17.一か月の出来事(4)
少し萌香の体調が戻ってくると、何か思いだすきっかけになればとの配慮らしく、部屋にはたくさんの「エリカ資料」とも言える写真や動画が持ち込まれた。エリカのことだけでなくイチジョーの映像も多く、萌香は疲れないようにと注意されながらも、貪るようにそれらを繰り返し見ていく。
何度写真や動画を見ても、当然といえるくらい萌香は何も思いだすことはできないし、それが自分だとはとても思えない。
「エリカさんてば、完璧なお嬢様って感じね。しかもモテモテじゃない?」
そう思うくらい、いつも笑顔を絶やさない彼女の周りにはいつも人がいる。写真ではよく分からなかったが、動画の中のエリカは仕草の一つ一つが美しく、それだけで萌香よりもはるかに美人に見えた。
そして大勢の人が、彼女の関心を引こうとしているのが分かる。
イナが残していた動画にはエリカの元婚約者もいて、彼の視線も愛情に満ちていると感じられるものだった。自分に向けられているわけではないのに、見ている萌香がついときめいてしまうような視線で、少し羨ましい。
「でも婚約破棄されたんだよね」
こんな優しい目で見てくれる婚約者からも別れを告げられているということに、萌香は自分が告げられたわけではないのに胸が痛んだ。もちろん自分の失恋と重なるからだが……。
「萌香でもエリカでも、恋愛とか結婚とかには縁がなさそう……」
萌香がつい他人事のようにそう言った瞬間、なぜかそれがストンと腑に落ちた。
「ああ、そうか……。私は単純にモテないし、恋愛に縁がないだけだけど、エリカはお嬢様ゆえに、単純に恋愛するってわけにはいかなかったんだ」
彼女が婚約者をどう思ってたかはわからない。
でも噂の端々から、元婚約者はすでに新しい婚約者がいて、それは彼にとっていろいろな意味で条件がいい人なのだろう。噂は、隠されていても漏れるものだし、何人かは親切や同情で教えてくれたため、それが萌香にも分った。
◆
ある日イナは、十五歳で亡くなったという末の妹の話をしてくれた。そのときの彼女はとても悲しそうだったが、同時にとても優しい目をしていた。
セピア色になった古い写真を見せてくれた時、思わず萌香は「あっ」と声を上げていた。その妹の顔が萌香の叔母の若いころに似ていたのだ。
「エリカ、何か思いだしたの?」
期待に満ちたイナの目に、萌香はフルフルと首を振る。
「ごめんなさい。一瞬知ってる人だって思ったんですけど……気のせいでした」
「……そうね。エマとあなたは会ったことがないもの。知らなくて当然だわ」
エリカはイナよりもエマに似ているという。
叔母同士が似ているなら、自分とエリカが似てるのも当たり前なのかも? と考えるのは、いささか強引だろうか。
そして何度も何度も考えた結果は
「やっぱりここは異世界なのかなぁ」
だった。
生まれ変わったとは思いたくもないが、ここはあまりにも自分が知ってる世界とは違う。ある日偶然タイヤのない車を目にしたときは、どこかの映画の世界に迷い込んだのかなぁと遠い目になった。宙に浮く車が当たり前に走ってる(飛んでる?)なんて、現実世界だとは思えないではないか。
「イナさん、私はどうしたらいいと思います?」
数日前、二人で昼食をとりながら萌香はそう尋ねてみた。
イナはメイドや執事を育てる学校を経営してることもあってか、教えることが上手だ。カトラリーの使い方や食事のマナーも、けっして焦らず、できないことが当たり前という態度を決して崩さない。なので萌香も、だんだん肩の力を抜いて彼女の教えてくれるものを素直に受け取ることができた。
「どうしたらって、エリカはエリカだもの。元気になったら結婚相手を探して、幸せに嫁いでほしいわよ?」
「結婚ですか……。うーん」
それはあまりにも実感が伴わない言葉だ。
誰かの隣でウェディングドレスを着た自分など、全くと言っていいほど思い浮かばない。
それに、ここで万が一自分が結婚相手を決めたところで、本物のエリカが戻ってきたときに困るではないか?
「気が進まない? もちろん今度は、あなたの選んだ相手でいいのよ」
「……」
萌香はどう返事をしたら悩み、曖昧に微笑むしかなかった。
少ない情報から判断すると、イナたちはかなり型破りにエリカの好きにさせてた感じがする。エリカは、普通ならすでに結婚なんて無理だと思われて当然の立場らしい。しかしラピュータなどの都会であれば、何年か仕事をしたのちに恋愛結婚というのが、いまどきの流行なのだそうだ。なので、都市でしばらく仕事をして恋愛をするのもいいわよね、とイナは言う。とはいえ、都会でも二十五を過ぎたら立派なオールドミスらしいのだが。
「でもお嬢様、ロデアでは二十歳過ぎたら行き遅れって言うんですよ」
結婚年齢について聞いてみたメイドの女の子は、コロコロ笑ってそう言った。
ロデアはイチジョーがある地方の名前らしい。
イチジョーの学生でも、卒業と同時に婚約発表がわりと当たり前だという。卒業年齢は平均十六歳だそうだ。
最初に聞いていたが、やはりそうなのかと萌香は苦笑する。
自分の高校の入学式を思い出すと、その時には、女子には全員婚約者がいるって感覚なのだ。それを考えると……なんだか怖い。
最初に聞いた、二十歳までに結婚できなければ違う道とは、一人で生きていくことのようだ。女性の仕事はあるものの、一人で生きるのが難しい社会ということになるのだろうか……。
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