99.女子会①(ミア視点)

 九月も終盤に差し掛かった頃、ミアは従姉のミモリ・カルラの家に遊びに来ていた。カルラとは十歳以上年が離れているが、小さなころからよくかわいがってもらっていたし、何より今は客間メイドとしてエリカがミモリ邸で働いている。

 エリカにも会いたいが、カルラは先月三人目の子どもを産んだばかりだ。両親がお祝いの品を贈ってはいたものの、色々邪魔をしてはいけないと言われていたので訪問は我慢していたのだが、そのカルラから「面白いものを見せてあげる」との誘いを受けてやってきた。

 年の近い仲良しの叔母、ユリアも一緒だ。


「カルラさん、面白いものって何? そろそろ教えて?」

 ミアは眠い目をこすりつつ、あくびを懸命にかみ殺す。見るなら朝のほうがいいだろうという提案で、昨夜はお泊りだったけれど、ミアは朝に弱いのだ。

 昨日は土曜だったのでエリカは休みだったけれど、久々にロヴィーやマルクとも遊べたし、赤ちゃんはめちゃくちゃ小さくて可愛かった! ミモリ家初の女の子でリーンと名付けられたそうだ。

 ――ゲイルが赤ちゃんの時もこんな甘い香りがしたなぁ。

 今回はお留守番の弟が生まれた頃を思い出し、ミアはにっこり微笑む。

 赤ちゃんはよく眠る子らしく、まわりをミア達に囲まれても我関せずと言った体でスヤスヤ眠っていた。今朝も早くにミルクを飲んで、また眠っているようだ。


 あまり会えない他の従姉にも会えて楽しい時間だったけれど、カルラは何を見せてくれるのかまだ教えてくれない。


「そろそろよ。あ、来たわ。驚かせちゃうといけないから、静かにこっそりのぞいてね」

 手を口元に当てて「ふふっ」と笑いをこぼしたカルラの合図で、窓からそっと外をのぞき込む。

 何か珍しい鳥でも飛んできたのかしら?

 そんなことをコソコソ話しながら外を見たミアは、「まあ」と小さく感嘆の声を上げた。


 ちょうどエリカがミモリ邸にやってきたところだった。

 エアーリアの件があるからとのことで、調査員であるアルバートが常に側についているという話は聞いていた。だからエリカの隣にアルバートがいることに何ら不思議はないのだけれど、二人の雰囲気がなんとも素敵なのだ。


 もともとエリカは太陽のような輝きの素敵な女性で憧れの人だったけれど、事故で記憶を失った彼女は、そこに神秘的な雰囲気とふんわりとした柔らかさが加わったように見えた。

 彼女が社会勉強として派遣メイドとして働くと聞き、一月後にはミアの実家に侍女として来てもらうことにもなっている。

 侍女は本来学校に通えない令嬢のためのメイドで、一緒にマナーやダンスなどを習う友人のような役割だから、本来ミアには必要ない。でも今回はかなりわがままをいって叶えてもらった。

『エリカ様は常識を一から学ばなければならないのだから、一緒に学べたらお互いのためになるわ! エリカ様が一緒ならいっぱい頑張れるもの!』

 どうやらそう主張したのがよかったらしい。

 実際には、すでに一度エリカに会っている母自身が、内心一番楽しみにしてるんじゃないかとも思っているのだけれど(今度は自分もメイクをしてもらいたいと呟いているのを耳にしたし)。


 そして今。

 約二か月ぶりに見た今のエリカは、たぶんどこにいても以前にもまして人目を引くだろうと思った。何をしているわけではないのに、ただ目を奪われるのだ。

 そんな彼女から、輝くような笑顔を向けられているのはアルバートだ。

 そのアルバートがエリカに向ける視線は、ミアが今まで見たこともないくらい優しくて、見ているこちらがドキドキするくらい。ただ二人で何かを話しながら歩いているだけなのに、見ていると胸がいっぱいになって涙がじわっと浮かんだ。


 その気持ちをあえて言葉にするなら――

「なんだか尊い……」

 ユリアのささやきに、ミアはこくこくと頷く。そう。これは尊い光景だ!


 まるで一服の絵のような、幸せで美しい光景だった。

 エリカがアルバートとのことを考えてくれたら嬉しいとは思っていたけれど、きっと彼女は受け入れてくれたんだと思うと、胸がさらに高まる。


 ――エリカ様がアルバート兄様と結婚したら、私とも従姉妹ってことでしょう。嬉しすぎる。


 あまりにじっと見ていたためか、視線を感じたらしいアルバートがふとこちらを見上げる。ばっちり目が合ったミアが硬直していると、彼は「静かにね」とでも言うようにウインクをした。それに気づいたのかエリカが何か尋ねると、何でもないという風に首を振っている。

 窓の陰に隠れて見送っていた一同は、二人の姿が見えなくなると一斉にほおっと大きく息を吐いた。


「驚いたわ。アルがあんな顔を見せるなんて」

 呆然としたようにそう言ったのは、やはりミアの従姉であるアネッタだ。オーラフ伯父の娘でカルラより二歳年上の二十八歳。

「でしょう。アルってば、エリカさんが大切で仕方がないって感じなのよ。見てるだけで、なんだかこう、幸せになる二人じゃない?」

 カルラが口元に手を当て、ころころと楽しそうに笑う。

「だからね、エリカさんがうちにいる間にみんなに見せたかったのよ」

 ただし女子限定でねとカルラが付け足すと、まるで共通の秘密を持ったかのように楽しくなって、みんなで声を殺しながらもクスクスと笑ってしまった。


「アルが女性といるところを見るのは珍しくはないけれど、今までの人とは全然違うわね。それにアル自身もずいぶん素敵になったんじゃない? 彼女の影響かしら」

 首を振りながらそう言ったのはドリカ。アネッタの妹で二十五歳。従兄弟の中ではアルバートと一番年が近い。

「そうよ。アルはエリカ様のおかげで素敵になったのよ」

 ユリアがまだ夢を見ているかのような表情でそう言うと、二十代組の三人が興味津々と言った顔で身を乗り出した。なのでミアも、

「エリカ様は、その人のもつ魅力を引き出す天才なの」

 と、自分のことのように胸を張る。そしてイチジョーでの茶会のことを二人で事細かに説明すると、三人は目を輝かせながら「まあ」と言った。


「たしか、エリカさんは記憶を無くされているのよね?」

 確認するようにドリカがカルラを見ると、カルラは頷き「小さい頃のことは少し思い出したみたい」と教えてくれた。

「エリカさんは小さいころ、白薔薇亭でアルに会ってるのよ。アネッタ、ドリカ、覚えてない? アルについて回っていた小さい女の子のこと」

 アネッタがハッとしたように目を瞬かせる。

「もしかしてアルのことを、アールとかルーって呼んでいた、あの小さな女の子? あれがエリカさんなの?」

「そうなのよ!」

 カルラとアネッタがパンと両掌を合わせると、ドリカも「そう言えばあの子、エリカの印を持っていたわね」と頷く。


 今度はミアとユリアが身を乗り出すと、三人はエリカがロヴィーたちくらいの頃の話を教えてくれるので、あまりのエピソードの可愛さに身もだえした。

 アルバートの後ろをついて歩いていたエリカが、今は彼の隣を笑顔で歩いているなんて!


「でもちょっと待って。まさかと思うけど、彼女があの・・イチジョー・エリカなの?」

 何か焦ったようなアネッタに、まじめな顔になったカルラが頷く。

「そう。そのイチジョー・エリカ」

「えっ? じゃあ、婚約を止められてるのってアルだったの?」

 その発言に、今度はミアとユリアもギョッとした。

「それどういうこと?」

 ユリアの低い声にアネッタが気まずそうな顔になり、まだ事情が分かっていないようなドリカをチラッと見た。


「今年エアーリアが戻ってくるかもしれないことはみんな知ってるわよね? イチジョー・エリカという女性は、ほぼ間違いなく聖女だと考えられていると聞いているわ。伝説と同じ名前で、古くは王家の血筋で、しかも綺麗な印を持っているんだもの。当然よね」

 アネッタが一言一言確認するように話すのを聞きながら、ミアは誇らしさ半分、不安半分で胸の奥がソワソワしだす。

 エリカが何か活躍する様は見てみたいけれど、それが彼女を不幸にするなら絶対やめてほしいと思う。ミア達にとってエリカはただの憧れの存在ではない。偶像でもない。大切で敬愛する友人でもあるのだから。


「今年何も起きなければそれでいいんだけど、もしエアーリアが戻ってきたとき、その……国民は今まで以上にエリカに特別な感情を抱くでしょう。伝説を考えたら、また新しいリュウオーと出会って結ばれるかもしれないと考えるかもしれないし、もしかしたら王妃にって声が上がるかもって。――ああ、そんな怖い顔をしないでよ。私が言っているわけじゃないわよ。ただ、女王陛下の周りでその可能性があるのではって話があるって聞いているだけ。私だって聖女エリカがまさか十代の女の子だなんて思わなかったのよ!」

 自分より若い娘が義理の母とかありえないとアネッタが頭を抱えると、事情を把握したらしいドリカも唖然としたように首を振った。

「どう見たってアルとエリカさんは恋人同士じゃない。あんなに幸せそうな二人を王家が引き裂くつもりなの? 嘘でしょう?」

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