20.ドレッサー
食後、善は急げとばかりに、さっそく物置に行くことになった。
休日と言う事で、イナもずっと付き合えるとご機嫌だ。
屋敷の北の奥。大きな厚みのある木材を黒っぽい金属を横に渡してかしめたような、クラシカルで重厚なドアを開けると、そこに広がっていたのは想像以上の広い空間だった。
――広いっ! なにこれ、体育館じゃないの?
イナ、それから手伝い要因としてフットマンのハンスという若者と共に「物置」にやってきた萌香は、入り口を入ったところでポカーンと立ち尽くしてしまう。
大きなお屋敷だということはわかっていた。
屋敷それ自体が学校だと言われても納得の広さだったからだ。おそらく萌香が卒業した中学や高校くらいの広さはあるだろうと考えていた。
それでも「物置」と聞き、使ってない部屋を使用してるとか、もしかしたら屋根裏などにあるのだろうと思って萌香は、何かの映画で見たような、家具などのすべてにほこり除けの白いシーツがかぶせてある――そんな風景を期待していたのだと思う。
学校の体育館は言い過ぎでも、高さも広さもバスケットコートぐらいはありそうな物置に唖然としても仕方がないと思うのだ。締め切っていた割に空気は清浄で、ほこりっぽさもない。
普段は真っ暗なのだろう。ドアを開けた瞬間パッと明かりがつき、照らされた空間は個人宅の物置というよりは、どこか企業や家具店の展示会場のような雰囲気だ。中央は広場になったような形で、一階と二階の壁側全てがぐるりとブロック分けされた空間がたくさん作られ、それぞれに物が収まっている。その様は、ちょっとしたショッピングモールを
――これは、ぜったい、数日籠っても絶対に飽きないわ!
想像をはるかに超えた品数に萌香は目を見開き、どこから何を見ようかとわくわくする。気分はすでにショッピングだ!
「すごいです。お母さま、このなかのどれを選んでもいいの? もしも触ってはいけないものがあったら教えてくださいね」
イナの許可を得て、さっそく萌香は一通りひやかして歩くことにする。
ディスプレイを可愛くしたら絶対にお店だと思うだろう。それぐらいの品数である。元の持ち主それぞれの好みなのか、ブースごとに趣が違うのも楽しい。
「先祖代々の品物があるから、掘り出し物があるかもしれないわね」
ハンスを入り口に待機させ、イナも萌香についてきた。
「代々と言うと、何年くらい前のものがあるのでしょうか?」
この分だと、百年を超えるアンティーク品もありそうだ。
「そうねぇ。一番古いものだと、四・五百年前のものもあったはずよ」
「四・五百年!」
想像以上だった。
日本で考えると江戸時代? 室町時代?
そう考えただけで気が遠くなりそうである。
――そんな古い時代のものまできちんと保管されているのは、しまっておける空間があるだけではなく、イチジョーの誰かが常に几帳面で物を大切にする人だったのからじゃないかなぁ。
萌香はそんな想像をして、自然と笑みがこぼれるのを感じた。
まだ膝に鈍い痛みが残っているため無理をしないよう注意はされているものの、つい楽しくてあれやこれやを一通り見ていると、あっというまに数時間が経過していた。
「いったん休憩してお茶にしましょうか」
イナに声をかけられハッと気づいたときには、いつのまにか物置中央にテーブルセットが用意され、お茶と軽食が準備されているのが目に入る。いつの間に? と不思議に思うくらい、そのことに全く気付いていなかった。
テーブルに着くとおしぼりが用意されていて、手がふけるようになっている。こういう部分は日本ぽいなぁと、萌香がホッとする部分だ。
給仕はハンスが行うらしい。
彼はフットマンと聞いているが、もしかしたら執事見習いなのかもしれない。
紅茶を入れてくれたハンスに萌香がお礼を言って微笑むと、彼は少し目を伏せてほんのり赤面した。
その初々しさに、彼もまた思っていたよりも若いのだなと気づき、
――実習生の一人なのかな、頑張ってね。
と、心の中でエールを送る。
軽食は、まだ温かい一口サイズのビスケットにミルクジャムを添えたものと、コールドチキンとレタスを挟んだ丸パンのサンドイッチだ。
「おいしい」
おやつにしては重いのではないかと思ったものの、久々に動いていたせいか、思っている以上にお腹がすいていたらしい。
食べるものがおいしいって幸せだなぁと思いながら、萌香は用意されていた軽食をつまんでいく。イナがその様子を見ながら
「どちらもエリカの好物だったものね」
と、ニコニコしながら言った。
――あら、エリカとは食べ物の好みが合うのね。これはラッキーよね?
萌香はそんなことを思いつつ、
「まあ、そんなんですね。どちらもとてもおいしいわ」
と微笑んだ。特に好き嫌いはないのだが、苦手なものばかり出てきても困るので、好みが合うというのは助かる。実際今まで食べられないものが出たことはないのだが、ほとんどの日が病人食に近いものだったので、かなり質素だったのだ。
しばらくは、あのほんのり甘い麦のおかゆのようなものは食べたくない。
「それで、気に入ったものは見つかったのかしら?」
「ええ。ドレッサーは最初に見たものがやっぱり一番好きだわ。ほかはもう少し見てみたいんだけど、いいかしら?」
ドレッサーは一目ぼれだった。
数ブース見た後、まるでそこだけがクローズアップされたように見えたドレッサーは、ロココ調を思わせるダークブラウンの木製だった。
これを中心に部屋をコーディネイトしたい!
そう考えて、萌香はそれに似合うものを物色していたのだ。
「ああ、やっぱりあれが好きなのね」
そんな萌香にイナは納得という風に頷いて見せる。
「あれは、元々あなたのものだったのよ」
「そうなんですか⁈」
偶然にしても驚きだ。エリカとは、やはり好みが合うのだろう。
「そうよ。マチルダ大叔母様からエマが譲り受けて、その後あなたに。あなたも子供の時からとても大事にしていたのに、なぜか――」
そこでイナは、ハッと口をつぐんだ。
先を促すように萌香が首を傾げて見せると、これは話してもよいと判断したのか、彼女は軽く息をつく。
「あなた、あの事故の前の日に物置にしまってしまったのよ。どうしてそんなことをしたのかは……」
「……おぼえていないです」
「そうよね」
覚えてないというか、知らないのだが。
だが成程。
ドレッサーが、もともとあの部屋にあったものなら、なんとなく納得だ。
エリカがどのようなコーディネイトをしていたのかは知らないが、やはり好みが合うのだろう。彼女が帰ってきても部屋に文句は出ないだろうと思うことにし、安心して部屋作りをしようと萌香は決心した。
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