第57話 新年早々、期末試験?

 海賊の襲撃という事件はあったけれど、都市空母は新しい年を迎えた。

 全艦そろってお正月、といった行事は無くなって久しい。だが、祝いたい人はどこにでも居るものだ。


「新年、おめでとー。エマちゃん」

 枕元で大きな声をあげられ、エマは目を覚ました。

 いつもお目出度いよな、お前は。

 思わず、毒づきそうになる。


「おめでとう、未冬。でも、これって朝起きてからでいいんじゃないのか」

 寝ているやつを起こしてまで言うことか。

 えへへ、と笑う未冬。


「今年最初のキスをしよう」


 何かのタイトルみたいだ。

 まあ、いいけども。


 ♡


「今年はどんな年かなぁ」

 エマのベッドに潜り込み、未冬が言った。

「来週の期末最終試験の結果次第だろ。頼むから合格して進級してくれ」


「いきなり寒い話だね。だけど、留年しても友達だよ、エマちゃん。可愛い後輩になってあげるから、心配しないで」


 あほか。

「不合格なら退学だぞ。知らないのか」

「……?!」

 未冬は絶句した。知らなかったようだ。


「ど、どうしよう。エマちゃんを『先輩』って呼ぶのだけが楽しみだったのに」

 相変わらず、何を考えているんだろう。

「じゃあ、今からでも勉強しろよ。教えてやるから」


「わ、分かったよ。ちょっと待ってね、今、服着るから」


 シーツに潜り込む未冬。

 なんで脱いでるんだ。というより、いつ脱いだ?


「おい、どさくさに紛れて変なとこ触るな。ちょっと、あ、そこ。ダメだって。こら、脱がそうとするな!」


 ええい! と、ベッドから蹴落とす。

「ひどいよぉ、エマちゃん」

 うるさい。それにちゃんと服着てるじゃないか。


「さあ、勉強だ。退学なんかになったら許さないからな」

「分かったよぅ。でも、明日から。ね、明日」

 懇願する未冬。

 まあ、今日はもう深夜だし、仕方ないか。


 翌朝から未冬は本当に勉強し始めた。試験不合格で退学というのが効いたらしい。見ているエマが心配になる位、必死だ。


 その結果。

 見事、試験日の前日に風邪をひいていた。

 未冬と、それからエマも。


「ご免よぉ、エマちゃん。わたしのが伝染ったんだ……」

 赤い顔で、額に冷却シートを貼り付けた未冬は半べそ顔になっている。もちろんエマも同じ姿だ。

 あまりにも、有りがちな展開にマリーンやフュアリまでも呆れかえっていた。


「熱は有るんですか、ふたりとも」

「うん。ちょっと」

 エマの方はまだ少し元気そうではあった。心配そうに未冬を見やる。


「わたしは38℃を少し越えた位だから、まだ平熱だよ、エマちゃん」

「解熱剤を飲めっ!」


 いや、と未冬が反論する。

「あれは眠くなるんだよ。今のわたしには、熱より致命的だと思うんだよ」

 ある意味、正論ではあるのだが。


「未冬さん。これ、何本か見えますか」

 マリーンが指を一本立てた。未冬は目を細める。

「い、一本かな」

 自信なげな返事に、マリーンはため息をついた。


「いいですか、絶対に無理しないで。ダメだと思ったらすぐ医務室に行ってくださいね」

「分かったよ、マリーンちゃん。ありがとう」


「まあ未冬の場合、意識さえあれば普段通りかもしれないけど……」

 フュアリが小さく呟いた。


 ついに未冬が倒れた。

 幸いというべきか、全ての教科の試験が終了した後だったのだが。

 机に突っ伏したまま動かない未冬にエマが気付き、大騒ぎになったのだ。


「うん? 熱はないけどね」

 アセンダー教官が体温計を見て不思議そうに言った。

 確かに医務室に運び込む時も、身体が熱いとか感じなかった。彼女を運んだユミ・ドルニエとマリーンも顔を見合わせた。


「これって、まさか」

「はい、わたしもそう思います」


 エマとフュアリも気付いた。

「未冬っ、寝てんじゃねえよっ!」

 未冬は目を閉じたまま、幸せそうに何事か呟いていた。


「じゃあ、後はエマに任せるわ」

 そういってみんな帰って行った。


 エマは、眠る未冬の顔をのぞき込んだ。ふっ、と笑みが浮かんだ。

「お疲れ、未冬」


 ☆


 数日後、試験結果が出た。


 16位 未冬。

「ぐわーっ、やっぱりだ」


「でも、ねえ」

 三人は胸をなで下ろしていた。その右側にはこう記してあった。


『合格』


 未冬の得点は十分に合格ラインを越えていた。


 地上科の四人が、そろって進級が決まった瞬間だった。


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