27.ファンクラブ(ミア視点)
普段のミアであれば、ここは礼儀正しくエリカに礼を述べ、速やかに
ミアは十四歳だが、実年齢より幼く見られることが多い。
七歳年下の弟が生まれるまで、親族間でも一番年下で可愛がられたことも大きいが、丸い顔のせいか、見た目でも二・三歳は年下にみられることが多いのだ。その分、人前に出るときは年相応、もしくは大人びた言動を心がけてきたのだが、普段の心がけはエリカを前に一瞬で吹き飛んでしまった。
エリカの持つ独特の空気感にうっとりし、一秒でも長くそばにいられないものかと考えてしまう。だが、
「姉さま?」
不思議そうにミアをみるゲイルの声にハッとし、急激にばつが悪くなる。
「ごめんね、ゲイル。この方は、姉さまがずっと憧れてた方だから、つい嬉しくて舞い上がっちゃったの」
ゲイルに説明しつつ、エリカに黙礼する。
「子どもっぽい振る舞いをしてしまったわ」
そんな、独り言のような小さな声にエリカが笑みを深めたのに気付かず、ミアは表情筋を総動員してもう一度淑女然とした顔を作る。憧れた人の前だ。ならばなおさら、努力の成果を見てもらわねば! と、ひそかに気合いを入れた。
「こちらこそ、お目にかかれて光栄です。私、以前ダンスの大会でエリカ様が踊るところを見たことがあるんです。それでエリカ様の大ファンになったので、つい興奮してしまって……」
「姉さま。エリカさんが、いつも話してた人なの? ハナ……むぐ」
「そうよぉ、ゲイル。この方が、イチジョー・エリカ様」
ハナの名前を出そうとしたゲイルの口を慌ててふさぎ、ミアはにっこりと笑いながら弟に黙れとにらみつけるという高等技術を発揮する。ハナのことは言ったらだめ! さすがに本人にばれるのは恥ずかしすぎる!
その様子にエリカはクスクスと笑いながら、ミアにも座るよう勧めてくれた。エリカはフットマンにもう一度保安所に連絡を頼んでくれたということで、侍女が迎えに来るまで休んでいけばいいと言ってくれたのだ。
――ああ、これは白花会で大いに自慢できる出来事だわ。
ミアは心の中で快哉を叫んだ。
エリカの隣に座れるなんて夢みたい。いち早くイチジョーに来ることもうらやましがられたけど、本人とお話しできるなんて機会に恵まれるなんて!
だが興奮が落ち着いてくるにつれ、エリカがまだ病み上がりだということを思い出す。記憶にある姿より大人っぽいのは、彼女がずいぶんやせたからだろう。決して不健康そうには見えないが、以前には見られなかった儚げなエリカの様子に胸が痛んだ。
「あの、エリカ様。一つうかがってもいいですか?」
改めて問うミアに、エリカは小首をかしげ
「ええ、もちろん。なんでしょう?」
と言ってくれる。
ああ、本当にエリカ様と会話してるわ、私!
ついついそんなことを思いつつ、表面上は落ち着いた態度を崩さず、
「あの、新聞で事故にあったことを知りました。お体の具合はもうよろしいのですか?」
と聞いてみた。
「新聞?」
だがミアの言葉に、エリカはそう言って目をぱちくりとさせる。
その様子に、しまった! と、思わずミアは口元を押さえた。
ファンクラブは非公認だ。だから仲間内で作る新聞も仲間だけで楽しむものであって、外部の人間は見られないし、ほとんど見せることもない。そしてエリカ本人にはファンクラブのことはもちろん、新聞の存在自体教えていないのだ。にもかかわらず、ミアはぽろっと漏らしてしまった。
どうしよう。怒られてしまうかしら。
「すみません。新聞社の記事ではないんです。私、エリカ様のファンクラブを作っていて、その新聞なんです」
首をすくめつつ上目遣いでエリカの様子をうかがうと、彼女は目を丸くし、
「まあ……」
と言った。
「あの、別に変な新聞ではないんですよ。ファンクラブの会員が当番制でエリカ様のことを書く、本当に小さな新聞なんです。会員限定ですし、内容も普段は着ていた服や髪型なんかの話題とか、えっと、ダンスのこととか、成績のこととか。あの、見習いたいなぁって思うことが書いてあって、ほんと、変な内容じゃないんです!」
しどろもどろになりながら懸命に説明するミアに、エリカは少し考え込むような仕草をした。
「エリカさん、姉さまの新聞すごいんだよ。きれいな模様で見た目もきれいなんだけど、読むと姉さまはいつも、エリカ様に近づけるよう頑張る! って言ってたんだ」
突然ゲイルがニコニコしながら発言し、「ね?」という風にミアを見た。
それは、「ぼく、よく知ってるでしょ。褒めて」と言わんばかりの可愛らしい笑顔で、ミアとしては余計なことを言わないよう叱りつけたものか、本人に知られたことの恥ずかしさにのたうち回るべきか、それとも彼の頭をなでてやるべきかわからなくなりオロオロしてしまう。
「ミアさん」
「あ、はい!」
「その新聞に、事故のことはどのように?」
「あ、あの」
どうしよう。
正直に話したほうがいいのだろうか。
「あのね、エリカさん。記憶がないって本当?」
「ゲイル!!」
無邪気なゲイルの発言に、ミアは思わず悲鳴のような声が漏れる。
なんてことを、なんてことを、なんてことをぉ!
ああ、失敗した。下の兄弟がゲイルだけだから、ついついエリカ様の話を聞かせ続けたことがあだになってしまったと、ミアは半泣きになった。だがそんなミアをよそにエリカはゲイルに微笑みかけると、
「ええ、本当よ」
と、何でもないことのように答えたのだ。
「なんにも? 名前も?」
「そう、名前もわからなかったの。すごいでしょ」
「すごい! じゃあ、見るものみんな初めてなんだね! お勉強も? 僕ね」
「ゲイル!」
勘弁して。
思わず弟の口をふさいだミアは、このままどこかに消えてしまいたい思いに駆られた。だが、他の会員のためにも誤解をされるわけにはいかないと、一生懸命言葉を探す。
「あの、事故のことも記憶のことも、公にはなってないんです。ごめんなさい。私は内内の情報で知ってしまって。悪気とかはないんです」
だからおねがい、嫌いにならないで。
目の奥が熱くなり、エリカの顔を見られなくなったミアに、エリカは大丈夫よと言った。
「ミアさん、泣かないで。少し驚いただけなの。けっして、怒ったりしてないわ」
「本当ですか⁈」
困ったようなエリカの言葉に、ミアは縋り付かんばかりに飛びついた。エリカはクスッと笑うと、
「ええ、もちろんよ。ねえ、その新聞を私も見てみたいんだけど、見せてもらうことはできるかしら?」
と、面白そうな笑みをたたえた目でミアを見る。
「え、えっと」
「私が記憶を失くしたのは本当のことです。私のことはきっと、ミアさんたちのほうが詳しいわね。だから、以前の私がどんな風だったのかを客観的に読めるなら、とても嬉しいと思ったんだけど、ダメかしら」
その言葉に、ミアは頭を後ろから殴られたような衝撃を受ける。
エリカが記憶喪失だということを分かっていたはずなのに、実際はまったく理解していなかったことにようやく気づいたのだ。もしかしたら、物語のヒロインのようだと面白がっていたのかもしれない。なんて失礼なことをしてしまったんだろう。
エリカ自身は気に病んでるようには見えない。だが、自分がある日突然何も覚えていない状態になったら? そんなことを想像した途端、ミアは恐怖にゾワッと全身が粟立った。
「もちろんです。すべてお見せします」
だがさすがにここへ新聞を持って来てはいないので、ワンセットを自宅から取り寄せる約束をする。
図々しいのは承知だが、直接エリカの元へ届けてもいいかとも聞いてみた。来週は母たちがイチジョーの学園に行くことになっている。自分たちは留守番の予定だったが、その時について行ってもいいか、と。
「それに関しては今すぐ回答できないの。ごめんなさいね。あとで連絡してもいい?」
「もちろんです。待ってます!」
侍女が来るのを待って、宿泊先のデータをエリカに渡してもらう。
「じゃあ近いうちに、また会いましょうね」
そう言って笑ってくれたエリカに、ゲイルは無邪気に手を振り、ミアはただただ何度も頷いた。
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