21.新しい部屋

 物置物色が半日では物足りなかった萌香は、翌日も朝から物置に足を運んだ。

 ドレッサーとチェストだけは昨日のうちに部屋に運び入れてもらった。今日は念願の本棚とライティングデスクと椅子を探す予定だ。いくつか目を付けたものはあるので、それを物置の中央におろしてもらい、比較をするつもりなのだ。

 今日はイナが仕事なので萌香は一人で物置に向かうつもりだったが、昨日無理をしていると思われたのか、ハンスのほかにベニまで一緒に来てもらうことになり、少々申し訳ない。


「ベニ、ごめんなさい。いつまでも私が、あなたを独り占めしてるわけにはいかないのに……」

 看護メイドであるベニは、エリカ専属というわけではない。

 エリカの担当ではあるが、ほかにも仕事がある。

 彼女を姉のように慕い始めてはいても、立場を超えて甘えるわけにはいかないのだ。

「大丈夫ですよ。今日は一日お嬢様の担当ですから。少しでも違和感があったら教えてくださいね」


 萌香は心苦しく思いながらも、ベニの笑顔にちょっと安心する。

 今日彼女が、看病でもないのに一緒にいてくれることは素直にうれしかったのだ。物置の荷物を一緒に見ているうちに、ウィンドウショッピング気分になってくる。

 ただ、待っているだけのハンスの退屈さを思うと、さすがに萌香も申し訳ない気持ちになるのは確かだ。

「今日はささっと選ぶわね!」

 そうハンスに伝えると、彼はうつむき加減になりながら

「いえ、どうかごゆっくりお選びください」

 と言った。つづいて、何か思いだしたように顔を上げ、なぜか少し意気こんだ様子で

「あの! 昼食をこちらでとるようでしたら、また準備して参ります」

 と言うので、萌香は微笑んだ。

「そこまで遅くなるつもりはないから、安心して?」

 それに対し残念そうなハンスの顔に、もしかしたら給仕の練習をしたかったのかも? と思い当たる。

 エリカなら、きっとこのあたりをうまくやるのだろう。


 一瞬エリカの仮面をとりそうになるが、萌香は心の中で首を振った。

 ――エリカを演じると決めたばかりなのに、そうそうに投げ出してはダメダメ。


 とはいえ、物置は裏方好きの血が騒ぐ空間である。

 いくつかリメイクしてみたい家具を見つけては、

 ――お嬢様は大工仕事などしないよね。だめよね。しかも先祖代々の品にペンキを塗って取っ手を変えたいだなんて、だめよねぇ。

 とお嬢様風ポーカーフェイスの裏側で悶えまくりだ。

 たぶん自分に尻尾があったら、楽しすぎてぶんぶん振りまくってるのではないだろうか?


 ハンスにおろしてもらった昨日目を付けていた家具たちと、今日目に入った家具を見比べる。

 そしてイナから借りたタブレットに選んだ家具をスキャンして、シミュレーションをした。直接部屋に入れなくてもサイズや雰囲気が分かる。

 使い方はすぐに覚えた。立体の操作は、子供の頃積み木やブロックで遊んでいた感覚を思い出して面白い。めちゃくちゃ便利で、自分も一台欲しいと思うのだが、これはねだってもいいものなのだろうか?


 家具は結局、今日飛び込むように目に入ったライティングデスクと椅子のセットと、昨日悩んで保留した本棚に決めた。


「じゃあハンス、これを部屋に運んで……ね」

 運んでくださいと言いかけ、あわてて言い直す。

 素に戻りかけると、ついつい敬語になってしまうので気を付けなくてはいけない。

 いっそ、全員に敬語もしくは丁寧語で話すほうが楽そう、などと思ったりする萌香だった。


「思ったより早く済みましたね」

「ええ。やっぱりタブレットをお借りしてよかったわ」

 頭の中でシミュレーションするよりも確実だ。


  ◆


 昼食後、イナが部屋を見たいというので萌香は自室へと彼女を招いた。

「どうですか?」


 部屋のベッド以外の家具は一新されていた。

 今まであった、あまり実用的とは言えない可愛らしい文机や飾り棚たちは撤去され、使いやすそうなデスクや本棚、ドレッサーが配置された。

 色は落ち継いだダークブラウンで統一され、白とベビーピンクの可愛らしい壁に映えている。大人っぽい雰囲気になりながらも、家具の曲線が女性らしい雰囲気を醸し出しているので、部屋にいるだけで気分が上がると萌香は大満足だ。


 ファブリックは今まであったものだが、変えるなら落ち着いた赤系はどうだろうと考えていた。やわらかい鴇色ときいろや、濃い緋色。もしくは卯の花色をベースに、差し色に緑系の色を混ぜるのもいいかもしれない。

 ただ残念ながら、これというものが物置にはなかったのだ。


「あら素敵じゃない。同じドレッサーを置いているのに、とても大人の女性って感じがするし、とても上品だわ」


 イナの反応に、どうやらおかしなことはしていないようだと萌香は安心した。

「さっき言ってたファブリックだけど、生地屋を呼ぶ?」

 ――うわお。行くではなくて呼ぶのですか。

 想定外の提案に、萌香は慌てて

「あの。できれば町に出てみたいんです……けど」

 と言ってみた。

 屋敷の外に出てみたいし、イチジョーの敷地内だけでも見てみたかった。動画や書物でしか知らない外の世界に出て、その空気に、人にふれてみたいと考えていたからだ。

 イチジョーの中だけでも一つの町だというのだから!


 ただ、エリカが簡単に町に出られる立場なのかはよく分からなかった。

 こちらで読んだ物語のヒロインたちは、よく町に出かけていたから大丈夫だろうとは思ってはいたが、何分イナはエリカに対し過保護なので、彼女の休みまで待てと言われるかもしれない。


「あらそう? それもいいかもしれないわね。ハンスに車を出させましょう」

 あっさりと許可が降りて萌香はホッとする。

「ベニもついてきてくれる?」

「もちろんですよ。じゃあ、外出着に着替えなくてはいけませんね」



 

 





 



※鴇色…黄色が買った桃色

※卯の花色…黄身がかった白色


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