11章 機械式戦闘姫、空へ
第55話 零式戦闘姫、起動!
いちばん重傷のレッジアだけはまだお休みだったが、数日後には出て来られるらしい。包帯だらけだったユミ・ドルニエも、絆創膏姿になっていた。
「よーし、みな元気そうだな。また、ビシビシ鍛えてやるからな」
リョーコ・グロスター教官は嬉しそうに言った。なぜか手に竹刀を持っているのが不穏ではあるけれど。
「え、だって熱血教師といえば竹刀だろ」
「それ絶対、違いますから」
エレナ・マスタングがみんなの意見を代弁する。
「今日は、古代からの戦術について学習します」
今日の机上演習の担当はティグラ・ラグマン教官だ。見るからに真面目そうではあるが、イルマ・アセンダー教官とはまた雰囲気が違う。小動物的なアセンダー教官に対し、彼女はそう、カマキリ的な。
キラリ、とメガネが光った。
「あー、難しいよー」
授業のあと、頭を抱えているのはもちろん未冬だ。だが今日は仲間がいた。
「なんだろうね、戦術って」
両手で頬杖をついて変顔になったフュアリ・ホーカーだった。
「あんな陣形、正面突破でいいよね。そう思うでしょ、未冬も」
「うん、思うよ。フューちゃん」
何だったっけ、古代ローマ軍をやっつけた方の、あの将軍。フュアリは鉛筆をクルクル回している。だめだ、名前が思い出せない。
「ハンニバル、ですか」
マリーン・スパイトフルが助け船を出す。
「そうそう、あんな騎馬隊なんか使って、まどろっこしいんだから」
「そーだよ。馬なんて、どこにいるのさっ。て、思ったよ」
困り果てた顔で、マリーンはエマ・スピットファイアを見た。
「馬はいなくても、馬鹿ならそこにいるだろうが」
エマは未冬とフュアリをビシッと指さす。
やっぱりそうですよね。マリーンが満足そうに頷いた。
「これは、戦術的思考をするための授業なんです。実際に馬を連れてこいという事ではありません」
「あ、そうなんだ」
え、嘘でしょ。マリーンが小さく呟いた。
その時、教室の扉が大きな音と共に開いた。
「おい、未冬はいるか。おお、エマもそこにいたか。ちょうどいい。そこのちんちくりんとメガネの乱暴者。お前らも一緒に来い」
振り返るまでもなかった。フュアリは話を続けた。
「それでさ、その後、ザマの会戦で……」
「貴様ら、上官を無視するとは何事だっ」
教授はズカズカと中に入ってきた。
「だってわたしたち、まだ任官してないでしょーが」
「へらず口を叩きおる、このミニチュアハムスターめが」
教授も怒り方がおかしくなってきた。
「あら、可愛い。いや、何ですって。誰が上官なんですか」
「うん? わしじゃ」
すでに技術開発部所属といえる未冬とエマはともかく、フュアリとマリーンは全身に虫酸が走ったような表情だ。
「貴様らはもう予約済みなのだよ」
教授に連れられた4人は、また掘っ立て小屋のような技術開発部に来ていた。
「おおーっ、きれい!」
その横の演習場を見た少女たちは歓声を上げた。
実験用の人形に、それは装着されていた。
月桂冠を思わせるヘッドギア。優美な曲線を描く、胴鎧のような本体。両手、両脚に装着する姿勢制御装置。
全てが純白にカラーリングされていた。
史上初の、機械式戦闘姫がそこにあった。
「す、すごいです。教授。格好いいです。あれ、飛べるんですよねっ!」
未冬が興奮MAXで叫ぶ。
「もちろんだとも。待たせたな、未冬」
教授もぐいっと親指を立てる。
「ただ、調整が上手くいけば、だがな」
「はあ?」
「おい、ウェルス。手伝ってくれぃ」
教授が建物内に向かって呼びかけた。
「えー、何ですか教授」
面倒くさそうに出てきた彼は、戦闘姫の周りにいる少女たちを見て顔色を変えた。
「なんだ、お前ら。何しに来た」
マリーンが彼に駆け寄る。思わずウェルスは後ずさった。
「この前はご免なさい。動転して、我を忘れてしまいました」
真っ赤な顔で頭を下げる。
「なんじゃ、知り合いなのか。お前たちは」
「はい。まあ、お尻合いというか……」
フュアリの口をあわててマリーンが塞ぐ。
「下ネタは止めてください」
「ふうん、まあ良い。ウェルス、装着を手伝ってくれ」
「はい。でも誰にです?」
ウェルスと未冬の目が合った。何故だろう、未冬は少し動揺した。
「あの。わたし、です」
制服の上からそれを装着する。
「本当は裸になった方がいいのだがな」
せめて下着姿でないと、本来の性能は引き出せんのだが。などと言っている。
「そこは是非、改良してくださいっ!」
未冬の、切実な願いだった。
ライトブラウンの制服の上に、真っ白な機械式戦闘姫を装着した未冬は、演習場の真ん中に立った。
「重くないか、未冬」
ウェルスが声を掛ける。
「ちょっとね」
未冬にしても緊張を隠しきれなかった。いろいろと、重い。
「右の脇腹のところに起動スイッチがある」
教授の声が、全ての始まりだった。
未冬は頷き、さっと顔をあげた。
「零式戦闘姫、起動します!」
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