14.一か月の出来事(1)

 この一か月というもの、屋敷からどころか部屋からもほとんど出ることができなかった萌香だが、その分嫌というほど考える時間があった。

 高熱の時は悪い考えに偏りがちではあったものの、微熱程度だったり、割とすっきりした感じの時は、色々見聞きしたり考えたりすることができたのだ。


 一番そばにいたのは、看護メイドの紅……いや、ベニだが、エリカの母親イナも忙しい時間を縫ってエリカを見舞ってくれた。

 萌香が高熱を出したことを聞いて慌ててやってきたイナは、昼間のヒステリックな姿がうそのように落ち着いていた。

 声も表情もまるで違うため、彼女の顔をあまり覚えていなかった萌香は、しばらく彼女がイナだとはわからなかったくらいだ。


「エリカ、さっきは取り乱したりしてごめんなさい」

 わずかに顔を赤くしながら素直に頭を下げるイナを見て、萌香は何とも言えない気分になった。

 それは勘としか呼べないようなものだったが、

(これが、普段のこの人なんだ)

 ――そう感じた。


「どうして……」

 あんなに混乱した姿を見せたのか……。萌香はそう問おうとして、途中で口をつぐむ。

 イナの微笑みが、あまりに悲しそうで胸を突かれたのだ。


 その後イナは、まめに見舞いに訪れては少しずつ色々なことを話して聞かせてくれた。

 イチジョー家の話。そしてエリカの話。

 だがなんとなく、核心の部分は言えないでいる――そんな印象を受けた。だが萌香はだまって彼女の話を聞き続けた。イナの声は、乾いた砂に水を与えるような優しい慈愛に満ちた声だったから、萌香はいつかくるその時が来るのを待てばいいと考えた。たぶん、この人は自分を傷つけない。そんな気がしたから。


 気分のいい日は窓辺に座れるよう、小さなテーブルといすを置いてもらって、萌香は庭を眺めた。

 ホテルのようなイチジョーの庭に、萌香はなんて広いんだろうと驚いていたが、実際は想像をはるかに超える広さだった。


「まさか敷地内に学校を経営してるなんて予想外すぎよ。それも敷地の一部なんて信じられない」


 萌香の部屋からは見えない反対方向には学校があり、イチジョーはそこを経営してるのだと知った時は驚いた。

 中学生くらいの子どもが働く世界だと思って衝撃を受けていたものの、それは萌香の勘違いだったのだ。最初に庭で会ったメイドのモナはイチジョーの学生で、実習の一環としてイチジョーの本宅にいたにすぎないと知った時、萌香はとてもほっとした。

 たしかに階級制度はあるようだが、子どもを労働者にしなければ生活がままならないという世界ではなさそうだ。

 日本とは教育システムの違いがあるにせよ、そういう世界ではないことにホッとする。まあ、まだすべてを知ったわけではないので安心はできないと、心の隅では考えていたのだが。

 とはいえ――


「こんないいところに来れたは、いい学校に進学で来たって意味だったのよね」

 ある日ベニにそう確認をしてみると

「ええ、その通りですよ」

 と請け合ってくれた。

「各地から推薦を得た優秀な子しか来られませんし、メイドや執事になるために一番の学校と言ったらイチジョーなんですよ」

「専門学校みたいな感じなのかしら」

「せん?」

「あ、なんでもないです」


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