ」

「しらばっくれなくてもいいんだって。一昨日、来たっしょ? 怪我した若い男がさあ」


 テーブルにエザワ・シンゴの写真を置く。若干強めに。

 その時、槇田医師の表情が微かに動いたのを、俺は見逃さなかった。


「……いやぁ。うちは動物病院ですので、人の治療はできないんですよ」


 ブリュンヒルデが、俺の肩をとんとんと小突く。

 視線は合わさず、耳だけを彼女の言葉に傾けた。


「一通り見てきたけど、院内にはいなかったね」

(マジか。もう逃げたのか? どんな体力してんだ、オイ)


 現場の血痕はかなり大きかった。相当な重傷のはずだ。

 まともな治療も受けずに、二日や三日で動けるとは思えない。


「でも、裏のゴミ置き場に、血のついた綿とか服とか捨ててあったから! ここにいたのは間違いないと思うよ」

(犬とか猫の血じゃないのか?)

「いーや、アレは人の血だね。匂いで分かるもん、あたし」


 えええ。さすが戦闘民族……

 とにかく俺は、気を取り直して。


「関係ない、ヒトは治療できない。ああそう。ところで槇田さん、裏に捨ててあった服は、誰のものだい?」


 今度こそはっきりと、医師の顔色が変わった。


「……何のことですかね?」

「あっそ。じゃあ調べさせてもらってもいいのかな? あの血が、動物のものかどうか、ね」

「いや、それは……」


 俺はじろりと、槇田医師の顔を覗き込む。


「なあ、槇田さん。状況、分かってる? ニュースとか見てるっしょ? エザワ・シンゴはさあ、色んな所から追っかけられてるワケ。隠したりしてると、アンタんとこも火の粉かぶっちゃうよ?」

「……関係ない、って言ってるでしょ」


 できるだけ丁寧な言葉で、チンピラとしての説得を続ける。


「勘違いしないでほしいんだけどさ、俺は別にエザワに恨みがあるわけじゃないんだよ。むしろ逆。ケーサツとかヤクザとか、他の連中からヤツを守りたいんだって。そうすりゃ、俺は報酬がもらえる」


 信じられない。

 だが、これ以上、嘘を突き通すこともできない。

 槇田医師はそんな顔をしていた。


「ヤツがどうしてこんな真似をしたのか、アンタ聞いたんだろ。だから助けた。違うのかよ」

「……それは」


 もうチンピラの芝居はいらないか。

 俺はスカジャンを脱ぎ捨てて、息を吐いた。


「エザワ・シンゴは俺が助けます。このまま孤立無援でいれば、ヤツは必ず死ぬ。ヤツを死なせたくないと思うなら、協力してください」


 槇田医師は、急に態度を変えた俺を見て、何かを悟ったらしい。


「……ヤクザの使いっ走りにしては、口が回ると思ってたけど。そちら、探偵か何か?」

「ははは。まー、似たようなもんです。事件の推理は出来ないけど。で、話聞かせてもらえます?」


 彼女は、仕方なく、と言った様子で口を開く。

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