2:目覚めると、そこは異世界だった。ある意味

 青い空。白い雲。

 灰色のビル。色とりどりのサイン。

 道行く人々。舗装された歩道。


 そしてローファーを履いた俺の足。


「……ああ、そうか」


 やっぱり夢だったのだ。

 どこから? 多分、子供が轢かれそうになった辺りから。


 きっと俺は歩きながら寝ていたんだ。

 徹夜でテストをやっつけた帰り道だったから。

 よく考えたらあの女神だって、この前見たエッチなアレに似てるし。


 そうに違いない。


「いやいや夢じゃないから。現実だからコレ」


 俺ははっと振り向いた。誰もいない。


「上、上」


 言われたとおりに視線を上げる――

 そこにいたのは。


「ハロー、あたしブリュンヒルデ。ヴァルキリーやってます。これから一緒に頑張ろうね、清実ちゃん」


 ペガサスに乗った女騎士。


「……は?」


 半裸の女神フレイアよりも衝撃的だったのは、多分、状況のせいだろう。


 高く結い上げられた銀髪や、涼やかな青い眼の美貌を差し引いても、街中にペガサス乗って鎧着て槍まで持ってる人がいたら、何事かと思う。

 外国人のコスプレイヤーだとしてもクオリティが高すぎる。


 特に馬。ペガサス。

 羽生えてるし、浮いてるし。


 ていうか、なんでこの人、自分だけ異世界感出してんの? 俺の分は?


「早速だけど、クエストの時間ね。今回は――あ、いたいた。あの子」


 彼女――ええと、ブリュンヒルデが槍の穂先で示したのは、女子高生だった。


「アンドウ・カレン、十七歳」


 髪は金髪。濃いメイク。知らない制服。

 セーラーの上にのびきったベージュのカーディガンを羽織って、スカートは大分短い。


 つまりギャルだ。しかも結構かわいい。

 いや、かなりかわいいんじゃない?

 メイク差し引いても素材の良さが伝わってくる感ある。


「私立伊輪長高校二年三組。家は裕福。両親は共働きで不在がち。一人っ子。交友関係はすっごい派手で、彼氏候補が一、二、三……めっちゃモテるな、この子。まあいいや。最近はスマホのリズムゲームにハマってて、じわじわ課金額が嵩んできてるみたい」


 手元のタブレット? を見ながら、ブリュンヒルデが滔々と語る。ギャルの個人情報を。


 え、なんで? なんで知ってんの?


 ギャルが歩いていく先には交差点があった。

 信号は赤だけど、スマホに夢中で気付いてない。


「ていうか、『クエスト』って。……まさか」


 ヴァルキリー。

 聞いたことあるぞ。死人の魂を回収する女神だ。

 ゲームで見た。なんとかプロファイルだ。


 ということは、もしかして。


「いいからほら、急いで清実ちゃん! 今回ギリギリなの!」

「痛っ」


 ペガサスに容赦なく背中を蹴られ、頭から地面に突っ込みそうになる。


「ちょ、説明、説明! つか何なんだよ! 何すればいいんだよ!!」

「走る! ダッシュ! カレンちゃんのとこまで! がんばれ、若いんだから!」


 とにかく追い立てるブリュンヒルデの声。ペガサスの脚。

 俺は仕方なく走り出す――道行く人の合間を縫って、ギャルの元へ。


(なんだこれ、畜生、訳分かんねー)


 ギャルはまだ信号に気づかない。

 その集中力を他のことに使えばいいのに。


(クソ、ああもう、なんだ、どうすんだよ!)


 ヴァルキリーが出したクエスト。

 それってつまり、ギャルの魂を回収するってことか?

 俺が? 人の命を?


 つまり――あの子の死を見届けろ、とでも?


「清実ちゃん! 使って、魔法! グイグイっと速くなれちゃうから!」


 いきなり何を言い出したんだろう、このヴァルキリーは。


「集中して! 想像する! 速く、雷みたいに速く!」


 そうか。


(俺の――チート能力!)


 理解した瞬間、バシッと電撃が走ったみたいに。

 脚が速くなった。どんどん、脚だけが勝手に速くなる。


(おい、なんだこれ、オイオイオイオイ)


 俺が走っているのか、脚が走っているのか。

 とにかく走る――疾走する!


 火花さえ散らしながら、信じられないスピードで人波をすり抜ける。

 うっかりすると、息さえできないほどの速さ。


「行け! ツッコめ! 清実ちゃん!! どーん、だ!」


 何の為なのかも分からないまま。

 妙に威勢のいい声援に後押しされて。


(――!)


 俺は見ず知らずのギャルを、思いっ切り突き飛ばしてしまった。

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