第5話:精霊学

「……が、しかし一つ問題があってな」


「?」


 と、話がなんとなく纏まったようなタイミングで、津久茂先輩は歯切れの悪いことを言い出した。


「何です、問題って?」


「いや、実はお前、霊媒術使えねえんだよ」


「……えっと?」


 ええと。

 確かに今の時点で僕は、その霊媒術とやらを使うことは出来ないが……そういう話じゃないよな。


 学んでこれから使えるようになろうって話だったはずだ。先輩たちも協力してくれる方向で。

 そんで、津久茂先輩曰く、僕には最低限レベル、その才能があると——言っていた。


「……さっきと言ってること違ってません?才能がどうのって……少なくとも、僕も練習すれば霊媒術を使えるってニュアンスでしたよね」


「いや、そりゃ合ってるんだよ。お前にゃ才能はあるし、練習すりゃ霊媒術も使えるさ。ただなぁ」


 嫌にもったいぶりますね、はっきり言ってくださいよ、その問題って一体何なんですか?と言おうとして——僕は口を止めた。


 待てよ?という感じの、違和感——僕に霊媒師としての才能、、、、、、、、、がある、という津久茂先輩の言葉はまず信じるとしよう。ただそうなると一つ、矛盾が生まれる言葉を、僕は以前に聞いている——?


「……イミナさん」


 と。

 さっきから一言も言葉を発しようとしない、この場で最も慣れ親しんだ女性に、僕は振り向いて声をかけた。


 そうだ——僕はほんの数十分前、まだハドソンら二人組に襲われる前のこと、偶然にも、雑談がてらに同じようなことを彼女に尋ねていた。


『霊を見れるのは、基本的にその霊に取り憑かれた人間、、、、、、、、だけなのよ。他の精魂——霊的な存在を見るには、特別な才能が必要なの』

 

 精魂。

 とか、才能、とか。


 偶然にも僕は、イミナさんに尋ねていたのだ。あれは確か、「イミナさんの他にも幽霊はいるのか?」と訊いた時のことだ。

 その答えが、そう——幽霊はいるが、僕にはイミナさん以外の幽霊を見ることは出来ないというものだったはずだ。


「あの時確か、僕には才能が無いんですかって、訊いて……それで、イミナさんは」


「私は一言も、貴方に才能が無いとは言ってないわよ」


 先に釘をさすように言われて、僕は首を捻った。

 いや、そんなはずは無いだろう。事実あの時……と考えて、そこで僕は、ん?と思い直す。


 いや、そうだったか?

 確かにあの時、「僕にはその才能が無いってことですか?」と訊いて——イミナさんが言ったのは、


「無いほうがいいわ。ロクなことにならないから——そう答えだだけ」


 ……だった。確かにそうだ。

 イミナさんは一言も、僕に才能が無い、、、、、、、とは言っていない。ただ「無い方がマシだ」と、主観的に言っただけだ。


「……でも、それにしたって、どうしてあんな誤解するような言い方をしたんです?」


 眉をひそめて、僕は訊いた。流石にこうなると訝しむような空気は否めない。


 しかし、僕に帰ってきたのはイミナさんの声ではなく、低音質で低血圧気味の気だるそうな声——つまり津久茂先輩だった。


「どうもその悪霊は、お前を精魂の世界に関わらせたく無いらしい」


「関わらせたく無い……?それって」


「話を戻すが、お前は今のままでは霊媒術を使うことが出来ない。何故かって、その……イミナだったか?そこの女が、お前の魂を縛り付けているからさ。軟禁——という言い方が正しいかな」


 軟禁。

 決して気楽に受け入れることのできない響きを持つその言葉は、僕の胸中を再び、少しずつ掻き立てていく。


 イミナさんが——僕を縛り付けている?

 僕の何をだって?魂、と言ったか?


「順を追って説明しよう」


 困惑する僕を横目に、津久茂先輩はどこから取り出したのか、A4サイズのスケッチブックを開き、そこにペンを走らせた。

 紙面に現れたのは、簡略化された図式のようなものだった。左右にそれぞれ棒人間、その二人を分かつように縦線が一本——その他諸々、色々描き込まれているが。


「精魂っていうのはつまり、もう一つの世界なんだ。この世界の裏っ側、とでも言うべき、この世界にぴたりと寄り添ったもう一つの世界」


 ぺし、とスケッチブックに書かれた略図、真ん中の一本線の右側を叩きながら、津久茂先輩は言った。


「もう一つの、世界……?」


「精魂の世界には、この世界にあるものは全て存在する。地面も、空も、太陽も、人の作った建物でさえな。 それらはこの現実と密接に関わり、繋がっている」


「……ようは裏の世界、的な?」


「そうだな。精魂の世界で、例えばあるビルが壊れたとする。するとこちらの世界の、対応する同じビルも壊れる——と、こんな具合に干渉し合い、繋がり合う。こちらの世界で日が沈めば向こうにも夜が訪れる。全てが繋結リンクした二つの世界だ」


 言いながら津久茂先輩はスケッチブックの右側に炎のような絵を描いて、そこから左側の対になる位置にまで線を引っ張った。さらにその終点部分に、同じ形の炎を描き足す。


 例えば精魂の世界で炎が発生すれば。

 こちらの世界でも——何も無いところから、炎が発生する。


「……ん?いやでも、おかしくないですか?結局……」


 と、疑問を挟む僕。


 炎の例えで続けよう、"精魂の世界"とやらで炎が発生すると、現実にも炎が発生する——それはまあ、分かった。

 だが、炎が生まれる場所が"精魂の世界"であっても、結局何もないところから、、、、、、、、、炎が発生している、、、、、、、、という点は変わらないんじゃないのか?


 結局——理屈も筋道も通っていない。


「通らなくて良いんだよ、理屈も筋道も。精魂の世界にはこの世の法則は通じないからな。理論上どんなことでも起こり得るのさ」


「どんなことでも」


「だから霊媒術というのは、精魂の世界を介して、、、、、、、、、、現実に理屈の通らない現象、、、、、、、、、を起こす事なんだ。魂を通じてな」


「魂……ですか」


 津久茂先輩はペンで左側の棒人間から線を引き、右側の棒人間に繋げる。

 ああそういう事か……左側が僕たちのいる世界、そこにいる棒人間は僕ら肉体を持つ人間。右が精魂の世界で、そこにいるのが魂。


「いわば、こちら側、、、、に生きる人間が精魂に接触するための媒体だな。魂を介して人間は精魂に意思を伝える」


 右側の棒人間からその周りに向け、電波のような矢印が描き足された。

 なるほど……要は命令を伝えるための携帯電話のようなものだろうか?


「まあ、そんなところだ」


「……なんか、難しいですね。理解出来ないわけじゃ無いけど、ややこしいと言うか……」


「ややこしいのは分かるが、頑張って理解しろ。お前の場合ここからが本番だ」


「本番?」


「今のままじゃ霊媒術を使えないと言ったろう。魂が縛られているせいで。そっちの話が本題だ」


 ああ……そういえば、と言うほど頭に無かったわけではないが、確かにそんな話だった。

 僕には霊媒術を扱う才能はあるけど、僕には霊媒術が使えないとか——そんな感じの、意味不明ことを言われた。


 津久茂先輩の話を聞いた限り、その原因はイミナさんにある、らしいが。

 "魂が軟禁されている"、だったっけ?


「簡単に言うと、お前の魂はそこの女に、行動を制限されているんだよ。精魂に干渉出来ないようにな」


「魂を制限……?それが、軟禁だって言うんですか?」


 それは明らかに、イミナさんがいるから使えない、、、、のではなく、イミナさんが能動的に、僕が霊媒術を使えないようにして、、、、、、、、、いる、、という意味合いだった。


「だからまずは、何故だかお前に霊媒術を使わせたく無いらしいその女を"説得"せにゃならん——と思ったんだが、なんだ、意外に冷静な女だな」


 そうやって。

 津久茂先輩が、相変わらずよく分からないことを言っている中——突如として、「それ」は現れた。


 ——光。

 目を焼く、閃光。鼓膜を貫く針のような声。数多のこの世に存在する全てが、魂となり、精となり、突如として僕の前に現れた。

 光であり、音であり、生命であり、虚無ですらある"この世の全て"。まるで太陽に放り込まれたような心地だった。


「——っ、あ、あ⁉︎」


 呻くような声をひり出し、僕は膝をつく。

 全身から汗が吹き出る感触がある。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚——全ての感覚器官を通じ、脳が直接揺らされているようだ。


 本来悲鳴をあげるだけでは足りないほどの衝撃だった。しかし、僕からは悲鳴をあげる、ただそれだけの余裕すら消えている。全身を包むあまりの情報量を、全くもって処理出来ていない。


 これは——何だ?


 まったく唐突としか言いようのない出来事だった。今まで普通に立って話していたはずが、今や頭を抱え、うずくまることしか出来ない。

 

「あ……うぅ……!」


 さらに恐ろしいのは——それほどに僕の体を掻き乱すこれら、、、が、一体どういうわけか、一切不快感というものを伴っていない。

 こんな、明らかに苦痛に悶えるような姿勢をとっていながら、僕はこの状態を苦痛と思えていない。


この世の全て、、、、、、がお前に叫んでいるだろう?体の全てが掌握出来ないだろうが、それは一、二分もすれば治る。安心しろ」


「……っ、あ……!」


 遠くで——耳元で響く"全て"の声の向こうから、聞こえたのは津久茂先輩の声だった。


 この世の全て。

 全て——この世界そのもの、、、、、、、、

 この世界そのものと繋がった、もう一つの、裏側の世界——そうか。


 これ、、が、"精魂"なのか。

 魂によって認識できる、目に見えないもう一つのこの世界そのもの、、、、、、、、


「っ……」


 津久茂先輩の言った通り、謎の光や音は段々とその勢いを落としていき、ほとんど二分が過ぎた頃、僕の前には元通りの世界が鎮座していた。

 目には強烈な光の残像が残っているし、耳には未だ囁くような轟音がこびりついているが、しかしこれは、無視できるレベルだった。


「どうだった、初めての精魂は」


「……どうも、何も……何なんですか、あれ。いきなり馬鹿みたいな量の光と音が、襲ってきて……あれが精魂なんですか?」


「おい、勘違いすんな。精魂は怖いもんじゃねえよ。今お前が見たものは、暗がりから直射日光の下に出た時に、目がくらんだようなものだ。後天的に霊媒術の才能に目覚めたやつは必ず経験する」


 暗がりから——出て。

 目を——開いた?


「お前の魂はいわば、今まで目だけじゃない、耳も感覚機能も、その全てをそこの女によって塞がれていた、、、、、、


 だから才能があっても精魂を認識することが出来なかった。

 目を塞がれていれば、見えるものも見えない。


「……イミナさんが、……どうしてそんなことを」


 ぐらつく頭を手のひらで何度か叩きながら、しかしイミナさんに視線を合わせることが出来ないまま、僕は尋ねた。


 今までの言動から、何故か彼女が、僕に精魂の世界に立ち入って欲しくないらしいことは理解できた。だからそれが分かって、流石に「はいそうですか」と何も聞かないというわけには行かない。

 今まで事実、僕に霊媒術は必要なかったが——だとしても、イミナさんが僕の「魂」に、何も言わず勝手に干渉していたも、また事実だ。


「私は」


 イミナさんは、淡々と言う。


「今まで必要がなかったから、彼に目を背けさせていただけよ。必要のない、幸せじゃないものから、彼を守ろうとしただけ」


「……随分と身勝手な理論だな」


 言葉を返したのは、津久茂先輩だった。

 まあ僕には、実際のところ何が何だか未だよく分からないので、適当な行動に思えた。


「幸せじゃないだと?根本的に、悪霊、お前がいるせいで領場は巻き込まれたんだ。必要がなかったと言うが、これほどの才能、順当に育っていればあんな連中は歯牙にも掛けなかったはずだ。お前がこいつの目を塞いでいなけりゃな」


「それらの言葉を、否定するつもりも要素も私には無いし、仮にレンくん自身が私のした事に対して、贖いとか罰を求めるなら、甘んじて受け入れるけれど——貴方になら、文句を言われる筋合いは無い」


「ちょ、ちょっと」


 たまらず僕は口を挟んだ。

 この険悪さ——適当な行動という解釈は間違いだった。考えてみればこの二人は、お互いに警戒するような態度をとり、敵意に近い視線を交わしていたのだ。それが言葉を交わせば、こうなるに決まっていたはずなのに。


「あの、喧嘩をしないでください。僕は大丈夫ですから……」


「ああ?あのな領場、喧嘩とかじゃなくてこれは……」


「イミナさんが今話したくないって言うんなら、それで良いです。ちゃんとした理由が、彼女にもあるはずですし」


 僕としては場を収めるための言い繕い半分、本音半分と言ったところの発言だったが、この一連の言葉に、津久茂先輩は思い切り眉をひそめた。

 いや、周りをよく見ると津久茂先輩だけではない。八百萬先輩も、小山先輩も似たような表情を浮かべている。


 イミナさんは——変わらないか。


「あの……?」


「随分と信頼しているんだな。その悪霊を」


 信頼って、そうじゃなくて。

 いや、そうなのかも知れないが……少なくとも十年彼女と一緒にいた僕に言わせてもらうと、イミナさんは間の抜けた世間ズレしたところもあるが、決して思慮のない人物ではない。

 普段から僕の身を普通に真っ当に案じてくれている面もあるのだし、それに返して、ある程度の人間的信用は当然だと思うんだが……。


「……こうなった今、例えば俺は、お前の身からその悪霊を祓う、、事もできる」


 津久茂先輩は唐突に、そんな物騒なことを話し始めた。


「お前が望むなら——そういう事を、選択肢としてお前に提示するつもりだったんだが」


「祓うって、それじゃ、あの二人と同じ……」


「だが、いらねえんだな、、、、、、、、そういうのは。お前は現状維持で構わないと」


 現状維持、というのは——何か、現状が良い状態では無い、とも取れる言い方だった。


「現状維持、っていうか……僕は十年彼女と一緒にいたんです。それを今さら変えたいとは、思わないですよ」


「…………ふん」


 ところで、さっきから、僕やイミナさんとの対話や説明は、全て彼に任されたいる節があった。そもそも八百萬先輩や小山先輩は、理屈立てて人に物事を話すようなタイプではないので、まあ当然の人事ではあるが……傍観を貫くその姿勢は、自己主張の激しい二人にしては不自然にも見える。


 と、僕がちょっとした違和感を懐き始めた時、津久茂先輩が「いいだろう」と吐き捨てるように言った。


「それなら、もうかったるい話はやめにしよう。めでたくお前の抱えてた問題は消えた。今後のことを話そう」


「今後のこと、って?」


「あの二人組のことだよ。一時的に撤退したとはいえ、時間が経てばまたやつらは、お前らを狙ってくるぞ」


「!」


 それは——良くない。

 というか最悪だ。確かに、対策をきちんと練らなければならない事案だろう。


「ていうか、あいつらは一体何なんですか?イミナさんと、ハドソンの方はついでに僕を狙ってたってのは分かりますけど、具体的に……」


「……キリスト教に数多く存在する"宗派"の一つだよ。流石に常識として知ってるだろうが、キリスト教って宗教は、世界の"創造主"を信じる一神教だ。だから俺たち霊媒師とは、どうしても対立する」


「えっと……霊媒師、ていうか日本では、色んなものに神様が宿るって考え方なんですよね」


 伝統的に、この国にそういう慣習が根付いているのは確かだ。長く使った物には神様が宿るというおとぎ話を、日本で生まれ育って聞いたことのない人はいないだろう。


 多神教と、一神教。


「父なる創造主がこの世界を創った。そのほかに神なんて存在しない。だから、そこら中に神様が宿るなんて言う連中は異端、、異教徒、、、だ、ぶっ殺してしまえ——と、まあ、こんな具合の思考形態だな」


「キリスト教徒ってそんな物騒な人たちだったんですか……?」


 僕がこれまで出会ってきた人の中に、確率的には少なからずいたはずだぞ、キリスト教徒。


「あくまでキリスト信者の名を借りた、一組織だよ。連中は宗教徒というより、もはや傭兵部隊に近い。一宗派と言ったが、その規模は絶大だ。水面下で世界中の十字教徒キリシタンと繋がりを持ち、時には依頼を請け負って、世界中の異端を狩っている」


「…………そんな連中が」


 そんな奴ら——この世に実在するのかよ。

 キリスト教の実働部隊、とか。漫画の中の話だと思っていた。


「奴らは忠義者ジューダスと呼ばれている」


「ジューダス——?」


「ユダ、という意味だ。イスカリオテのユダの、まあ、別称みたいなもんだな」


 ユダ——イスカリオテのユダ。裏切りの、十三番目の弟子。

 知らない人はまあ、流石にいないだろう。


「イエスキリストが聖人として昇華されるための、最後の必要悪——そんな由来らしい。神のために神の教えを破る"忠義者たち"。あの二人組は、そういう奴らの手先だ。話は通じねーよ。とは言え、次に奴らが襲ってくるまではある程度猶予があるはずだ」


「猶予?」


 訊き返した僕に答えをくれたのは、八百萬先輩だった。


「津久茂が出しゃばったんでしょう?だったらその二人はすぐには動けない。上司に連絡する」


「上司……ですか?」


「イギリスとかイタリアにある、奴らの本部に連絡する。判断を仰ぐ……つまり、あなたは脅威査定にかけられる」


「レンちゃんが出会った二人はあくまで下っ端なんだよぉ。組織に従って動く組織の手足。だからぁ、自分たちの判断で勝手なことはできないのぉ」


 八百萬先輩の言葉を引き継ぐ小山先輩——つまるところ、その脅威査定とやらの結果が出るまで、あの二人は僕らを襲って来ないと、そういうことだろうか?


「……だったら、その猶予はどれくらいあるんです?」


 脅威査定の結果——多分僕らは、「危険ナシ」とはならないのだろう。

 いや、僕は今のところ何の力も無いちっぽけな学生だし、このまま放っておいて貰えれば奴らに害もないはずだ。僕を狙うことについて、奴らには損も得も存在しない……だが、連中の行動理念がそういう損得勘定、、、、に基づいていないことは分かった。


 自分たちに害があるかどうか、ではなく。

 自分たちの神に背くかどうか——そこにあるのは損得では無い、ただの思想だ。


 利害など度外視し、自分たちの「正しさ」で動く。奴らは「正義」で動いてる。


「正義かぁ、言い得て妙ではあるわねぇ」


「言い得て妙、ですか」


 正義。あいつらが、あんな奴らが正義、、か。


「でも、多分あいつら三日くらいは動けないんじゃ無いのぉ?その間は安心——」


「いや、二週間だ」


 小山先輩の予測に、津久茂先輩が口を挟む。

 

「連中はいつも組織の規模を超えた仕事量を抱えている。ド低脳の馬鹿ども。行動の遅い奴らだ、それくらいはかかる」


「二週間……ですか」


 二週間。半月だ。


「とはいえその間も、下手に外は出歩くべきじゃねーだろうな。とりあえず領場、もう夜も遅いし、お前ここに泊まれ」


 言われた時計を見ると、時刻はすでに十二時を回っていた——日付け跨いでるじゃねえか、眠いはずだ。


「明日、つーか今日だが、放課後お前の家に必要なもんを取りに行こう。最低限の自衛が出来るようになるまでは、この部室に住むくらいのつもりでいた方がいい」


「自衛、って言うと」


「霊媒術だよ。そっちの方も明日から始めよう」


 あの魔法のような力を、少なからず僕が使えるようになる——という考え方をすると、不謹慎にも、楽しみな気もしてくるから不思議だった。


「……あ、それとお前、もう一つ忘れるなよ」


「忘れるな?って何をですか」


「準備だよ、準備」


「準備?」


 何の話だ?霊媒術とか、そっち関連のことで僕に出来る準備など、一つとした無いはずなんだが……。


「違えよ馬鹿、来週の土日は文化祭だろうが」


 話の流れからすれば、一見場違いにすら思える言葉を聞いて、僕は首を傾げる。

 それからその言葉を頭の中で咀嚼して——津久茂先輩が言っているのは至極真っ当なことだと、理解した。


 文化祭。

 そういえば、もうすぐだった。


「せっかく泊まり込むんだから、準備進めといてくれよって話だ。まあ捏造のCG写真飾るだけだから、やることなんてほとんどありゃしないが」


 

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