4.見知らぬ部屋
目が覚めたとき、萌香は自分が一体どこにいるのかわからなかった。
見慣れない天井に戸惑い眉を寄せると、左目の上に痛みが走る。
そっと手で触れてみると、萌香の左瞼の上に大きめのガーゼのようなものが貼ってあった。
萌香は心の中で首をかしげつつ、始めは目だけを左右に動かし、耳を澄ます。
しんとして周囲は薄暗いが、それはベッドの周りを厚手のカーテンが覆っているからだと気付いた。
「ここ、どこ?」
誰にともなく言ってから、今度は口内の違和感に萌香は顔をしかめた。唇の内側を舌先でさわると縫ったような感触の大きな傷があるのがわかるし、そっと起き上がると体中のあちこちが痛い。
裸足のままゆっくりと寝台を降り、萌香はそっとベッドのカーテンを開けた。厚手のカーテンは遮光性が高いらしく、部屋は大きな窓から差し込む、やわらかな太陽の光に満たされていた。日の感じから多分朝だと思うが、今一自信がもてない。
怪我をして寝てた、見知らぬ部屋……。病院、だろうか……。
こげ茶色の肌触りのいい床を、萌香は裸足のまま、目の前の大きな窓に向かって一歩踏み出す。何かふわっと軽いような奇妙な感覚があったが、次の瞬間右膝に痛みを感じ、ぐっと歯を食いしばった。萌香が着ていた白い
「私、いつこんな怪我をしたの?」
傷の感じから、ケガをしたのは何日も前だろうということは萌香にもわかる。
だが何があったのかさっぱりわからない。
戸惑いつつベッドを振り返ると、てっきり病院のベッドだと思っていたそれは、天蓋付の大きなベッドだった。その豪華な作りに、まるでお姫様仕様だとびっくりする。
左に目をやるとほかにも家具があり、萌香が最初に思ったよりもずいぶん広い部屋だった。周囲の家具も、ベッドと同じようなデザインで上品にまとめられているようだ。細かな彫刻を施された小さな飾り棚も文机も飴色に輝いている。ベッドの足下にある、サテンのように光沢のある布が貼られたベンチがは、とても上品で座り心地がよさそうに見える。
壁は壁紙ではなく漆喰だろうか? 白とベビーピンクのツートンカラーで可愛らしい壁は、全体にツタや花や幾何学模様など、立体の凝った模様のレリーフになっていて、部屋全体がひとつのデザイン画のようだ。それはとてもおしゃれで、萌香は思わず
「……お掃除が大変そう」
と、乙女心お留守な言葉を呟いてしまう。
本来こんな素敵な部屋にいたら、キャー素敵、といった感じでテンションが上がるところなのだが、ついつい所帯じみた感想が出てしまうのは、中学生の時から恵里家の家事を担当してたせいかもしれない。部屋は掃除がしやすいようシンプルが一番だと思っているため、こうボコボコしてては埃がたまりやすくて大変だろうと、余計な心配をしてしまうのだ。
たが、美しく綾なすレリーフも家具にもくすみ一つないように見える。ここの掃除担当の方はスキルが高そうだ。
ただ、それらのレリーフには、透明のガラスのようなチューブや歯車のようなものがあちこちに見え隠れし、それが奇妙と言えば奇妙だった。
あの歯車やチューブのようなものはいったい何なのだろう? と、萌香は首をかしげるが、おそらく何かテーマを持った装飾だろうと今は気にしないことにする。奇妙ではあるが、部屋全体の調和がとれているのだ。
天井を見上げると、こちらも同じく漆喰のようなもので立体的なデザイン画のようになっていて、こちらは白一色だ。陽の光で美しい陰影を描いている。
部屋の端にベッドが置いてあるようなのに、そこから窓まで歩いて三歩。窓にはなぜかカーテンもブラインドもついていない。
ずいぶん贅沢な広さだが、ほかにベッドはないようで、どうも個室らしい。
首を傾げつつ萌香が窓辺に立って外を見てみると、そこはよく手入れされた緑豊かな洋風の庭園が広がっていた。
「ホテル?」
あちこちの痛みから病院かと思ったものの、それにしてはすべてが豪華すぎる。
テーマパークのホテルにしたって、こんなに凝ったデザインの部屋は、そうそうお目にかかれるものではない。
――緊急入院で、空いているベッドがここにしかなかったのかも。
そう思い当たり、一体いくらかかるのかと、萌香は全身に鳥肌が立った。
「どうしよう。――ああ! 入院しているなら、仕事を休むって会社には連絡は? やだ、月曜は会議だって言われてたのに、今日は何曜日?」
あわててスマホを探そうとしたとき、一瞬目の端に何かが見えた。よく見るため窓を開けようと思ったが、見慣れない錠で、萌香には窓の開け方がわからない。
「本当に、ここはどこなんだろう……」
窓に手をかけながら、萌香は半分泣きたい気持ちでその場に座り込みたくなるが、膝が痛いので我慢する。
どうしてこんなところにいるのか、まったく記憶がない。
着ている
必死に記憶を探ると、唐突に一条に告げられた言葉を思いだし、胸がギリギリと絞り上げられる。だが、その痛みと涙を意思の力で押さえ込み、萌香はゆっくり数回深呼吸をした。
コンコン……
「お嬢様、お目覚めですか」
軽いノックのあと、許可も聞かずに入ってきた女性にそう尋ねられ、萌香はビクッとする。だが彼女のほうは萌香の様子を気にした様子もなく、にっこりと笑いかけてきた。
紺色のロングワンピースに白いエプロン姿の女性は、二十代半ばくらいだろうか。その服装だと看護師ではなく、上品なメイドのように見える。
――だれ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます